⑱・エピローグ ~後日談~

 時の流れるのは早い。

 教会の屋根で鶯が鳴いている。

 石畳の坂道に桜の花びらが舞う。

 今日も喫茶クルスの店内は、まったりとした空気が漂っている。

 カウンター席の早乙女が、突然俳句を詠み始めた。

 「春うらら。コーヒー傾け、夢すする……字余り」

 「字、余ってないと思うけど」中田が厳しくコメントした。

 他の者たちは早乙女の俳句なんぞ耳に入っていないかのように、それぞれ寛いでいる。

 「のどかだなぁ……」と伊集院。

 「のどかですねぇ……」と奈緒。

 そこへ、礼子がバタバタと二階から駆け降りてきた。

 「つけて! つけて! 早くーっ!」と礼子が叫ぶ。

 「何、何、何……⁈」早乙女が驚いて礼子を見た。

 「どうしたの?」と奈緒。

 礼子が慌てて言う。「て、テレビ……つけて。急いで!」

 奈緒は、リモコンでテレビの電源を入れた。礼子に言われるままニュース番組にチャンネルを合わせる。

 画面に、砂漠の風景が現れた。どこか遠い国だ。

 アナウンサーの声が風景にかぶさる。

 「……このように現地では、日本人ボランティアが地道な草の根レベルの活動を続けています。その中の一人が、今回紹介する佐原悟さんです。佐原さんは、牧師として現地で活動し……」

 テレビ画面は、砂漠の中の村を映す。

 小さな教会で、説教をしている東洋系の男性の姿。穏やかな笑顔だ。流暢な英語を使い説教壇に立っている―佐原だった。

 「マスター! こんな所に⁉」早乙女が叫んだ。

 「いやいや。これぐらいは想定内だな」と伊集院。

 「ああっ。マスター……」奈緒が画面に見入る。

 アナウンサーのナレーションが続く。

 「佐原牧師は、今年、村の聖歌隊を結成しました。それでは、彼らの歌声を聴きましょう」

 テレビ画面は、教会の前に並ぶ現地の人々を映し出す。

 合唱団だ。

 佐原が指揮棒を振ると、合唱団の美しい歌声が始まった。

 合唱団は、〈シュガー・ベイビー・ラブ〉をアカペラでゴスペル風に歌い上げる。

 「かっこいい!」と礼子は思わず画面に見とれた。

 「……すごいな」と早乙女も息を呑む。

 中田は目を潤ませて画面を見つめている。「師匠~っ!」

 「素敵です」と聖月。

 伊集院がぽつりと呟いた。「うーん……ゴスペル風もいいかもな」

 奈緒は手のひらで目をこすった。涙で視界が滲んで画面が白くぼやけるからだ。

 佐原の新しい合唱団を聴きながら、奈緒は想像する。

 ―マスターがいなくても、あたしたち、きっと合唱団を続けるわ。曲は……そうね、日本語版の〈シュガー・ベイビー・ラブ〉にしましょう! 今年のクリスマスは、教会でコンサートを開くわよ! 難しいかもしれないけど、ゴスペル風にアカペラで歌うの。かっこいいわよね。もちろん、高音の難しいパートはあたしに任せて!

 奈緒の想像の中で、仲間たちがミュージカル風に次々と登場し、日本語版のシュガー・ベイビー・ラブを高らかに歌い上げる。もちろん、教会の上には聖夜の月が優しく見守っているはずだ。


(END)

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