お母さんは後ろ向き。〈1分で読める創作小説2025〉

ミコト楚良

お母さんは後ろ向き。

 気がついたときには、軽トラがバックして来ていたそうだ。

 ぼくの母、望東子もとこは滅多に客の来ないスーパーのがら空きの駐車場で、どこかの誰かの運転する軽トラに右足の先を轢かれた。


「かっ」

 その痛みに母は血を吐くようにうめいて、ひざから崩れ落ちた。

 蒼白になっても意識は失わなかったという。いっそ、気を失えたら痛みも感じなかっただろうにとは、夕刻、ぼくが母から聞いたことである。


 そして、「しばらく買い物に行けない」と、れたところを包帯で巻いて肥大した右足先を投げ出すように、ダイニングテーブルの椅子に座った母は、ため息をつき、「しかしお母さん、過去に行けるようになったんで」と、告白してきた。


「は?」

 ぼくは春休み中、就活の合間に家に帰っていた大学3年生である。


「気がついたら、3ヶ月前に戻っていて。ほら、あんたが調子に乗ってステーキレストランのガーリックライス食べ過ぎて、調子悪くなって吐きまくった日だよ」


「そんなことあったっけ?」


「あんたは、ガーリック、おなかに合わんみたいだから、白飯しろめしにしときと止めて来た。だから、なかったことになった」


「え? 吐いたの、ないことになったの」

「うん、お母さんが止めた」


 ぼくは青ざめた。

 ガーリックライスを食べなかった、吐かなかったぼくは、今、ここに存在するぼくは。


 いや、その過去の改変、もしかしたら、世界をも変えるバタフライエフェクトになりはすまいか。ならないか。

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