032 剣聖が言うことは絶対
静寂を切り裂く、金属音。
火花が稲妻のように迸る。
空気が、世界が……慄いている。
インフリクトとフーム、2人の激突は、苛烈を極めていく。
剣と剣がぶつかるたびに、緊張が空気を震わせ、周囲の木々さえも恐れるように身を竦めているようだった。
「未来が閉ざされる……まだそんなことを言っているのか、お前は」
インフリクトの言葉は、重く冷たく……しかしどこか寂しげでもあった。
剣が意思を持っているかのように、フームの攻撃を捌き、ことごとく弾き返す。
「……はっ! だから言っているだろう! お前たちには理解できないってな!」
言いながらフームは剣を右腰に隠すように構えた。
初めて見せる構え――瞬間の後、剣が真っ白な光を放った。
その輝きは世界樹の巨大な幹にさえ反射し……一瞬、世界が白く染まったかのような錯覚を引き起こす。
「……む!?」
インフリクトが驚いたような声を漏らす。
「そうだ、もっと驚けよ! 俺は、ついに到達したんだ! 剣術をいくつも扱える神の領域に!!」
周囲の温度が急激に下がり、そこに居る者全ての吐く息が白くモウっと立ち込める。
そうして振るわれたフームの剣から、氷の斬撃が放たれた。
切っ先が描く弧の延長線上の空間が音よりも早く凍りついていく。
薄く透明に研ぎ澄まさたそれは、まさに氷の大剣――触れるものを凍てつかせる恐ろしい一撃。
「あ、あれは……! うちの、クラスの……」
震える声を漏らしたのはエルゴスだった。
「まさか、あそこで倒れてるヤツらの誰かの剣術か?」
ミアレスの言葉にエルゴスは静かに頷く……頷いてしまうことを拒むかのように、ガタガタと身を震わせながら。
「なんてこった……魔力を奪うどころか剣術まで」
「屍術ってそんなことまで」
他人の魔力を奪い自分のものとし、同時に剣術まで奪い、扱う。
しかしスティリアも理解出来ずにいた。
(待て……待てよ、待ってくれ……他人の剣術を奪うなんて)
今、フームが見せている屍術らしき剣術。
結果は似ていても、屍術とはベクトルの向きがまるで違う。
心臓が強く早鐘を打ち、冷や汗が背中を伝う。
ゾワッとして気持ち悪い。
屍術は、いわば他人そのものを使役するための力。
他人の剣術を奪い、自ら行使するなんて、そこから大きく逸脱している。
少なくとも、スティリア的にはそうなのだ。
ただ、もしそれを実現する必要があるなら、自分の屍術に、あと何を加えればいいか……もう、想像できている。
だが、その可能性は、あってはならない可能性――。
「ひどく……粗い剣術だな」
溜め息のように呟くインフリクト。
失望と退屈さを白い水蒸気に変えながら、静かに剣を振るう。
そして、迫り来る氷の巨剣を一太刀のもとに砕き伏せた。
透き通る剣身に、ヒビ割れが瞬く間に伝播していく。
パリンと剣の形を失った。
膨大な氷の粒が宙に舞い、さながら細氷のように煌めいている。
しかしその煌めきもフームの戦略。
氷の斬撃を放ったフームは姿を消していた。
「……?」
インフリクトの背後から剣がヌッと現れる。
後頸部を死角から狙う刺突――だが、インフリクトには関係ない。
「つまらん。氷を使っても、戦術に変化がない」
瞬きの間もなく振り返り、フームの刺突を弾き落とす。
鋼同士の衝突音が世界樹の内部にコダマする。
「……チッ!」
『グギャア!!』
しかし、その一瞬。
インフリクトの注意が確実にフームに向く瞬間に合わせてグリフォンが飛び掛る。
しかしそれにすらインフリクトは斬り上げを合わせて、そのクチバシを根元から、こそぎ落とす。
――どす黒い血が噴き上がる。
その血の雨に濡れないように距離を取るインフリクトだか……。
「煩わしい」
決定打を撃ち込めない展開に、さしもの剣聖も疎ましさを漂わせていた。
眉間に薄いシワを寄せ、僅かな苛立ちを覗かせる。
いや、むしろ剣聖だからこそかも知れない。
こんなにも手こずらされることは、あまり記憶にないのだろう。
「くくく……逃げてばかりじゃないか、剣聖?」
「お前こそやたらと上機嫌だな、フーム。しかし……今のでハッキリした」
「国家戴剣式が剣士にとって、いかにクソッタレな枷かという事実がか?」
「違う。お前の後ろに誰が居るのか、ということだ」
ニタニタと笑っていたフームが、ピクっと反応する。
「そもそも私が追っているのはお前などではなく、スカルドラゴンの復活を目論む巨悪だ」
「……フッ」
フームは、小さく鼻で笑った。
その笑みには嘲りと、そして、挑発の色が滲んでいるように見える。
インフリクトは意に介さず言葉を紡ぐ。
「世界の理から逸脱したたスカルドラゴン。その復活、使役には屍術が欠かせない。だからヤツは必ずスティリアを狙って、また姿を現すと踏んでいた」
その言葉は重く、静かに、空間に響き渡る。
唐突に自分の名前が出てきたスティリアも、ただ息を呑むことしかできない。
鋭い切っ先が眉間に向いているような……そんな張り詰めた空気が、世界樹の内部を支配していく。
「先刻の、煙とは全く関係のない『氷』の剣術を見て確信した……こんな芸当をできる剣士はヤツしか考えられない」
「……」
淡々と語られるインフリクトの言葉が、フームの表情を少しずつ歪めていく。
まるで獲物を見据えるた蛇のように。
フームは暴かれることを恐れてはいない。
逆に、何か面白いことが起きると期待しているような――そんな醜悪さが漂う。
「国家から危険分子としてマークされながら……5年前、突然消息が掴めなくなった、あの男」
推測を語っているインフリクト。
見透かしたようなフーム。
そして……カタカタと震え始めるスティリア。
首を小さく振りながら、両手で自分をギュッと抱き締めるようにしている。
――その先は言わないでくれ。お願いだから、言葉にしないでくれ。だってそんなこと有り得ないから――――。
そんな切実な願いを口に出すことも出来ずに……。
しかしインフリクトは、フームを詰問しようと言葉を淡々と並べていく。
きっとそこに他意は無い。
だから、フームは憎たらしく笑っていられるのだろう。
「斬った相手から何かを奪う剣術を扱い、そしてスカルドラゴンの復活に傾倒していたヴィクタリウス・ネロ……お前は、ヤツから第二の剣術を付与されたのだな?」
「クククク……!! 言ったな? これだから剣聖はっ!」
その笑い声には喜びと狂気が混じり合い、まるで長い間待ち望んでいた瞬間を迎えたかのような高揚感が垣間見えた。
予想とは違う反応を見せるフームに、僅かな怪訝さを滲ませるインフリクト。
そのまなざしが微かに揺らぐ。
「う、嘘……嘘だろ…………そんな、嘘だって、言ってくれよ」
ガクンと、糸が切れたかのように膝をつくスティリア。
体が重く、呼吸が浅くなる。世界が歪んで回り出す。
「ス、スティリア……!?」
「えええ? ど、どうした」
仲間たちの声が、遠くで霞んでいる。
――ヴィクタリウス・ネロ。
それはスティリアにとって大切な人の名前だった。
かつて孤児院から自分を拾い、剣を教えてくれた人。
温かな手で背中を押し、自分の道を見つけるよう導いてくれた恩人。
自分の未熟な剣術のせいで命を落とした、あの人。
あの日の雨の音と、血の匂いが鮮明に蘇ってくる。
「ククク……もうここまで来たら、何を暴露されても俺は揺るがねぇけども……その言葉が他に影響を与えることがないのかとか、少しは他人の気持ちを考えられると良いのになぁ〜インフリクト様ぁ〜」
「…………なんだと?」
「お前の推測はほとんど合っている。だが、それ以前にネロ様は……そこの屍術使いのガキの師匠――いわば、育ての親だぞ?」
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