✤ キンセンカの花
しばらくすると、まぶた越しに感じる明るさが納まっていく。私は恐る恐る顔から腕を離し、ゆっくりと目を開いた。
するとそこには、元の色合いを取り戻したオレンジと黄色のキンセンカ。その足元には、一冊の古びた本が静かに落ちていた。
「何だろう、アレ」
「分からない……私も初めて見た」
「えぇ、家の人が分かんない物って一体……なるほど、お化けか」
「次それ言ったら置いてく」
「冗談きついよ!」
くだらない事を言い合いながら、私は地面に落ちている本を手に取った。薄汚れたその表紙、文字は
「これ、誰かが書いたってことかな?」
「そうだろうけど、 少なくとも私の家族の物ではなさそう」
「よし。とりあえず読んでみよー!」
「いやいや、日記とか勝手に読んで良いわけ!?」
「
「あれは
花柳の声は耳に入ったが、私はその日記に強く引き寄せられていた。その理由も分からないまま好奇心が勝り、そっとその日記の表紙を開く。すると、中のページには綺麗な字がぎっしりと並んでいた。
まるで教科書みたいなその文字を、私は少しずつ読み上げて行った。
─────────────────
4/19
今日は人助けをした。
助けた瞬間、みんな私に「ありがとう」と言って、笑顔になってくれた。その笑顔を見るだけで、私の魔法に、私の身体に、存在意義が生まれるの。
私の存在で救われる人がいるなら、それだけで私は生きている価値がある。私が誰かとってはただの消耗品だとしても、救った人々笑顔は、私の心を一瞬でも暖かいものにしてくれるから。
でも、どうしてかしら。
一番笑顔で満たしたいあの子は、今日も昔のようには、笑ってくれなかった。
7/7
七夕は、あの子の誕生日。
だから私は心を込めて、初めてケーキを作ってみたの。自分で作ったことなんて無いから全然上手くいかなくてくじけそうになったけど、でも負けてられなかったわ。だって、どうしても渡したかったから。
夜空の上に、星や月が浮かぶような、そんなケーキを作ったの。クッキーやスプレーを散りばめたり、フルーツを切って乗せたり、とっても頑張った。ちょっと不格好だったけど、ケーキを頬張った瞬間に、とても美味しいと言ってくれたわ。
そうやって幸せそうに綻ぶ顔が見れただけで、私はとても満足しちゃった。今日だけは、なんだか普通の女の子みたいな、そんな気持ちになれたの。
そんな気持ちに…また、させてくれたのよ。
10/28
魔法学園の学園祭やハロウィンの雰囲気は、とても懐かしいわ。でも、私は魔法学園で過ごした日々よりも、今のこの生活の方がとても楽しいと感じている。そんな事、あの頃の私には想像できなかったでしょうね。
あんまりあの頃の事を思い出したくなくて、私はあの子と一緒に家でずっとお喋りをした。そうしたらあの頃みたいに、少しだけ笑ってくれてたの。
あの子は、私が昔のあの笑顔も何もかも忘れてると思っている。だから、何も言えない…でも、私が貴女のその笑顔を忘れたことは、本当は一度たりとも無いのよ。貴女に貰ったプレゼントだって、こうして今も大切にしているんだから。
でもそんな事言えないから、だから代わりに、貴女の笑顔がとっても好きだって伝えたわ。そしたら、少し恥ずかしそうに照れていて、その顔もあの頃と同じだったの。こんなに胸が高鳴ったのは、久しぶりだった。
今日のこの日は私にとって、きっとかけがえのない、生涯大切な思い出になるでしょうね。
12/25
今後私がこの日記に書き込むことは何も無い。だって、これが最後のページだもの。それに、もうこれ以上日記を書くつもりはないから。この本は私の人生で書き上げた日記の、ほんの一部でしかないけれど…生涯の中でこの一冊が、私にとって一番大切な一冊に決まっている。
だからこの本だけは処分せずに、どこかに隠してみようと思うの。
今日はクリスマスだから、この季節に咲いている好きな花に、本を隠してしまおうかしら。そして同じ日付にとっても強い光の魔法を唱えた瞬間、花がピカっと輝いてこの本が現れるの。
どうかしら。とってもロマンチックでしょう?
その人がこの本をどうするのか、この文章を読むかも分からない。でも、将来この本を読むであろう未来の誰かも、もしかしたら私のように、悩んでいるかもしれない。この日記を読んでいるアナタに、私と同じ思いをして欲しくないわ。
辛いかもしれない、苦しいかもしれない。一人ぼっちで傍には誰も居ないかもしれない。どうしようも無い孤独感や疎外感に、アナタは締め付けられているかもしれないわね。
でも、アナタのそばには、アナタと対等で居られるようなかけがえのない大切な人が、きっと現れるはずよ。
だから、安心して。
大丈夫、私は歴代の中でも結構すごいと言われた力の持ち主らしいの。だから、ここに綴った言葉だって何かの力を持つかもしれない。魔法というのは、そういう物なのよ。
自分の為に、誰かの為に…心の中に眠る願いを目覚めさせながら、思い浮かべた光景を映し出す。無限の可能性を込めて、こうやって言葉を唱えればいいの。
〝親愛なる未来の聖君・聖女のアナタに、最大の光の祝福が訪れますように〟――ってね。
昼間 絃
─────────────────
他のページは薄汚れていて、文字がほとんど読み取れない。だから私が完璧に理解できたのは、この4つのページだけだった。
日記を読み終えた後、花柳はまるで寒さで凍りついちゃったみたいに固まってしまった。でも、その視線は日記吸い込まれるみたいで。
しばらくシンとした静けさが続く中、やがて花柳の表情に変化が訪れた。彼女は固まっていた腕を口元に当て、まるで氷が解けるみたいに、考えをそのまま言葉にする。
「なんでウチにこんな物が? 花に魔法をって書いてあったっけ……じゃあ、その花の種をたまたま親が買ったとか……うーん……」
急にブツブツと早口で話し始める花柳に、私はこの日記を読んで1番最初に浮かんだ疑問を彼女に投げる事にした。
「あのさ……もしかして、この人昔の聖女様なの?」
私の言葉が空気を震わせると、彼女は考えるように口元に当てた手を振り下ろして、私の腕を力強く掴んだ。その強さに私がギョッとしていると、至って真剣な表情で私に向かって声を上げた。
「この日記は、ただの聖女様の日記じゃない! 私の両親が学園生だった頃、
「……え……っえぇえぇぇぇ!?!?」
ずっと言葉だけで聞いていた、あの〝先代聖女様〟が……この
てか、日記に昼間さんが書いてるアナタって多分私に言ってそうだし……え、じゃあ昼間さんは私の事をこの時からずっと知ってたって事!? いやでも、生まれたのは昼間さんが知らない
しかも、定期的に出て来るあの子って誰!
誰のことなんですか昼間さーーん!!
私たちは、空いた口が塞がらないと言わんばかりに、その場で動けなくなった。何も言葉が出てこないって、こう言う時に使う言葉なんだ……と、私は今実感している。
時間が止まったような感覚の中でも、吹き抜けるやわらかな風が運ぶ花の香りが、時間が動いてる事を実感させてくれる。空から舞い降りる月の光が、私たちを優しく照らし出してくれたから、段々と現実味が湧いてきた。
「……えっと、そろそろ帰っとく?」
「そう……だね。帰ろう」
私の放った煌めく光の魔法。それは、段々と粒子になって空気に溶けていきながら、私たちの周りでずっと漂っていた。まるで、見守ってくれたみたいに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます