第56話 誓い

 穂香が私の肩にそっと頭を預けてきたとき、心の奥がじんわりと温かくなった。

 彼女の体温が、私の中に染み込んでいくみたいで、胸の奥にあった不安が、少しずつ溶けていくのがわかる。


 「帰ってきてくれて、本当に良かった……」


 ぽつりとこぼされたその呟きは、まるで確認するようで、そしてまだどこか信じ切れていないようで。

 私は穂香の手をぎゅっと握って、小さくうなずいた。


 「うん、帰ってきたよ。穂香のところに」


 それは偽りのない、心からの言葉だった。

 たとえ少し遠回りをしても、私はやっぱりこの場所に戻ってくる。

 どんなに迷っても、傷ついても、それでも私の帰る場所は——やっぱり穂香の隣しかない。


 「……ねえ、結菜」


 肩に置かれた頭が、少しだけ動いた。穂香が、顔を上げたのだと気づく。

 私は視線を合わせるように、ゆっくりと顔を向けた。


 「……あの女と、何かあった?」


 その目は真っ赤に腫れているのに、どこか鋭くて、逃げ場のない問いかけだった。

 私はその言葉に、ほんの一瞬だけ目を伏せる。


「……いろいろと話をして、告白もされた」

「……っ、告白……?」

 

 穂香の声が、ぴんと張り詰めたように震えた。

 驚きと、怒りと、そして何より――恐怖が滲んでいた。


「でも……断った」

「ほ、本当……?」


 穂香は不安げに私を見上げてくる。

 その瞳が潤んでいて、まるで今にも泣き出してしまいそうで。


「……うん」


 私は穂香を安心させるように頷いた。


「そっか……」


 穂香はそれだけ呟いて、ほっとしたように息を吐いた。そしてまた私の肩に頭を預ける。その仕草が、どこか甘えるようで、切なくて愛しかった。


「良かった……本当に……」


 その声は少し震えていて、だけどさっきよりも柔らかくて、私はそっと彼女の髪を優しく撫でる。


「……結菜」

「うん?」

「好き」

「……うん」

「大好き。大好きだよ……」

「……私もだよ」


 何度も確かめ合うように、お互いの気持ちを伝え合った。穂香の涙は止まっていたけれど、その声がまた震え始めて。

 私は彼女の髪を優しく撫で続けた。何度も、何度も。


「……結菜」

「うん?」

「……もうどこにも行かないでね」

「うん、もちろん」


 私がそう言うと、穂香はぎゅっと私の手を握り締めた。その手のひらから伝わる熱に、彼女の想いの強さがにじみ出ていて、胸がぎゅっと締めつけられる。


 逃げない。迷わない。私はもう、ここにいると決めたんだ。

 穂香の不安ごと、寂しさごと、全部この手で抱きしめていきたい。


 私は穂香のことを何があっても、もう二度と離さないと、心の中で誓った。

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