第八話 ショルチーコ運河・ツアー船発着場襲撃 Ⅱ

 闇夜の住宅街を駆けるグランツ達。

 虚ろな光が度々三人を照らすが、颯爽と走ってる為直ぐに消えてしまう。

 現れては消え、現れては消え、現れては消え、現れては消え……。

 何も言葉も交わさず、三人は遠回り気味に取引現場へと向かっていった。


――――――


 発着場では取引の準備が行われようとしている。


 シャッターが閉じた商店の近くにトラックが1台停車。

 そこからぞくぞくと六人のギャング達が降りてくる。

 彼等を追うようにニロも車をその近くに止め、フォーサと囮を連れて降車した。


 これに対して迎えるのは……ビアス政権打倒を目指すレジスタンス、その一団。

 人数は二分隊程。

 皆が皆経験豊富な顔付きと体格で、目には相応の覚悟が籠もっている。


 特に先頭に立つ二人、ガタイのいいジャガーのコボルド、そして長髪を後ろで纏めたポニーテールの女は顕著だ。


 ポニーテールはタンクトップを着ており、鍛え上げられた肉体を露わにしている。

 ギャングのリーダー格らしき男は、余りの威圧感に喉の唾を思わず飲み込んだ。


「ブツは?」


 ポニーテールの女はギャングとニロ達を一瞥した後、冷え切った声色で質問。

 彼女の恐ろしく鋭い視線に、リーダー格はたじろいでしまう。


「あ、あぁ、持ってきたよ……オイッッ」


 しかしながらリーダー格はリーダー格だ。

 圧に圧されながらもハッキリと言葉を紡ぎ、部下たちへ命令を飛ばした。


 四人の男は言われるがままにトラックの荷台から木箱を数箱運んで来る。

 それら一団の前へと置くと、いたわるように蓋を開けた。


「要望通りの奴だ、どうだい」


 中には詰まっていたのは大量の爆薬や数々の銃器だ。

 ポニーテールの女がその中から一つ掴むと、念入りに確認し始める。


 品を見るポニーテールの女、それを固唾をのんで見守るリーダー格。

 二人がジッとしていた中で――誰かが誤って木箱を落としてしまった。


 瞬間、レジスタンスが動きだした。

 落下音が聞こえたと同時に全員が武器を取り出し、臨戦態勢を取り始めたのだ。


 一人がホルスターから銃を取り出し、一人が下げていたサブマシンガンを構え。

 三者三様ながらもあっという間に迎撃用のフォーメーションを取っていく。


 一方、ジャガーのコボルドは縮地法の要領で駆け、木箱を落とした者へと肉薄。

 光の速度で組み伏せると、首筋へと鋭い爪をナイフの如く突き立てた。


「……な」


 一瞬で臨戦態勢に入ったレジスタンスに、リーダー格は空いた口が塞がらない。

 ぽかんとした表情で汗をだらだら流す中、ポニーテールの女は目でガンを飛ばし、


「不審な行動は起こすな」


 ドスの効きまくった声で忠告した。

 

「わ、分かってるから、早く取引を始めようぜ」


 リーダー格は顔を引き攣らせたままこれに応じ、話し合いを始める。

 岸にはエル・パッソ伝統のカラフルな船が横一列、それも所狭しに停まっているが誰も目に留めない。


「……」


 誰もかれもがせっせこせっせこ荷物を運ぶ中、一人の男こっそりとレジスタンス一派の元へ近づく。

 囮の男だ。


『気付かれるなよ、払われた金のことを思い出せ』


 囮の耳には小さな魔石がはめられており、そこからマクスウェルの声が聞こえている。

 この世界でのインカムだ。

 囮はマクスウェルの命令通りに、レジスタンスをしっかりと観察し始めた。


――――――


 マクスウェルは座席に身を預けながら目を閉じ、囮の視界越しに取引場を観察中だ。


「中々やるみたいだな」


 視界の中では男がサブマシンガンを持ち用心深く見回す様が見えていた。

 ローレディポジションをキープしており、即時対応可能な状態だ。


「あれを注視しろ」


 マクスウェルは滲み出る驚きはそのまま、魔石越しに囮へ淡々と命令を飛ばす。

 すると視界が動き、そのサブマシンガンをど真ん中で捉える。


 ……正規品の類では無い、手作り感満載だ。密造銃の類だろう。にしては良く出来ている。

 マクスウェルは囮の視界越しにじっくり見つめ、しみじみとした反応を送ると、


「いいぞ、次は敵情視察だ」


 次なる命令を下した。

 瞬間、視界が上がり、レジスタンス共が忙しなく動く様を確認。

 ジィッッ……と彼等を見つめ始める。


 数は虎のコボルドとポニテ含めて25名。ざっくりと定めた二分隊よりかは割と多い程だ。

 殆どの者がホルスターに拳銃を携えてるが、7人ほどサブマシンガンを携えている。


 皆が皆鋭い目で周りを注意深く見ており、ホコリ一つ見逃す気配が無い。


「……軍隊顔負けだな」


 思わず賛辞を送ってしまう程だ。しかしながら今は任務中である。


「何かやるふりをしろ、悟られるな」


 マクスウェルは一瞬でテンションを切り替え、淡々とした声で命令を飛ばす。

 怪しまれやすいと思える程にジッと見すぎていたためだ。

 囮は慌てて視線を下げると、木箱の中をジャラジャラ触り、仕事をするふりをし始めた。


「気を付けろ」


 念を押すように言うと交信を終え、隅っこに魔石を置くマクスウェル。

 彼は暇つぶしのためなのか、前方で呑気にハンドルを握ったままのスミタニに声を掛けた。


「なぁ」

「何です」


 事前にアイスブレイクを済ませたものか、スミタニは自然体で会話にのろうとしている。


「お前は転生者なわけだ」

「まあ、うん」


 マクスウェルの確認にスミタニは素直に頷くが、


「能力は?」

「能力……」


 その後に来た質問に、一瞬だが疑問符を浮かべてしまった。


「そう、能力、転生者はここに来る時に何か恩恵を貰えるんだろ?」

「ん……あぁ〜〜」


 しかしながらマクスウェルの丁寧な質問を経て、スミタニはやっと質問の全容を理解。


「車が強くなる」

「車がか」


 ざっくりとした説明だ。マクスウェルが反芻はんすうする中、スミタニは詳しく説明していく。


「あぁ、俺が乗った車にはバフが掛かってェ……外装がミスリル並に固くなったり、馬力が猛烈に上がったりすんだよ」

「ほう、バフね、バフ」


 言うなれば車特化の恩恵だ。

 簡潔丁寧に伝えたスミタニの能力を、マクスウェルは繰り返し呟き記憶に馴染ませていく。


「まあ乗ってる時だけで、降りたらただの車に逆戻りだけど」

「逆戻り……」


 深く聞いてくれる相手に気を良くしたのか、ペラペラとデメリットも伝えると、それもまたしっかり反芻はんすうさせて記憶に定着。


「だいたいは理解した、ありがとう」

「え、あ……どうも」


 感謝の言葉を伝えて会話を切り上げた訳だが、スミタニはこれに一瞬戸惑ってしまう。

 前世や現世でも感謝され慣れてないのだろう。しかしスミタニの顔から思わず笑みがこぼれていた。

 さて、そんな比較的和やかな会話が行われる中――発着場では取引が終わりに差し掛かろうとしていた。


――――――


 今しがた値段交渉が終わった。

 ポニーテールは持ってきた金の八割を支払って交渉終了。少しシビアだったが、事を荒立てずに済んだ。


「……ふぅ」


 彼女は一息つき辺りを目配りし始める。誰か怪しい奴がいないか確認をとるためだ。

 ギャング側の方を見ると、ガラの悪い男達が買い取った武器を運び続けている。


 見た目に見合わずキビキビとした動作だ。それだけこの取引に緊張感を持って取り組んでいるのだろう。

 レジスタンス側も負けず劣らずである。

 リーダー格やニロも何か不備が無いか見張っており、仕事を全うしているようだ。


 が、一人だけ動きがおかしい。

 ポニーテールは他と比べて見窄らしい格好のチンピラ……囮へと視線を定めた。

 囮は他と比べて動きが緩慢だ、しかもかなりの高頻度でレジスタンスの方を見ている。


 おかしい、一度コンタクトを取らねば、そう思ったのかポニーテールが歩を歩めようとした瞬間……後方から誰かに肩を叩かれる。

 不意の感触に思わず振り向くと、そこには目を細め、少しニヤけた表情のフォーサが立っていた。


「えれぇ量の爆弾だ」

「あ、あぁ」

 

 しゃがれた声で突然絡んできたものの、どうやら今回の取引について話して来ているみたいだ。

 ポニーテールが戸惑う中、フォーサはグイグイと話しかけ続ける。


「こんなに爆弾掻き集めて、戦争でもおっぱじめる気か?」

「……もう始まってるだろ」

「そういやそうだった」


 失礼な質問になんとかしていく中、フォーサは少しずつ移動、彼女の直ぐ横につく。


「鍛えてるな、軍隊の出だろ」

「まあそんな感じだ」

「目も良い、俺のおふくろそっくりだ」

「あぁ、そりゃどうも……」


 しつこく質問してくるフォーサへの対応が適当になって来た所で、向こうから揉め事が聞こえてくる。

 何だと思い音の方へと向くと、レジスタンスの一人、ジャガーのコボルドが囮の胸ぐらを強く掴み上げていた。


「さっきから何やってんだお前」


 ジャガーのコボルドは真っ黄色で毛深く、その図体のデカさに圧倒されない奴はいない。


「ずっとジロジロ見てよ、何が気になんだ」

「ぇ、あ、いや」


 静かな口調ながら圧をかけ続ける彼に、囮の男は涙声で言い訳を連ねようとしている。

 やはり予感は的中していたみたいだ。ポニーテールもあの尋問に加わろうと歩を進めようとした。


 ……が、足を動かない、と言うよりは体全体が麻痺したように全く動かすことが出来ない。


「――」


 声を出そうとしても、か細い息しか出せない。

 唯一目だけが動かせる、一体何があったのか隈なく視界を動かすと……見つけた。

 場所は右肩、フォーサに叩かれた場所だ。


 そこに小さな穴が開いていた。


「――」


 目を見開くポニーテール。穴からは微かに血が流れ続けている。

 どういうことだ。傷があるのに、穴が開いてるのに、血が出ているのに、全く痛みが無い。

 瞬間、ポニーテールの体から、力がゆっくりと抜け始めた。


「――⁉」


 更に目を見開くポニーテール。抵抗しようとするが力が全く入らず、代わりに徐々に徐々に体がふにゃけてしまう。

 か細いものの呼吸の頻度が焦りから上がっていく中、ポニーテールは事の発端と思わしき者……フォーサへ目を向けた。


「四十秒か」


 当の本人は不可解なことを言いながら右腕を彼女の腰に回す。

 すると遂に体中の力が抜け、ポニーテールはフォーサの腕へと体を預けるように倒れた。


「ちと分量を間違えたか……それともお前が強いのか……」


 未だ自身の状態が理解出来ないポニーテールは、目をかっぴらいたままフォーサの右手へと視線を動かす。

 そして見つけた、人差し指にはめられた……極小サイズの角指かくしを。

 無色透明の液体がべったりと塗りたくられた暗器を。


「――!!」


 か細い息だけでも分かる程の怒号を放つポニーテール。

 しかしながらフォーサはその怒りを無視し、近付いてきたニロへと渡した。


「あとは頼んだ」


 淡々と命令を伝えると、ニロは女と共に現場から静かに離れていく。


「――!!――!!」


 ポニーテールが静かな怒号をあげるも、レジスタンス一派は全員囮に気を取られたままだ。

 それでも何とか叫ぼうとするが、ニロが口元を強引に押さえ静止。

 彼女はこれから起こるであろう戦いを、陰からただ見ることしか出来なかった。


――――――


「落ち着け、落ち着くんだ」


 一方、マクスウェルは車内で囮に向けて指示を放ち続けていた。


「落ち着いて、周りを見るんだ……よし、そこだな」


 いくつか指示を飛ばすと、目を開け、近くに置いてた地図を開き、ある場所にペンで印を付ける。


「そのまま待機しろ、大丈夫だ、落ち着け」


 そして囮に対し穏やかな声色で命令をしたあと、魔石を胸ポケットにしまう。

 そのまま地図表を持ち出しスミタニへと近付くマクスウェル。

 スミタニが少し驚く中、マクスウェルは彼の前に地図表を開くと、印を指差し、


「突っ込め」


 物凄く単純な命令を発した。それも淡々と。


「……え?」


 簡単な指示だ。しかしスミタニはまだ飲み込めてない。

 そんな彼に向けてマクスウェルは再度命令を下した。


「突っ込め」


 ――先程と同じ淡々とした口調で。


――――――


 ジャガーのコボルドは困惑していた。


 囮が不意に周りを見渡すと、一歩後ろに下がったのだ。

 まるで誰かに命令されたかのように。

 どういうことか首をかしげながら注視すると、コボルドは耳元のインカムに気づく。


「……?」


 囮の耳からそれを抜き取り、マジマジと見つめるコボルド。

 ジっと見ていく内に頭の中で様々な要素が渦巻き、繋がり始める。


 不自然な動き、ジロジロと見る目、インカム。

 それら点と点が線で繋がり始め、ようやく全容を把握し始めた瞬間……遠くから音が聞こえて来た。

 猛々しいマフラーの唸り声、そしてゴム製の何かが擦れる音。

 二つの音は急速に大きく、大きくなっていき、


 ――音の主であるバンが、壁を派手に突き破りながら現れた。


 ――コボルドと囮に向かって、一直線に突入しながら。


 

 

 

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