第8話 夜会 1

 ザラタローザ公爵とアヴローラが夜会会場の入り口に現れ、儀仗官が『ザラタローザ公爵閣下、及び公爵令嬢のご入場です!』と場内に向けて言うと、全ての貴族や招かれた各国の駐在大使たちが、アヴローラの姿を見てどよめく。


 『ガウンコートを着たまま?』『不敬ではなくて?』と、予想通りの言葉を男性は眉間に皺を寄せ、女性は扇で口元を隠しながら、わざと聞こえる声量でひそひそとさえずる貴族たち。アヴローラは頭から指先まで気を抜かずに所定の位置まで父のエスコートで進む。


 いつもの夜会なら、壇上に皇帝陛下と皇太女殿下、その後に皇弟おうてい御一家が並ばれるが、今夜は陛下が、その後ろにヴァルヴァーラ皇太女殿下をエスコートしているアヴローラの弟、ニキータが現れ、全貴族が陛下に頭を下げる。 


「皆、頭を上げよ。今宵は恒例のクレス夏至祭前夜祭であると共に、皆に喜ばしい知らせが二つある。まずは余の弟、マクシミリアーンが大公家を興す。本来であれば、皇帝の後継者が誕生後に大公家を興すのが慣例であったが、革命後の復興を先にせねばならなかった。皆も知るように帝室女性の公務をディアーナ皇弟おうてい妃に全て任せ、遅れに遅れたが、ヴァルヴァーラ皇太女の婚約が決まった故、皇弟一家は公務から退き新たな大公家となる」


 会場奥の扉が開き、皇弟御一家が陛下の前に並び頭を下げてから、貴族たちの方へ向いた。 


「帝位継承権はそのまま保持する。今後、余の弟はヴィノグラードフ大公、その妻はヴィノグラードヴァ大公妃だ。長男はこれまでと同様、エドゥアールド皇子、妻はナターリヤ皇子妃、次男はアレクサーンデル皇子と呼ぶように」


「「「御意」」」」、と全貴族が頭を下げ盛大な拍手が起こり、ヴィノグラードフ大公と大公妃殿下が貴族らしい微笑みを返し、大公殿下がすっと手を上げる。


「我が大公家の名前聞いて、不審に思う者もいるだろう。約三00年前に皇弟が興した大公家の名前と、継ぐ者が絶えた為に帝室に戻された直轄地を、改めてヴィノグラードフ大公領として陛下より賜った。皇宮から帝都に屋敷を構えて公務からは退き、社交期以外は領地に住み、領民と親睦をはかりながら発展していきたいと思う」


 また拍手が起こり、大公家御一家はザラタローザ公爵の隣、陛下に近い場所に立つ。大公殿下が不審に思うと仰った理由。ローディナ帝国の皇弟・皇妹が大公となる場合、リャビーン大公家には、当主はいらっしゃるが療養中なので、断絶したドゥーブニャク大公家かベリョーズヌィ大公家を継ぐのが慣例。約三00年前に皇弟が四人いたので新しい名前が必要となり、ヴィノグラードフ大公家が誕生したものの数代後に後継がおらず、大公家の名前と領地が帝室に戻された。ヴィノグラードフ大公の名を選んだのは、なんらかの理由があるのだろう。


 大公家は通常ならば帝都に近い場所が所領となるが、以前と同じなら、ザラタローザ領の東隣、旧ザラタローザ王国とローディナ帝国の国境だ。一00年前にルテニア国からザラタローザ王国が戦争を仕掛けられた際、いち早く王国へ救援に入り避難民を受け入れ、当時の皇帝陛下と王国の仲介もなされた。今は同じ帝国民だが、昔から領民同士の仲は良好。アヴローラは嬉しく思った。


「次の喜ばしい知らせだが、その前にザラタローザ公爵と公爵令嬢、余の前に」

「御意」


 公爵にエスコートされて壇上におわす陛下の前まで歩いて止まり公爵は頭を下げ、アヴローラはガウンコートを両手でつまみ、最も深く膝を折るカーツィカーテシーをする。


「ザラタローザ公爵令嬢、何故コートを着ているのか?」

直答じきとうをお許し願えますか?」


「許す。姿勢も楽にせよ」

「ありがとうございます」


 アヴローラはまっすぐ立ち、壇上にいるヴァルヴァーラ皇太女と弟ニキータ、その後ろに控えている補佐官たちのあざけり顔を目の端に捉えた。


「コートの下には、畏れ多くもヴァルヴァーラ皇太女殿下より下賜されたドレスを着用しておりますが、陛下の御目を汚すと思い、コートを羽織っております」

「余へ気遣いは無用。コートを脱ぐがよい」


 公爵がアヴローラの後ろに立ち、アヴローラがコートのボタンを外し、するりと脱がす。現れたドレスは濃いネイビーブルー。光の加減で金や銀に見える小さなバラ模様が全面プリントされ、鎖骨から床ギリギリの長さのストレートラインに見えるが、生地にはゆとりがある。肩から床に垂れ下がる長方形で同じ生地のトレーン長い裾がついた、オフショルダーシフォン。シフォン生地は。今のアヴローラは、裸体が透けたドレス姿だ。だが父の公爵が後ろに立っているので、アヴローラの姿がはっきり見えるのは皇帝陛下と陛下の護衛騎士、皇太女殿下に弟、補佐官たちに限られる。


「な、なんという」陛下は驚きで言葉が出てこない。そこに、補佐官たちと同様、ヴァルヴァーラ皇太女がわざとらしく、驚いたフリをしながら大声で、嘲笑あざわらいながら言う。


「まぁ、裸だわ、娼婦みたい! まだ婚約者がいないから、この夜会で男を漁るのかしら?」

「畏れながら皇太女殿下、わたくしは娼婦の方とお会いしたことがございませんので、彼女達がどのようなドレスを身にまとうのか存じませんの。誤解なきよう申し上げますが、わたくしは公爵令嬢ですから当然、純潔のままでございます」


「その歳で処女? 娼婦の姿をしているくせに、皆の前で嘘をつくの?」

「皇帝陛下の御前で嘘をつくなどあり得ません。無礼は許されませんし、不敬にあたりますもの。ここに、帝室御典医が発行した、純潔証明書もございます。……それにしても皇太女殿下は、娼婦の方に随分とお詳しいご様子」


「私を侮辱するの?!」

「先にザラタローザ公爵令嬢を侮辱したのはお前ではないか! 公爵、ガウンを着せてくれ」


 頷いた公爵が、持っていたコートをアヴローラに着せ、アヴローラはボタンを留める。公爵は陛下に、アヴローラが言った証明書を見せた。


「ご温情に感謝いたします、陛下」

「ヴァルヴァーラから下賜されたドレスと申したが、何故そのドレスを断らなかった?」

「皇太女殿下には二度、お断りしております。三度は不敬にあたりますので着用いたしました」


「そのまま着てくるなんて、よくも私に恥をかかせたわね!」

「不思議なことをおっしゃいますのね。わたくしは、このドレスのデザイン画も生地すらも拝見しておりません。裸体が透けるドレスを着用しているわたくしに、恥をかかせて嘲笑っておられたのはどなたでしょう? わたくしの弟も含む補佐官たちと皇太女殿下では?」


「ドレスを二度も断ったじゃない。ちょっとした悪戯いたずらなのに、なんでそのまま着て来るのよ!」

「このドレスがちょっとした悪戯? わたくしに娼婦だの男を漁るだの、妄言や暴言を吐かれたのに? わたくしがドレスに手を入れますと、皇太女殿下への不敬にあたります。それも御承知の上でドレスを下賜なされたのでは? もう一つのドレスは、後程陛下にご覧になっていただきます」


「陛下、昨夜我が息子ニキータの証言映像がございます。陛下の御前で全貴族の皆様に、ご覧いただきたく存じます」

「続けて、大公である私に届けられた映像もご覧いただきたい。陛下、お許し願えますか?」

「許す」

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