第43話

✤ やっとこさ来たクリスマス







 

「ふぁ……ねむ……」



 カーテンの隙間から差し込む光と、隣の部屋から聞こえる目覚ましの音で、ぼんやりと目が覚めた。

 眠気まみれな目を擦っていると、丁度目覚ましの鳴っていた部屋から「わぁー!」という大きな声が響き渡る。その声に触発されるように、私も意識がはっきりとした。



「クリスマスなんだった!」



 そう思いながらベッドの横を見ると、そこには大きな袋が置かれている。クリスマス特有の赤と緑の色合いに染められたその包装紙は、差し込む光に照らされて鮮やかに輝いていた。

 ドキドキ高鳴る鼓動を抑えつつその紙を開くと、ひとつの箱が姿を現した。その箱を開けると、中から出てきたのは丸いライト。それは、私がどうしても欲しかった物だ。


 プレゼントを抱えて部屋から飛び出しリビングに足を踏み入れると、そこには両親が椅子に座っているのが目に入った。湯気の立つカップを口元にやりながら、音を立ててやってきた私を見つめている。私は2人に、ハツラツとした声で話しかけた。



「おはようパパママ! 見てみてサンタさん来たよ、プラネタリウムくれてたの!」

「おぉ〜本当だ。良かったね菜乃花なのか

「うん!」



 そう。私が頼んだのはプラネタリウム。これは、私がずっと欲しかったものだった。寮で千鶴が「家用のプラネタリウムがあるらしいよ!」と前話してて、その時調べて一目惚れしてから絶対に欲しいと思っていたのだ。

 プレゼントを抱きしめてクルクルと回っていると、突然リビングのドアがバンっと開かれた。親と一緒にそちらを見ると、そこにはやけに興奮した様子の姉弟きょうだいが立っている。



「ふっふっふ、菜乃花姉ちゃん!」

「今日は寝かせないぞ~!」

「え、急に何? とても怖いのですが……」



 不敵な笑みを浮かべる2人に後ずさりすると、彼らは後ろに隠していた手を胸の前にやってそれを見せてきた。そこにあるのは、どちらも家庭用ゲーム機に使うソフトだ。

 なるほど。この2人、どちらのゲームも私を巻き込んで夜通しやろうとしているらしい。だから昨日、プレゼントの内容は内緒! なんて言っていたのか……。



「こらこら、涼花すずか湊斗みなとの夜更かしを一応止めないと」

「良いじゃないか、今日だけなら! いっそママも一緒に4人でやっちゃえば良いのさ」

「パパ天才?」



 私以外にも巻き込まれる人が、1人増えたらしい。




 *




「えぇっ!? 私が触らないとダメなの!?」

『昨日春風はるかぜが出ていった後に何度も試したけど、ただのクローゼットのままだったの。だからこっちに来る時は、ちゃんと私に確認してから来て』

「……じゃあ今行っていい?」

『無理』

「ムリなんかい!」



 朝からゲームをやり続けて、今はお昼ご飯を食べた後。ずっとやっていると目に悪いから続きは夜ご飯の後に……と親に言われ、私はようやく姉弟きょうだいのゲーム付き合いから休憩だ。

 やっているのは楽しいけど、あの2人は当たり前のように徹夜させようとしてくる上に、徹夜しても次の日もケロッとしているから怖い。私にそれは無理だから。


 そんなこんなで時間が空いたから、部屋に引きこもることに成功したのに……この空間を繋ぐ魔法は、私がクローゼットに触れてないと開かないらしい。

 そんなの聞いてないよ、私が作った魔法だけどさ! しかも花柳はなやぎは今無理らしいし!


 ガックリと肩を落としていると、スマホから少しいつもと違うように聞こえる彼女の声が、私の耳へと響いた。

 


『……今は家族と外に居るから、来るなら夕方にしてくれる? どうやったら繋がるのか分かんないし、来ていい時間になったらメッセージ送るから……その時に試してみて』

「いいの!? やった~!!!」

『こっち来るまで、進んでなさそうな宿題でもやってなよ』

「は、はい……」



 仕方ない……それなら夕方まで、昨日放棄した宿題を……。

 そう思って、通話を切った後に宿題のドリルを手に取ろうとした時、部屋のドアがコンコンコンと3回ノックされた。その相手はパパだ。



菜乃花なのか起きてる? 今からチーズハットグ作るから、食べるかなって思ったんだけど」

「パパの手作りチーズハットグ!? めっちゃ食べる~!!」



 やっぱり、宿題は後でにしよっと!




 ︎*




 まだ16時くらいなのに、冬の東京は日がすぐ日が沈む。太陽はほとんど落ちていて、空にはオレンジの色すら見えない。ぼんやりと暗い藍と紫が窓の外に広がっていた。

 メッセージに送られた「来てどうぞ」という文字を見て、私は外用の服に着替える。家族には魔法使いと会って来るってしっかり伝えたし、準備万端! 


 私は、深呼吸をしながらクローゼットに手をかけた。するとその瞬間、手の先がキラキラと淡黄色に煌めき始める。少しの魔力が吸われた感覚と同時に開けた先は、昨日と同じように花柳の部屋へと繋がった。

 すると彼女はジーッと私のことを睨みながら、ゆっくり口を開く。



「宿題、やってないでしょ」



 クローゼット越しにそんな事を言われて、私はギクッと肩を揺らした。図星をつかれた私は、つい慌てて声を上げる。



「な、何で知ってるの!?」

「お父さんの手作りチーズハットグを食べる宣言してた」

「あ~~~……」



 あの時まだ通話が切れていなかったのか……。

 ちゃんと切っておけばよかった、なんて今更そんな後悔をしながらクローゼットをくぐる。ピンクと白を中心にした、昨日と同じ可愛い空間だ。

 花柳はいつも黒い制服に緑色ネクタイやリボンを着けてているから、白やピンクが溢れた場所に彼女が居るのは新鮮に感じる。


 私がクローゼットを閉じると、花柳はその閉じられた扉に手をかけて「見てて」と言いながらバタッとその扉を開く。でも、そこには何もない世界が広がっていた。強いてあると言えば物や服だけで、壁は無地そのもの。



「ほらね、私が開いても春風の部屋とは繋がらない」

「本当だ~……でも、どうしてだろ?」



 2人でしばらくうーん……と考え込んでいると、花柳はハッとした表情で私に向き直る。

 


「魔法を使った時、自分でクローゼットを使う事を想像した?」

「した! 私がクローゼットを開けたら花柳の部屋に繋がってないかな~って思ってた!」

「じゃあ、そのせいかも。他人が使う事を想定して魔法を唱えてないから……まぁ違うかもしれないけど」

「おぉ、なんかそれっぽい。流石花柳はなやぎ!」



 相変わらず花柳は頭が良い。私が感心して頷いていると、ふと彼女の服装が目に入った。

 外に行っていたのは本当のようで、髪の毛はいつも通りのハーフアップにされている。緑色のコートの下には白いニットとブラウンカラーのスカート。リボン風に片方結ばれて居るのは、クリーム色のマフラーだ。その色合いは、なんだか――



「クリスマスツリーみたい」

「え?」



 こ、声に出してた~……。



「あー、えっと……ほら、花柳の服装がクリスマスツリーみたいだなぁ~って思ってさ。緑と茶色と白で!」

「……じゃあ、そっちはサンタさんって事?」



 そう言われてから、自分の服装を見返した。言われてみれば確かに……白いパーカーに赤いアウター、履いてるズボンもベージュ色。この色合いなら、誰でも簡単にサンタさんが連想できる。傍から見たら、クリスマスにはしゃいでる2人組みたい。



「そーじゃん! うちらクラス色も赤と緑だし!」

「 ……そう言われると、何か年中季節外れな人たちみたいで嫌なんだけど」

「良いじゃん、今はぴったりなんだから」



 私がそう言って笑うと、花柳は少しため息をつきながら机のから何か取り出した。その右手に持たれたのは、いつも学校で使っている魔法の杖だ。


 その時、ようやく思い出した。私の左手には、外に履いていく様の靴が握られている。それは花柳が持って来いと言ったから持ってきたもので、決して彼女の家の中を土足で歩こうなどとは考えていない。

 思い出した途端にだるくなる手の重みを感じながら、私はむっと彼女に文句を飛ばした。



「て言うかさ、なんで私に靴持ってこさせたの? 何気にずっと手が塞がってて、地味に不便なんですが」

「それは今からわかるから。はい、右手出して」

「へ?」



 そう言われて素直に空いていた右手を前に出すと、花柳はパシッと手を掴んだまま、口を開いた。



「〝春風に 闇の目眩めくらまし と 静寂せいじゃくを〟」



 その瞬間、紫色に輝く光のベールが私を包み込んだ。

 これはいつも私と彼女が使う姿隠しの魔法と、八雲やくも先生と和泉いずみ先生に教えて貰った新しい魔法。周りから自分の声が聞こえなくなるという物だ。


『今後もあそこ第1棟で集まるんだろう? 魔道遺物のお礼だ、ついでに魔法教科の実技予習をしようじゃないか』

『どちらの二大魔法光・闇でも使えるから、知っておくとすっごく便利だよ。僕らみたいな、低級の二大魔法しか扱えない人でも使えるけど、2人のレベルなら僕らより上手く使えると思うから』

『あぁ。自分で解除するまで、この効果を持続出来るかもしれないな』


 でも、魔法をこんな唱え方をしているのを、私は聞いたことがない。

 その魔法を唱え終えると、彼女は煌めきを残す杖をフワッと揺らす。その紫色がふよふよと浮かんでいる中で、淡々と説明を始めた。



「こうやって最初に対象を言えば、その人だけに魔法が適用される。頭で想像するのもいいけど、声にした方が成功率が高いんだ……って、和泉先生に教えて貰ったの」

「えぇぇめちゃスゴ……って、君には私が見えてるの? 自分には目眩しとか静寂はかけてないじゃん」

「その為に手を繋いだんでしょ」



 そう言えば、目眩しをする時も相手の体に触っていたらお互いが見える。自分に魔法をかけなくても、その効果は同じなのかな……うーん、不思議だ!

 彼女は「よし」と納得したような声を上げると、私の右手を強く引っ張って行った。何も言わず突然引っ張る物だから、慌てて私が「ど、どうしたの!?」と問いかけると、彼女は当たり前だと言わんばかりのトーンで言葉を放った。



「連れていきたい所があるの。着いてきて」










 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る