それは豚ではなく猫の貯金箱だった〜同級生との恋と不思議な癒しの日々〜
ナナミ
第1話
私が見つけたのは、豚の貯金箱でもなく、猫の貯金箱だった。
これは、私──高橋 泰子が高校一年生の時に起こった不思議な話だ。
◇◇◇
高校に入学してから暫くして。私はクラスに好きな人がいるものの、なかなか距離を縮めることが出来ないでいた。
水色の空が広がり、西にある太陽が辺り一面を赤く染めている。空気が暖かい。クラスメイトの誰かが開けた教室の窓からは、桜の甘い匂いが鼻を擽った。授業が終わり、私は伸びをした。終わったー。そして私はクラスの男子の元へするすると近付き、声をかける。
「井上君、あの。」
「おーい、井上。ちょっとー。」
右手を上げてかけた声は、しかし彼に届くことはなかった。
「分かった!」
制服を着た背の高い彼──井上祐介君は、彼の友達の声に反応して遠さがってしまう。あ、とポツリと口から漏れた声は、彼に届くことはなかった。右手を下ろし、軽く握る。ダメだった。私は項垂れ、ため息をついた。折角話しかけようとしたのに。
私が想いを寄せている彼、井上君はかっこよくて背が高く、スポーツが上手い。明るく、クラスメイトの人気者だ。時々しか話せないけれど、私は彼の明るい笑顔や優しいところが好きだ。
その週の土曜日。私は部屋の掃除をするついでに整理をしていた。ボックスの中身を取り出していると、奥に光る物を見つけた。手を突っ込み、持ち上げると、全体像が目に入る。
「何これ?……貯金箱?しかも、豚じゃなくて猫型かー!えー、可愛い!」
金色の貯金箱をカーペットに置く。両手を合わせ、笑顔で喜んだ。可愛い!まん丸だ。耳や尻尾も付いてる!私はツルツルとしている貯金箱を撫でた。暫くして、ハッと我に返る。苦笑いしてから、首を傾げた。これいつ買ったっけ?眉間に皺が寄る。
見た目は豚の貯金箱の猫バージョンだ。ちょっと違うだけで何で可愛く見えるんだろう。そこで手の中でカサ、と言う音がしたのに気付き、手を広げる。貯金箱の横に白い紙が付いていた。何だろう?私は紙を広げて見た。黒い文字が目に入る。え?私は息を呑んだ。
「願いが叶う貯金箱……?」
そんなことあるわけない、と思うけれど、目が離せない。内容は100円玉貯金で、いっぱいになると願いが叶う、と言うもの。おまじない的な?いやでも……。私は顔を俯かせ、紙を持ってゆらゆらと揺らした。下の猫を見つめながら考える。
「願いが叶う……ね。怪しいけれど、試してみるかな。井上君に振り向いて貰えるかもしれないし。」
目が細まる。両手を握りしめた。
私は貯金箱を机の上に置き、ダンボール箱を戻した。整理や掃除を再開する。全てが終わったところで、椅子を引いて座り貯金箱を微笑みながら見つめる。猫の青い瞳がジッとこちらを見つめ返す。
「頑張ろうかな、貯金。」
あの日から二週間。休みの日、太陽が東にある時間帯。机の上の貯金箱を持ち上げ、揺らしてみても音はしない。悲しいくらいスカスカだ。
「貯まらないなあ……。」
苦笑いした。
私は貯金が苦手だ。いつもすぐに使ってしまう。原因は色々だ。お菓子だったり、小説はまだしも漫画だったり。友達と遊びに行くのは仕方ないけれど、そこで色々買い食いしてたらあっという間だ。今月もすぐなくなってしまうかもしれない。やっぱり難しいのかな。でも、と目を伏せる。井上君を諦めることは出来ない。
ため息をつき、私は階段を降りた。今日は特に用事はないので家にいるつもり。リビングにあるソファに腰掛け、テレビの電源を入れた。番組表を見るも、特に面白いテレビはやっていない。数回リモコンでチャンネルを切り替えたところで、ある番組が目に入った。前に身を乗り出す。
「つもり貯金?」
何かをしたつもりで貯金箱にお金を入れる、と言うものらしい。これで結構貯まりました、と貯金箱を揺らしている女性が画面に映っている。聞いたことがある。今まで興味はなかったけれど。金色の猫と井上君の顔を頭に思い浮かべる。両手で握り拳を作り、キリッと眉を吊り上げた。私はソファから勢い良く立ち上がり、大きな声を出す。
「これだ!」
そこから私はお菓子や漫画を買ったつもりで貯金するようにした。最初は全く上手くいかないし誘惑に負けそうになったが、そう言う時はグッと我慢するようにした。まあたまに我慢出来ず買っちゃう時もあるけど。何か良い方法ないかな。コンビニとか行くとついついお菓子とか見ちゃうんだよね。
ところでたまに部屋から猫の鳴き声する気がする。気のせいだよね?凄く可愛い声なのになあ。
◇◇◇
一ヶ月後。あれから少しずつ貯金箱の中身が増えて来た。道端の野良猫を気にするようになった。井上君とは特に進展はない。クラスメイトだから授業やクラスの活動とかでたまに話すけどね。それ以外でってなると、なかなか。ちょっと話して終わりだ。席も離れてるし部活も違うから……。うーん。金色の貯金箱を思い出す。本当に願いが叶うのかな?
とある休みの日。日が真上にあり過ごしやすい時間帯。私は近所を歩いていた。さっきまで用事があり出掛けていて、その帰りである。私はスカートを揺らしながら、家へと向かっていた。
不意に、ニャー、と言う猫の鳴き声が聞こえる。野良猫か飼い猫かな?姿を見たわけでもないので特に気にせず歩く。ふと道沿いの公園に目を向けると、同い年くらいの男子がベンチの近くでしゃがみ込んでいるのが見えた。気になって立ち止まる。その人は右手を伸ばしている。それにしても、あの後ろ姿見たことあるような……?近寄ってみた。
「よし、おいで。」
その声に固まった。その人は聞いたことないような優しい声で、話しかける。自分にかけられた声じゃないのに、胸が押されたように苦しくなる。彼は影から飛び出して来た猫が逃げないのを見て、そっと撫でた。白猫だ、うわあ、可愛い……。じゃなくて。あれは。
「井上君?」
私の声に、その人はバッと振り返った。運動部だけあり高い身長、黒のベリーショートの髪に整った顔付き。やっぱり、彼は井上君だ。私と目が合うと、彼は頰を赤くした。彼は焦ったように立ち両手を上げ、立ち上がった。首をブンブン、と横に振る。
「た、高橋!違う、これは……。」
いや、そんなに焦んなくても……。苦笑いした。弁解する井上君の足元からニャー……、と言う低い声がした。彼と一緒に視線を下に向けると、猫が不満そうに彼の足に顔を擦り付けている。撫でられるのを中断されたからだろう、こちらを睨んでいるように見える。か、可愛い……。その様に笑顔が溢れる。彼の様子を窺うと、彼も顔の表情を崩している。彼は再びしゃがみ、猫を撫で始めた。猫は体を伸ばして寝転がり、ゴロゴロ……と喉を鳴らした。私はそっと近寄り、数歩離れた位置でしゃがみ込んだ。彼は頰を赤くしたまま、顔をこちらを向けて話しかけて来た。
「恥ずかしいところを見られたな。内緒にしてくれないか?」
もう片方の手で頭を掻く彼に、私は首を縦に振った。別に恥ずかしいことじゃないと思うけどな。
「分かった。」
それを見て、彼は顔を綻ばせる。ホッとした様子だ。その様に、私は首を横に傾けた。
「猫好きなの?」
「ああ。」
「そうなんだね。可愛いもんね。」
井上君は目尻を下げて微笑む。私はそれに頷き、彼の手の先の猫に視線を向けた。あまり彼の顔を見ていると、赤面しそうになるから。
私達は猫が飽きて去るまで、暫く猫と戯れながら話をした。そこから、彼が近くに住んでいることを知った。猫が好きだけど家では飼えないので、こうしてたまに野良猫と触れ合っているらしい。猫を撫でると、ふわふわで温かかった。
「じゃあ、高橋、また学校でな。」
井上君はカラリと笑うと、片手を上げて去って行った。私は手を振り、彼を見送る。そして彼の姿が見えなくなると、頭を下げてしゃがんだ。頰に両手を当てると、熱いのが分かる。
「やっぱり、かっこいいな……。」
暫くして、頰の熱が少し引いてから、立ち上がった。それにしても。ふふ、と笑いが漏れる。
「井上君、猫が好きなんだ。」
新しい一面が見れて嬉しかった。
ある日の昼休み。私は中庭の端の方で緑の上に腰掛けていた。そこで本を読んでいると、一匹の茶色の猫が尻尾を揺らして近寄って来た。そしてその子は膝の上に乗って来る。可愛い……、嬉しい。笑顔で撫でていると、近くから足音が聞こえてきた。そちらに視線を向け、現れた人物に目を瞬かせる。井上君だった。彼は目を爛々と輝かせて、こちらを──正確には私の膝の上の猫を見ていた。彼はいそいそと私の横に胡座を掻いて座った。ち、近い。私は固まった。目線を彼から猫にズラし、固定する。
わあ、猫は可愛いなあ。
現実逃避により撫で回した。
「膝の上に……猫。」
井上君は喉をゴクっと鳴らす。視線は私の膝の上に向けたままだ。その様はまるで大好物を前に待てをする大型犬みたいだ。
「良いなー。俺の膝の上にも来てくんないかなあ。」
井上君は羨ましそうに言った。
そんな彼に私は瞬きをした後、茶色い猫をそっと抱き上げる。猫は身じろぎをして、私の腕に手を乗せた。そして、彼に差し出した。流石に彼の膝の上に乗せる勇気はなかった。彼は目を瞬かせる。
「え?良いのか?やった!」
井上君は目を輝かせ、満面の笑みを浮かべる。ガッツポーズをして、サンキューと言った。そして、猫を受け取り、胡座を掻いた膝の上に乗せた。猫はニャーン、と鳴いた後、身じろぎをした。そして良いポジションを見つけたのか、目を閉じて丸くなった。彼はニコニコと笑っている。彼の周辺にお花が飛んでいるように見える。幸せそうだ。その様に、私も釣られて笑みを浮かべた。彼の手が猫の背中を撫でる。茶色い猫はゴロゴロ……と、喉を鳴らした。
その後は、予鈴が鳴るまでポツポツと話をした。
彼の膝の上にいるので茶色の猫を撫でないでいると、首を傾げられた。
「もう撫でないのか?」
猫もこちらを見上げている。数秒してから恐る恐る撫で、すぐに止めた。恥ずかしい……。
「もう良いや。貴方が撫でてあげて。」
手を退かして促すと、井上君は不思議そうに首を捻る。数秒後再び笑顔を浮かべて猫を撫で始めた。
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