第13話 揺れる思惑
父の執務室へ向かう廊下を足早に進む。
不安を抱えたまま扉をノックすると、「入れ」という低い声が返ってきた。重厚な扉を開けると、いつものように父が机に肘を置き、厳しい眼差しを向けている。
「遅かったな、ヴィクトル。さっそく要件に入るぞ」
俺が何も言う前から、父は本題を切り出す。
「どうやら友好を求めてきたらしいな。使者が来て謝罪をしたいとほざいていたが……さて、お前はどう考える?」
突き刺すような視線に、一瞬言葉が詰まるが、ここは冷静に返すしかない。
「自分も罠の可能性は高いと思っています。誠意を見せるというのも、きっと表向きの言い訳かと……」
「まあ、そうだろうな。だが、グレイヴナー家は爵位こそ低いが有力な家の一つ。完全に敵対すれば、あちこちから火の粉が降りかかる」
父の言葉に俺は内心でうなずいた。原作ゲームでも、厄介者だったのを思い出す。この世界でも同様に、一筋縄ではいかない相手だろう。
「それで、どうするつもりですか?」
「決まっている。今度、グレイヴナー家の当主が私に会いに来る場を設ける。その場にはお前も出ろ」
「分かりました。グレゴリー当主との会談、全力で対処します」
そう答えると、父は「当然だ」とばかりに手を振り、机の上の書類に視線を戻した。俺が部屋を出ようと踵を返した時、ふいに父が低い声で付け加える。
「ヴィクトル。貴様、セシリア王女を守りきったのは見事だったが……今度も自分の首が飛ぬようにな」
「……肝に銘じておきます」
軽い脅迫めいた父の最後の言葉を背に受け、執務室を後にする。
(はあ、また心が重くなる展開だ。とにかく、グレイヴナー家との会談をどう乗り切るか……)
廊下を戻る途中、足早に追ってきたのはマリアだった。さすが俺の動向を常に把握しているメイドである。
「失礼いたします。先ほどの公爵様のお話……何か決まりましたか?」
「うん、近々グレイヴナー家当主が父上と話す場に俺も同席しろってさ……」
マリアは小さく眉をひそめ、「危険ですね」と呟く。
「ヴィクトル様が乗り気でないのなら、私が先回りして安全を確保いたします。……グレイヴナー家の内情を探ってみましょうか?」
「ああ、助かる。それができるならお願い。少しでも情報を多く持っておくに越したことはない」
マリアも頼もしい表情で「お任せください」と頷いてくれた。ただ、彼女の目には「坊ちゃまを危険に近づけるぐらいなら、片っ端から排除したい」という狂気がほんのり混ざっているように見えて、俺はひやりと背筋が震える。
自室へ戻ろうとすると、廊下の角でエリスと鉢合わせした。どうやら俺を探していたらしく、息を切らして駆け寄ってくる。
「ヴィクトル様、先ほど使用人から耳にしましたわ。グレイヴナー家と会談をするのですね? 私も立ち会います」
即断即決の口調に、俺は戸惑ってしまう。
「いや、なるべく人数を絞りたいし、エリスは――」
「そんな! 私だって伯爵令嬢の身ですもの、多少のやりとりは心得ていますわ。それに、あなたがまた危険な目に遭うなんて嫌なんです」
エリスの瞳には強い意志と不安が入り混じっている。婚約者として、俺を危険に立たせたくないという気持ちなのかもしれない。
(しかし、交渉がどう転ぶか分からない。下手をすればエリスが巻き込まれるリスクもある)
「分かった。でも、万が一のときは俺の指示をしっかり聞いてくれよ」
「……ええ、もちろん。あなたのそばにいられるなら、それで充分ですわ」
エリスは微笑みながら、そっと俺の腕を取る。やけに距離が近いのはいつものことだ。
そして翌日。
昼下がり、書斎で一人資料を読み漁っていると、執事が慌ててやってきた。
「ヴィクトル様、グレイヴナー家の当主様が、先ほど門の前まで……!」
「え、今っ!? アポなしってことかよ……!」
緊張が急速に高まる。だが、断れない。父は用事で不在だが、ここで追い返せば面倒なことになる可能性もある。
(くそ、仕方ない……覚悟を決めるか)
俺は資料を閉じ、服装を整え、執事のあとを追って玄関へ向かう。そこで待っていたのは壮年の男――ハロルド男爵、グレイヴナー家当主だ。彼の横には数名の従者が立っている。
「突然の訪問、失礼いたします。公爵様にお詫びを申し上げたく
穏やかな表情に見えるが、瞳の奥は何を考えているか掴めない。俺は丁寧に一礼しつつ、父が留守であることを告げた。代わりに自分が応対する旨を伝えると、当主は「それはそれで結構」と、にこやかに言う。
従者らが手土産らしき包みを抱えており、どうやら謝罪のしるしのつもりらしい。
「ここで立ち話もなんですので、中へお通ししてよろしいですか?」
「はい、ありがたく。……実は、公爵様にお伝えいただきたいことがあるのです。グレイヴナー家も決してあのような暴挙を是としたわけではありませんと」
――俺は警戒を解かぬまま、屋敷の応接室へ当主を案内し、一方で執事にさりげなくメイドたちへ指示する合図を送る。
やがて扉が開き、エリスが静かに入室してきた。マリアも給仕役を買って出てくれている。
こうして、俺、エリス、マリア、そしてハロルド男爵という奇妙な顔ぶれでの会談が始まった。
「先日の息子の振る舞いは、全て私の監督不行き届きによるもの。大変申し訳なく……」
当主は深々と頭を下げ、弁明を始める。言葉だけ聞けば、こちらに低姿勢だ。だが、実際どうなのか。
「暴挙を働いたのですから、簡単には許されないでしょう。ですが、我々としては、今後貴家と良好な関係を築いていきたいのです」
俺は表情を崩さないよう心がけながら、言葉を選んで返す。
「ハロルド様、そう仰るお気持ちはありがたいですが、被害が出たことは事実です。ラグナス王国との条約にも水を差しかねない行為でした」
当主は「もちろんです」と苦笑を帯びた顔で応じるが、その瞳は揺れていない。むしろ余裕すら感じるのは気のせいか?
(やはり裏があるんじゃないか……。だが、今は下手な挑発を避けるべきだ)
エリスは黙って椅子に座り、俺のやり取りを見守っているが、その指先は少し震えている。マリアは給仕のふりをしながら、当主と従者に警戒の眼を向けている。
「無論、愚息については、厳しく処罰する所存ですが……」
と、そこまで言ったところで、当主の言葉が途切れる。視線の先にはエリスの冷たい眼差し。彼女は張りついた笑みで静かに言い放った。
「処罰? それだけで済むのでしょうか。……ハロルド様、あなたの息子はヴィクトル様を危険に陥れ、セシリア殿下にも無礼を働きました」
エリスの厳しい言葉に、当主はやや眉をひそめ、「もちろん、承知しております。ですので、私どもは……」と続ける。しかし、エリスの一挙手一投足には容赦のない圧力が宿っている。
(さすがエリス。下手すると当主を返り討ちにしかねない勢いだ……怖い怖い)
会談は続くが、内容自体は「和解したい」「補償はする」といった曖昧なものばかり。俺は男爵の本音を見抜こうと神経を張り詰めていた。
(……結局、どこまで本気で謝罪しているのか分からない。だが、今は無闇に突き放すわけにもいかないか。まずは相手のカードを引き出すのが先だ)
そんな腹づもりでやり取りを続けていると、応接室の外から足音が近づいてきた。どうやら父が帰ってきたらしい。扉が開き、厳しい顔で当主を睨む。
「ふん……貴様か。息子の不始末を詫びに来たというが、さて、どこまで本気か見極めさせてもらおうか」
ダリウス公爵の登場で、室内の空気がさらに重くなる。
これで交渉がどう転ぶのか――俺はそっと息を整えながら、エリスやマリアの鋭い視線に気を配りつつ、再び相手の様子を伺う。
(ここが正念場だ。グレイヴナー家との対立が深まれば面倒になる。慎重に乗り切らねば……!)
――こうして、公爵家とグレイヴナー家の和解を装った会談が始まった。
緊張で胸が張り裂けそうになりながらも、俺は歯を食いしばって席に着き、冷静を保とうと必死だった。
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