第65話 ヒナタ、夢を見る
「――アイ」
「はい、マスター」
「今回、4層で発生した特異個体は……持っていたか?」
「おそらくは」
「……誰のだ?」
「今のところは不明です。鮫島 武男のものでないことは確認していますが、彼の前に現れたことを考えますと、彼の血縁かごく近しい友人知人、そのような彼の近くにいる人物のものと思われます。持ち主を調べますか?」
「いや……イレギュラーで発生したあの個体がフラグメントを持っているか、確認したかっただけだ。そこまでする必要はない」
「ですが、強力な【シードスキル】を取り戻す可能性もあります。マスターの計画上、強い力を持つ人物は一人でも多く必要なのではありませんか?」
「オビトのように強力な【シードスキル】の持ち主なんて、そうそう現れるわけもない。俺はよく知っている」
「……そうでしたね」
「それに……もしも今回のフラグメントの持ち主が強い力を持っていたとしたら、放っておいても勝手に頭角を現すだろうさ。逆に大したことのない力なら、探すだけ無駄だ。だから、わざわざ調べる必要はない」
「了解しました、マスター」
●◯●
――夢を見ている。
日向 真白はすぐに気づいた。
これまでに何度も何度も、嫌になるほど繰り返し見てきた夢だ。
それはいつも、場所が違った。それはいつも、風景が違った。それはいつも、時間が違った。それはいつも、状況が違った。
それでも、いつも同じことがある。
それはさながらゾンビパニックモノの映画で迎える結末のように、ポストアポカリプスの世界のように、人類の文明が完膚なきまでに敗北した世界。人類が完全に滅びるまでの、わずかな期間の抗戦の記憶――――いや、夢だ。
日本という国家は滅び、都市は瓦礫の山と化した、そんな状況で。
人々はわずかでも長く生き延びるべく、身を寄せ合い、そして逃げ惑う。
奴らは人間を狙っている。人間の体を、その内にある「育った種」を手に入れるために、人間を喰らおうと執拗なまでに追ってくる。
だから逃げ惑う幾つもの集団は、急速に数を減らしていった。
ヒナタは、大抵の夢において、そんな集団の一つを率いる立場にあった。
今回、その夢を見ている時もまた、ヒナタはそんな立場だった。
スーパーやデパート、コンビニの廃墟――貴重な食料の残るそれらから物資を回収し、ヒナタが率いる集団は危険極まる都市部から脱出しようとしていた。
そこに、待ち構えていたように廃墟と化したビルの屋上から、何体もの奴らが飛び降りて来て、ヒナタたちの前に立ちはだかる。
人々は恐怖した。混乱し、恐慌に陥り、統率もなく逃げ回ろうとした。
「――落ち着きなさい!!」
空を裂く凛とした声と共に、白く清廉な光が奴らに降り注いだ。
それは斬撃だった。退魔の力を持つ、魔法の斬撃。
圧倒的な光の斬撃は奴らを呑み込み、容易く消滅させる。
人々はそれを為した人物へ視線を向けた。
そこに立っているのは、白銀色の鎧を身に纏い、白銀色の盾を持ち、白銀色の長剣を携えた、まるで物語の中の聖騎士のような存在だった。
ただし、それは女性だ。長い髪を1本の三つ編みに纏めて垂らし、凛と引き締めた顔は土埃にまみれながらも、なお美しい。
人々は彼女に跪き、あるいは拝むように両手を合わせ、口々に感謝の言葉を述べる。
「真白様……!!」
「ああ、ありがとうございます! 真白様!!」
「聖騎士……!!」
「聖騎士乙女よ……!!」
「どうか我らをお守りください……!!」
「お導きを……!!」
まるで時代錯誤なそんな言葉。
だが、それらを発する人々は心の底から願っていた。縋っていた。
ヒナタは強者で、彼らは弱者だった。ヒナタは庇護者で、彼らは庇護されるべき者たちだった。
いつもそうだ。
ヒナタは強者だった。だからいつも、どの夢でも、守るために戦っていた。
そしてその結末は、どれも同じだ。
世界は滅びている。人類は敗北している。だから、この夢の中でヒナタたちが救われることなどない。
圧倒的な数の奴ら、あるいは奴らの中でも強大な力を持つ個体によって、いつもヒナタは殺される。
いつもいつも、守るための戦いの中で死んでいく。
人々の不安を少しでも和らげるため、強い自分を演じたまま、その仮面を脱ぐ機会に恵まれることもなく。
だが、どのヒナタも心の中では思っていた。願っていた。
もう戦いたくなんてないと。戦うことは恐ろしく、死ぬかもしれないことはもっと恐ろしい。
かつて、ヒナタは良家の子女であり、気の弱い箱入り娘だった。
誰かを守るために剣を振って戦うなどということは、本来できるはずもない人間だ。
それが幸か不幸か、強い力に目覚めてしまったばかりに、彼女の人生は狂った。
極限の状況の中で守るために剣を振るう。それは彼女にとって不本意だ。とてもとても不本意だ。
――でも、だって、それじゃあ……私のことは、誰が守ってくれるの?
守って欲しかった。救って欲しかった。いつもいつもそう願って、夢の中のヒナタは人生を終える。心臓を貫かれ、首を斬り飛ばされ、生きたまま貪り喰われ――バリエーションは豊かでも、そのどれ一つとして、安穏とした終わりはない。
大抵の場合においてヒナタは無惨に殺され――そして、目が覚める。
目覚めるとこの夢のことは、もう覚えてはいられない。これは目覚めた瞬間には忘れ去られる、ただの、夢の話なのだから。
覚えてもいられない夢など、何の意味も、価値もない。ヒナタの人生に些細な影響すら与えることはできないのだから――――本来ならば。
しかしそれでも、この夢を見るようになってから、ヒナタの心には自分でも由来の分からない、とある欲求が生じていた。彼女の無意識下に、夢は強い影響を与えていた。
――私を守って欲しい。
――私を守ってくれる、誰かが欲しい。
――私のことを一番に考えて、命を懸けてでも守ってくれる、そんな私だけの騎士様が。
だからだろう。
探索者になった時、そして初めて自分のステータスを、そこから表示できる『取得可能スキル一覧』を見た時、ヒナタは強迫観念にも似た強い思いを抱いたのだ。「強くなってはいけない」――と。
だって、そこには信じられないようなスキルが並んでいたから。
《初級治癒魔法》《刀剣類装備時ダメージ上昇》《闘気》《剣気》《魔法剣》《鎧装備時ダメージ減少》《盾装備時ダメージ減少》《鉄壁》《光魔法》《聖魔法》《聖壁》
極めて稀少な魔法スキルに、剣なんて木刀でさえ握ったこともないはずなのに、なぜか存在する武器や防具の装備系スキル。さらに前提条件を満たしていないにも関わらず表示されている《闘気》《剣気》に《魔法剣》と《鉄壁》などのスキル群。
明らかに異常なことだと、すぐに分かった。
ヒナタは恐怖さえ感じた。
――絶対にこの事を知られてはいけない。
漠然と、けれど強くはっきりと、そう思った。
だから前衛では戦えないスキルビルドにするため、《治癒魔法》を取得し、前衛に必要なスキルは一切取得しなかった。
あるいは探索者を辞めるという選択肢もあったはずだが、むしろヒナタは何の力も持たない状況にこそ恐怖した。それはなぜか、悪い未来に繋がる予感がしたから。だから、探索者を辞めることはできなかった。
しかし、その選択の理由をヒナタが自覚することはない。
夢は目覚めた瞬間に忘れてしまうのだから。
――そのはずだった。
とにもかくにも、今日もヒナタは眠りから目覚める。
だが、その日はいつもとは違った。
「あれ……? 変な夢、見てた……?」
この日、ヒナタは起きても夢を忘れることがなかった。それどころか、今日だけでなく、これまでに何度も見てきた夢のことまで記憶にある。
そのことを不思議に思いながらも――夢を夢以上の事とは考えず、いつものように起床して出掛ける準備を始めた。
今日はパーティーメンバーである武男と買い物に出掛ける日だ。
……残念ながら、それはデートとか、甘い理由とは皆無の用事なのだけれど。
「ふんふんふ~ん♪」
それでも武男のことを考える時、ヒナタの気分は自分でも知らず知らずの内に高揚してしまう。
そしてふと、夢のことを思い出したこの日、自分のそんな感情の理由に漠然と気がついた。
思い出す。
ダンジョンでの、モンスタールームに入る前に交わしたあれやこれやの会話。それから松田や青山たちに襲われた時、文字通り命を懸けて自分を助けてくれたことを。
「……ああ、そっか」
納得する。
自分が武男と会う前にこんなにも高揚しているのは、鮫島 武男が、自分だけの騎士様になってくれるかもしれない人物だからだ。
鮫島 武男がいざという時、命を懸けて他人を守れる人間だということは、もう分かっている。
ならば、あとは……、
「……武男くんが、私のことを家族よりも誰よりも、一番大切に想ってくれるようにしないと、ね」
ヒナタはウキウキする。心がどうしようもなく高揚する。
それはずっと欲しいと渇望していたものが、ようやく手に入るかもしれないからだ。
そして、ヒナタはそれを手に入れるためならば、あらゆる手段を講じることに躊躇いはない。
「ふんふんふ~ん♪」
そこは大学進学の際、一人暮らしをするために借りた都内のワンルームマンション。
テーブルの上、スタンドに立てられたタブレットからは、BGMのようにとある動画を切り抜き、編集したものが延々と繰り返し流されている。
『ヒナタさんのことは絶対守ります』
『俺のことを信じてください!! 本気なんですっ!!』
『守ります! 命懸けますっ!!』
『絶対にヒナタさんには傷一つ付けさせません!! 俺、命を懸けてヒナタさんのことを守りますんで!!』
それは自身のダンチューブ動画を切り抜いて、ヒナタ自ら編集した動画だ。もちろん公開はしていないが、最近はいつもこの動画を流している。
「よし。えっと……忘れ物は、ないよね?」
そして――身嗜みを整え終えて、ヒナタは待ち合わせ場所に出掛けるために部屋を後にする。
その部屋を出る直前、彼女は部屋の中を振り向いて出発の挨拶をした。
「行ってきます――――武男くん」
部屋の中、壁や天井には、あらゆる動画から抽出されて印刷された、鮫島 武男の写真が無数に貼られ、外出するヒナタの背を見送っていた。
――図らずも、武男の言動はヒナタの心にクリティカルヒットしてしまっていたのだった……。
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