005 めくるめく目まぐるシスターズ
さっきまで今日が命日だと――本気で覚悟していたのは……何だったのか?
そう思わされていた、魂を磨り潰すごとく圧倒的なプレッシャーはどこへ行ってしまったのか?
「あ、あのぉ……」
未だグリグリグリグリとスキンシップ(?)に夢中なピンク髪の姉妹に、スティリアは恐る恐る声を掛けてみた。
気分的にはついさっき、一度死んだ身だ。
今更怖いものなど――――いや、やっぱり剣聖は怖い、が。
「ん?」
すると、スティリアのか細い呼び掛けに応じで、ピンク髪の姉妹がゆっくりこちらを向いた。
いや、正しくは……向いたのは姉の方だけなのだが――無抵抗に抱き締められ足が浮いていたままの妹も強制的にこちらを向かされたといった感じ。
(ゴクリ……)
またあの、切っ先のように鋭い眼光と鉢合わせるのを想像し、身構えるスティリア。
髪の毛の先から爪先まで――否、骨の髄まで緊張を行き渡らせる。
しかし。
「…………んはっ!!!!!!!」
山の崩落よりも遥かに衝撃的な大声で剣聖が叫んだ。
頼むから! また崩落するかもしれないから! 是非やめてほしい。
――が、そんな指摘をするのもはばかられるくらい、レオナは激しく狼狽している。
鮮やかなピンク色の髪が霞んでしまうほど、顔を真っ赤にして。
◆◆◆◆◆◆
「本っっ当に……すいませんでしたぁああああ!!!!」
――目まぐるしい。めくるめく、目まぐるししさに本気で目眩がする。
剣聖に殺されかけ、その剣聖が妹とイチャつきだし、そして今、その剣聖が自分に向かって美麗な土下座している。
土下座のお手本があるとしたら、これだろう。
あってはならないことが立て続けに起きている。
スティリアの脳みそが、熱暴走して処理落ちしそうだ。
「あ、いや……レオナ様。どうか、頭をお上げください!」
いや、処理落ちしてる場合じゃない。
剣聖に土下座させるなんて、それこそ極刑ものじゃないか!?
おずおずと、周囲に人がいないか思わず確認してしまう。
それから必死に顔を上げてもらおうと促すスティリア。
「だから言ったでしょ、お姉ちゃん。私は助けてもらったんだって」
「うぇん。だって、やっと見付けたモモちゃんに、落石が迫ってて、それを何故か首なしナイトゴーレムが守ってて……そりゃ混乱もするさ」
剣聖も人の子か――なんて、混乱のままに殺されかけたスティリアとしては洒落にもならないが。
(ま、まぁ元を辿れば、全部俺が引き起こしたことではあるんだよな……)
それに何より、剣術を使ってしまったのがマズイ――。
「それにしても何でモモちゃん、こんな時間にこんなところに?」
「だ、だって……モモ、今度、編入試験受けるんだよ? それなのにお父さんたち、いつまで経ってもリュスタス家の鞘をくれないから……」
「それで、まさか自分で作ろうと??」
「うん、ここら辺に良い宝石が採れる場所があるって噂で聞いて」
ふむふむ、なるほど。モモーネのご実家――リュスタス家では、きっと一人前の証として立派な鞘を貰えるのだろう。
しかしそれをモモーネは貰えていなくて、仕方なく今の鞘をデコろうとしたのだな……とスティリアは心の中で納得する。
(あそこで採れたのは宝石じゃなく、魔石だけど……)
未だもうもうと砂煙が舞い上がる崩落現場を見遣る。
宝石でも魔石でも石には変わりなく、そこにかける熱い思いがあれば……やっぱり石友になれる気がしてきた。
――が、それはまた別の機会にしようと、スティリアは思い直す。レオナが動いた。
「そっかそっか。そういうことだったか……それは悲しかったね、モモちゃん。そしたら私からも言っとくよ」
やっと起き上がってくれたレオナだが、まだ申し訳なさそうに萎れている感はある。
しかし立ち上がったレオナの迫力は凄まじい。
スティリアよりも背が高く、出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ――いや、出るところは出過ぎていると言った方が現実に則しているか……。
そのスタイルは、まるで神が創りたもうた砂時計。
そんな、青少年の心には毒よりも刺激的で、薬よりも効果的な奇跡のプロポーションを、少な過ぎる布と申し訳程の装備で、惜しげもなく堂々とさらしている。
隠せないというよりは、隠さない……あるいは見せびらかしているようにさえ思える。
溢れ出てしまう魅力は、溢れ出てしまうんだから仕方ないだろう、と言わんばかりに。
ピンク色の髪は、モモーネに比べるとずっと長く、艶やかに波打って腰まで届く。
それ以外の共通点、というか姉妹らしき類似点は、今のところスティリアには見付けられない。
「まさか……モモーネが、レオナ様の妹だったなんて」
思わず本音が漏れた。
「いやはや。早とちりして済まなかった、スティリアくん。妹を助けてくれてありがとう。改めて礼を言わしてくれ」
流れるような動きで最敬礼のように腰を折ったレオナ。
所作が綺麗過ぎて恐ろしい。
長い髪の毛の、その先端まで意識が通っているようだ。
しかもその動きの早いこと。
お辞儀ひとつで音速を超えて、衝撃波と暴風を巻き起こすなんて、本当に同じ人間なのだろうか。
「い、いえ、そんな。俺は当然のことをしてまでで」
「……当然?」
ぬらりと、直角に腰を曲げたままのレオナが瞳だけで見上げてくる。
スティリアはゴクリ、と唾を飲んだ。
今は冷静だ(おちゃらけている)が、彼女は見ていたのだ。
スティリアの剣術を。
その固有技能を。
禁忌の屍術を――。
「あれの……どこが、当然だ!?」
「お、お姉ちゃん!」
また双剣を抜かれてしまわぬよう、慌ててモモーネが動く。
「私の! 大切なモモちゃんを救ってくれたことは、国家勲章ものさ! 今からでも凱旋パレードをさせても良い!!」
「はぁ?」
「いや、それでも足りないな!? 分かるぞ、何が欲しい? 言ってみろ。剣聖の名において叶えられない望みはないからな。富か? 名声か? 女、はまだ早いか? ……そうだ、世界樹1つ贈呈するというのはどうだろうか? スティリアくん専用の世界樹だ! 最早、国王を名乗っても良いぞ! よっ! スティリア王!!」
「ちょ、ちょちょちょ……ちょっと待ってください! 全ッ然! 話についてけてません!」
本当に何言ってんだよこの人!
(姉妹の共通点……見付けたぞ…………)
死ぬほど早口。
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