第101話 レベル上げ厨、特対探索者になる
かくかくしかじか。
といった感じでヒナタさんは麗さんに説明した。
「――ふむふむ、つまり、武男くんは長期間経験値を摂取できないことによって幻覚や被害妄想などの禁断症状を起こしているってことですね?」
「はい、そうなんです」
「なるほどー。…………それ、本気で言ってます?」
「うぐぅ!!」
ヒナタさんは再び、ぐうの音を発した。
「まあ、でも、そんな珍妙な生態を持つ生き物が人類の中に存在するとは思いたくないですが……信じないことには話が進まないので、信じましょう。お医者様の診断書もあるわけですし、少なくとも武男くんがドラッグに手を出していないことは百歩譲って信じることにします!」
「あ、ありがとうございます……」
「ごほんっ。では、そろそろ本題に入りましょうか」
と、麗さんが姿勢を正したので、俺もゴブリンに向けていた意識の半分くらいを麗さんに向けることにした。
「本日、お二人をお呼びしたのは、お二人が特定危機事案対応探索者の候補に選出されたからです」
特定危機事案対応探索者――略して特対探索者。
テロが起こった翌日には発表されたアレだ。ネットではSランク探索者(笑)とか言われている新制度。
麗さんが言うには、俺とヒナタさんがその候補に選出されたらしい。
あ、ちなみに、探索者協会にランク制度は存在しないので。念のため。
「私たちが、ですか? でも、それってトップ層の探索者が選ばれるものなんじゃ……? 私たちはまだ7層までしか進んでいませんけど……」
と、ヒナタさんが当然の疑問を呈する。
ヒナタさんの言うように、7層なんてまだまだニュービーを卒業したばかりと言った感じで、間違ってもトップ層の方々と一緒くたにされるようなレベルではない。
なのに、なぜ? という問いに、麗さんは答える。
「特対探索者任命制度は先週にあったテロなどの特殊な事件等に対処することだけが目的ではないからです。特対探索者に選出されると、探索者としての義務も増えますが、それ以上に恩恵も増えます。たとえば税金の優遇や、ポーションや装備類を購入する際に割引や優先購入権などがあったり、まだ売りに出されてはいませんが、協会が確保している空間拡張鞄の貸与などの優遇も受けられます。まあ、要するに、今いるトップ層の人たちだけじゃなく、見込みのある優秀な探索者の人たちを支援して、いずれはトップ層の一員になってもらい、またダンジョンテロなどがあった際には戦力になってもらいたい……というのが本音なのです」
なるほど、とヒナタさんが頷く。
「武男くんや真白ちゃんは確かにまだ攻略階層は低いですが、先週の事件でかなりの活躍があったことは協会としても把握していますし、テロリストの一人を捕まえてくれたことも高く評価しているのです。そこでお二人の将来性を買って、特対探索者の候補に選出されることになったのです」
「真白ちゃん……」
と、ヒナタさんは呟いて、
「その、候補というのは? まだ正式に選出されたわけではない、ということでしょうか?」
「いえ、ほぼほぼ内定していると思っていただいて結構です。ただ、正式に協会と契約を結ぶ前に、特対探索者になることでどのような義務が課せられ、どのような優遇が受けられるのかを説明する必要があるので。お二人には説明の後に契約を結んでいただければ、と。もちろん、これは強制ではありませんので、特対探索者となることを拒否する、となっても構いません」
「なるほど」
「それでは、特対探索者の義務と優遇について説明させていただきますね。よろしいですか?」
「はい、お願いします」
そして俺たちは麗さんから特対探索者の義務と優遇について、詳しく説明してもらった。
義務については正直良く分からなかったが、簡単に言えば、ダンジョンの外で起きた事件についても、ダンジョンや探索者が関係していれば召集され、事件解決に協力してもらう感じらしい。
だが、この点について少し疑問を感じた。
今回の事件では新宿駅内でもステータスやスキルの力は有効になっていたから問題なかったが、しかし、毎回そうであるとは限らない。その場合、どうなるのだろうと。
ヒナタさんも同様の疑問を感じたみたいで、麗さんに質問した。それに対する麗さんの回答は、
「私も良く分かっていないのですが、先週の事件のように地上でもステータスやスキルが有効になっている場合においては、武男くんや真白ちゃんたちも召集されると思います。ですがそうではない場合、攻略階層が20層を越えているトップ層の探索者の方々に任せるということらしいです。地上でスキルが使えないのはどちらも同じだと思うのですが……」
と、麗さんは困惑した感じで説明した。
それに俺とヒナタさんは目を合わせて頷き合う。
どうやら麗さんには地上でステータスやスキルの力を使える条件があることは知らされていないようだ。しかし一方で、トップ層探索者を召集すると言っていることから、やはり政府や協会の上層部は、トップ層の探索者たちが地上でも力を使えることを把握しているっぽい。
まあ、スキルが使えない無理ゲーな環境で戦えと言われないのなら、俺たちとしては問題ないだろう。
ちなみに、政府や協会から何か依頼があった際には、別途報酬がきちんと支払われるらしい。10層を越えるような探索者にとっては大金ではないらしいが。
それから特対探索者の優遇について説明される。
内容はおおまかに以下の通り。
税金の優遇。
ポーションや装備品など購入する際、割引と優先購入権が与えられる。
「空間拡張」と「重量軽減」が付与された拡張鞄の貸与。
などなどだ。
この内、ポーションと装備品の優先購入権というのは、協会が購入した物品の内、協会が運営するネットオークションに出す前の物を、特対探索者たちが購入できるということらしい。
これによってポーションなどの消耗品や、貴重な装備品などを買いやすくなる――ということだ。
しかし、一番の目玉は何と言っても拡張鞄の貸与だろう。
トップ層の人たちにはもっと多くの付与がされた拡張鞄が貸し出されるらしく、俺たちに貸与されるのは性能で劣っている物らしいのだが、それでも登山用リュックの10倍の容量、重量も10分の1になる拡張鞄を貸与してくれるらしい。
それだけでも契約を交わす価値はあると思った。
俺とヒナタさんは特対探索者となる契約書にサインした。
その後、俺たちは現在のステータスと活動スケジュールの提示を求められた。これはまあ、適切な実力を持った探索者に依頼を出すためや、他のダンジョンに遠征に行っていて依頼を出せない――などという事態を回避するためにも必要だろう。
その点は理解しているし、ステータスが公表されることはないと聞いたので、俺もヒナタさんも快くステータスを開示し、当面の活動スケジュールをその場で作成して提出したわけなのだが……、
「ほぇぇっ!!?」
当然と言うべきか何と言うべきか、ステータスを開示した際にちょっとした問題が起こった。
「なっ、何ですかこれはっ!? 見たことない称号に新発見のスキルがっ……ある、のは、まあ良いでしょう……!! 正直、トップ層の方々には未発表の称号やスキルを隠し持っている方々も少なくないとは聞いていますので……ですが!!」
さすが特対探索者の担当官に選ばれるだけはあり、麗さんは《ゴブリンジェノサイダー》の称号やスキルくらいでは驚かなかった。……いや、ちょっとは驚いていたか?
しかし、問題は黒塗りになっている称号とスキルであった。
「こ、このスキルと称号は何なのですかいったい!? 何で黒塗りになっているのです!?」
さすがの麗さんも、ステータスの一部が黒塗りになっている状態というのは、初耳というか、初めて見たらしい。
何と答えるべきか、ヒナタさんは悩んだ。あ、いや、俺じゃなくてね? この時の俺は包囲網を狭めつつあるゴブリンどもに対する警戒と威圧に忙しくて、あまり話を聞いていなかったのだ。
とにかく、ヒナタさんはこの時、思ったらしい。《快楽殺人鬼》の称号について知られたら、危険視されて大変なことになるのではないかと。
そしてそれは正解だった。後でミトさんから聞いた話だが、《快楽殺人鬼》の称号のことが協会にバレたら、特対探索者どころか探索者資格すら剥奪され、その上、警察に捕まる可能性すらあったらしい。
証拠不十分で罪に問われることはないだろうとも言ってたけど。
証拠は全てダンジョンに吸収されて消えちゃってるからね。
まあ、そんな諸々の理由もあり、ヒナタさんはこう答えた。
「それは……ふ、封印されているんです……!!」
「ふ、封印、ですか? ……なぜ? 誰に? どうやって?」
一瞬、ぽかんとした麗さんから当然の問いが。
顔を真っ赤に染めたヒナタさんはさらに答える。
「く、詳しいことは分かりません……!! ただ、その、たぶん……ですが、黒塗りになっているのは、きょ、強力な称号と称号スキルで、今の武男くんには扱えないので、封印されているんだと思いますっ!! きっと、時が来たときに解放されるタイプのスキルなんです!!」
「…………」
ヒナタさんは言った。頑張った。理屈というよりも、もはや勢いだった。その目の端には光るものが浮かんでいたが、幸い、それを気にした者はいなかった。
数秒、ほえーっとしていた麗さんは、我に返ると、
「そんな、中二病みたいなことが……?」
「うぐぅっ!?」
ヒナタさんをうぐぅさせた。
「そ、そう、なんです……!! わ、私たちにも、詳しいことは分かりません……!!」
「なるほど……。まあ、このステータスについては、まだまだ分かっていないことも多いですからね。そういうこともあるのかもしれないですね」
さすがに誤魔化せないかと思っていたヒナタさんだったが、予想外にも誤魔化せて安堵に胸を撫で下ろす。
「あ、でも、こういう未知の現象というか、そういうのがあったら報告を上げる決まりなので、このことについては報告させていただきますね?」
「わ、分かりました」
「あと、証言者として真白ちゃんの名前も報告書に記載しますが、構いませんか?」
「……っ!? ……は、はい。か、構いません……っ!!」
「ありがとうございます。んー、では、武男くんの方はこれでオッケーなので、次は真白ちゃんのステータスを確認させてください」
「はい、分かりました。ステータス・オープン! ……どうぞ」
「はい、それでは失礼しまして…………ほげぇーーーーっ!!?」
そして麗さんは再び驚愕した。
「な、何ですかこのステータスは!? 《魅了》スキル!? ヤバすぎです!! それに《聖女》の称号にスキルまで!? ヤバすぎです!! これはヤバいです!! 思わず語彙が死滅するくらいヤバいですよ!!?」
そう、実はヒナタさん、ダンジョンテロから数日経ったくらいの日に、突如として《聖女》の称号が生えてきていたのだ。
《聖女》という称号はとある人物の影響で、日本ではめちゃくちゃ有名である。麗さんが思わず取り乱すのも不思議ではないほどに。
「な、何がヤバいってこの称号の組み合わせがヤバすぎです!! 《妖姿媚態》に《聖女》って、まるで、まるで……っ、エロゲの闇堕ちした聖女みたいじゃないですかーっ!! 光と闇が合わさって最強というか、清楚と淫靡が組み合わさってとんでもなくエッチな感じになっちゃってますよーっ!!?」
「……っ!!? ちょっ、そこですか!? や、やめてくださいっ!! 私、そんなんじゃありません!!」
「で、でもこれ! めっちゃエロいですよ!!?」
「え、エロくありません!!」
どこかズレた麗さんの反応に、ヒナタさんは恥ずかしそうに反論する。
だが幸いにも、《魅了》スキルを危険視されることはなかったのは安心である。まあ、ダンジョンの外では使えないし、操れる数にも限りがあるからね。
しばらく、2人はエロい、エロくないの不毛な言い争いを繰り広げていたが……ステータスの確認は問題なく終了した。
「あの、真白ちゃん」
「は、はい? 何ですか?」
「一応、注意しなければいけないので注意しますが……《魅了》を悪用しないでくださいね?」
「し、しませんっ!!」
問題なく(?)終了した。
続いて、俺たちは当面の探索スケジュールを作成して提出し、これにて特対探索者として登録するための手続きは終了し――その日の内にリュックサック型の拡張鞄を貸与され、俺たちは協会を後にしたのであった。
「大丈夫? 武男くん? 一人で帰れる? 何だったら、武男くんの家まで送っていこうか? それとも今日は私の部屋にでも泊まる?」
と、帰宅の途中、ヒナタさんは俺の体調を心配してくれていたが、大丈夫だ。
「大丈夫ですよ、ヒナタさん。この苦行の日々も今日で終わりですから」
そう、ダンジョンの封鎖も今日が最後だ。明日からはまた、ダンジョンが開放されるのである。
そうすれば経験値を摂取することで、俺の体調も元に戻るだろう。
俺は大袈裟なくらい心配してくれるヒナタさんに苦笑して、何とか一人で家まで帰った。
幸いにも尾行していたゴブリンどもは襲いかかって来なかったぜ。
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