言葉にならない想いを、今

うさぎのしっぽ

わたし

 ごめんね、急に呼び出して。びっくりさせちゃったよね。急ぎっていうか……うん、そうだね。今じゃないと伝えられないって思っちゃったから。一方的に呼びつけといてあれだけど、こんな時間によく来てくれたよね。きみってば、本当にわたしのこと……。

 ああ、そうだった。話だよね。きみと一緒だとつい関係ない話まで長くなっちゃうや。


 ねえ、覚えてる? 今から1年前、この河原できみが告白してくれたの。驚いたよ。ただの部活の後輩だって思ってたし。懐いてくれているなぁとは思ったけど、恋愛的な意味だとは考えなかった。きみは誰にでも優しくて人懐っこかったから。

 流されるみたいに付き合っちゃったけど、楽しかったな。ずっと弟みたいだって思っていたきみのこと、ちょっとずつ意識していくの。はじめて手を繋いだときと今では、全然感情が違うんだよ。そりゃ最初もドキドキしたけどさ、あれって慣れないことへの緊張が強かったんだよね。でも今はね、きみと手を繋げるのがとても嬉しくてすごく特別に感じるんだ。ドキドキするけど安心するし、きみの体温が心地良かった。離す直前にきゅって強く握ってくれるのも嫌いじゃなかった。もっと一緒にいたいって、きみも思ってくれているんだってわかったから。

 デートもいい思い出ばかりだ。いや、違うな。初デートはグダグダだった。でもあれはわたしのせいだね。せっかくきみが考えてくれていたデートのプラン、全部台無しにしちゃったから。今さらだけど、成功していたらすごく感動したと思うよ。観覧車から見える、わたしと同じ名前の……いや、やっぱ恥ずかしいかな。


 わたしときみは学年がひとつ違ったけど、きみはあまりわたしを先輩扱いしてくれなかったね。先輩って呼んでも、いつも……そう。特別な女の子扱いだった。声のトーンも表情の柔らかさも。いつもわたしを1番大事な女の子として扱ってくれた。最初はこそばゆかったけど、今ではそれが当たり前になっちゃった。

 いつも全力で気持ちを伝えてくれるきみに、わたしはちゃんと応えられてたかな。きみの気持ちの10分の1でも返せていたかな。たまに思うんだ。きみくらいまっすぐに誰かを想える人は、わたしにはもったいないんじゃないかって。

 こういうときどんな行動を取ればいいか、わたしにはわかる。わたしは俗に言う「イイ女」ってやつだからね。そんな顔しないでよ。少しくらい格好つけたっていいじゃん。きみがわたしを忘れるんじゃない。わたしがきみを置いていくんだ。


 けど、ひとつだけ約束してくれるかな。これから先、きみにはたくさんの出逢いがあって、いずれ新しい恋にも落ちる。それまでの間、もう少しだけきみの心にわたしを残しておいてほしい。そのあとで、わたしとのデートより素敵なデートをして、いっぱい手を繋いで長い時間を過ごして。相手のこと、わたしより大事にしなきゃダメだよ。そしてきみの思い出の向こう側に、わたしを少しずつ送り出してほしいんだ。

 ワガママだって? そうだよ。きみがわたしをワガママにしたんだからね。まったく、とんでもない男だよ。


 いけない、もうこんな時間だ。きみといると、砂時計に余計な引力がかかるみたいだね。わたしももういかなくちゃ。

 知ってた? イイ女はね、最後も笑顔でさよならを言うんだ。彼女想いの優しいきみなら、わたしのそのワガママも叶えてくれるよね。


 さようなら。

 ──だったよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る