021 深い森の探索


 早朝の王立剣術学院。

 正門前には、樹外探索実習へと向かう生徒たちが集まっていた。

 


 皆、緊張した面持ちで、それぞれの武器を手にしている。剣以外にも槍や斧、弓矢などを装備している者も多い。


 剣術学院の学生の多くは武芸百般。あらゆる武器に精通しているのだ。


 

 そんな中、スティリアは……というと。


 腰に鎖で封印された剣、一振り。そして、逆の腰にいつもの巾着袋。


 今日はその中に石ではなく、非常食や水などが入っている。


 いつもの推し石たちは上着のポケットだ。



「おはよ、スティ!」



 いつもと変わらないモモーネの明るい声。


 しかし今日のスティリアには、少し違って聞こえている。心臓が口から飛び出してきそうだ。


「お、おはよう! ああああ相変わらず元気だなモモーネ。今日は探索日和のいい天気だな」

「ん? どうしたの? 早口で。テンパった時のお姉ちゃんみたい」

「なんでもない……よ。それよりモモーネ、リュック大きくない?」


 スティリアはモモーネの背負うリュックサックを指差した。


「うん、これね。みんなの昼食とか入ってるから。あとは着替えも入ってるよ」


 それだけ? と首を捻るスティリア。


「ん? ああ、勿論、軽食もあるし、非常食もあるよ!」


 ほとんど食べ物だった。



 スティリアが苦笑いを浮かべていると、耳元で囁き声が聞こえた。 


「スティー、モモー。こっちだよ。エルゴーもリーダーの先パイーも居るよー」


 この感じ、ルルだ。


 思わず身震いしそうになるのを抑えつつ周囲を探ると、少し離れたところで門壁にダラっと寄りかかっているルルを見付けた。



 スティリアとモモーネは小走りに駆け寄る。


 ルルの隣にはブスっとしたエルゴス。そして、もう1人は……。



「おはよう。これで揃ったか」

「武器屋で審判役の……先輩」

「ミアレスだ」

「お、おはようございます。ミアレス先輩」


 スティリアはペコペコと頭を下げる。

 そんな恐縮するな、といった風に掌を差し向けるミアレス。


「おはようございます、ミアレス先輩! まさか先輩が私たちの班長とは!」

「ああ。宜しくな、剣聖妹。しっかし……とんでもねぇ班のリーダーを任されてしまったもんだぜ」

「フフフフ。エルゴー包囲網」

「ああ!?」



 どういうことだろう? と思っていると、ルルが意地悪っぽく目を細めた。



「ご存知の通りエルゴーはこの学年の内部試験1位ね。で、実は私が外部受験の1位」

「え!」



 エルゴスを指し、自分を指し――スイスイっとルルの人差し指が泳ぐ。エルゴスはワザとらしく舌打ちをする。


「で。編入試験1位のスティー。剣聖レオナ様の妹ちゃんモモー。そしてミアレス先輩は、エルゴスくんのお目付け役」

「いや、マジでお前。こんな編成……先生方に目ぇ付けられてんじゃねーのか? エルゴス」

「な、な、何いってんすか! 先輩」



 フムフムと小さく頷くスティリア。エルゴス、ルル、ミアレス……この3人の間の力学が、なんとなく見えた 。

 


「――――あれ? 監督はインフリクト様じゃないの?」


 水を打つような1人の学生の声。


「あ、ホントだ……バーンズ教官しか居ない」

「てっきり、インフリクト様が来てくれると思ってたのに……」




 周囲の生徒たちが、ざわめき始める。


「あれーそうなんだ。前のクラスとかはインフリクー様が監督して下さってのにー残念」

「また盗み聞きか」

「ふーん? そういことばっかり言うと、エルゴーの性癖バラしゃうよー。スティーに」

「……んな! なんだと!! やめろよ、恐喝だ!」


 じゃれ合っているエルゴスとルル。呆れるミアレス。


「静かに!」



 バーンズ教官の声は、一瞬で学生たちの注意を引き付ける。緩んだ雰囲気も、あっという間にシャンとする。 



「昨日まで監督を担当して下さっていたインフリクト様だが……今日は急遽、別の任務が入ってしまった」


 大きな反応はないものの、落胆は波のように学生たちに広がっていく。


 しかしバーンズは、その様子を見てニヤリと笑った。


「だが安心しろ! お前たちの監督は、フーム様が担当していただくことになった!!」

 

 ――――刹那の静寂、そして歓喜が爆発する。

  

「え! フーム様が来てくれるの!?」

「やったー!」

「煙の剣で、グリフォンを体の内側から斬り裂くっていう、伝説の剣術が見られるってこと!?」

「バカ、監督なんだから剣は抜かないだろ」


 スティリアたち編入生のオリエンテーションな現れた【煙帝】の異名を持つ剣帝フーム。


 実力とビジュアルの相俟ったフームはやはり学生にも人気だ。 


「全員、整列! これから、フーム様による、訓示がある!」 


 学生たちが整列すると、フームがいよいよ現れた。


「諸君、おはよう。本日の樹外探索実習で、総監督を務めることになった、ヴァポール・フームだ」


 誰もが叫びたい気持ちを抑えている。 

 フームは全体を見渡して、再び言葉を紡ぐ。 


「今回の実習は、諸君らにとって、久々の本格的な実戦経験となる。思う存分、外の世界を感じてきてほしい!」


 フームの言葉には熱と重みがある。スティリアは、思わずブルっと身震いした。


「……しかし、外の世界は、危険に満ち溢れているということも忘れるな」

「……ッ!」

「のちに剣聖や剣帝、剣王に上り詰める者たちは、こういった実習から抜きん出ていた。だが、当時の彼らより優れた学生がいたことも少なくない」



 フームの言葉の意味を図りかね、首を傾げ始める学生たち。



「そういった者たちは……もう居ない。実習中に命を落とした」

「え」

「過ぎた自信は、身を滅ぼす。剣聖や剣帝に上り詰める者は、私を含め皆、人一倍臆病者でもあるのだ」


 憧れの剣帝から口から出てきた臆病者という言葉。

 戸惑う学生たち。


「……臆病者だから、無茶をしない。身の丈に合わぬ危険には挑まない。逃げることもあった」


 フームは伏し目がちに言う。


「そんな自分を悔いて、眠れない日を過ごし……それでも再び立ち上がり、もっと剣技を磨きたいと願い! もっと剣術を研ぎ澄ませたいと願い! もっと力をつけたいと願ったのだ! そしてそれをひたすらに叶えてきた」

「……フ、フーム様」

「だから、キミたちも、そうであれ!」



 感情の昂りが限界に達した学生たちの大声が青空に轟いた。

 フームは、生徒たちの熱狂を満足そうに頷いた。



「――――それでは、各班、出発!」


 フームの言葉を合図に各班、それぞれの目的地へ向かって歩き出した。


「そういやね。スティ。お姉ちゃんが言ってたんだけど……」

「ん?」

「突然の予定変更は、何かの前兆だって。だから……ちょっと気を付けた方が良いかもね。それがたとえ、剣聖様であったとしても」

「え? それって……」


(――――ッ!?)


 モモーネの言葉と同時に、スティリアは背中に鋭い視線を感じて振り返る。


「フ、フーム様?」



 訓示を語っていた時には感じなかった、深く冷たい視線が確かにこちらを見据えていた。


(何かを……伝えようと……?)




「――おい、スティリア! 立ちながら寝てんのか!? ちゃんとついてこいよ!」


 エルゴスの叫び声で、我に返りスティリアは小走りに班へ合流した。




 今回の探索で二つの班だけが割り当てられた森ルート。

 他と比べ、少し危険度の高いとされているが……。



「なんで俺らが森なんだよ」


 二つのうち、一つがスティリアたち37班だった。

 愚痴を零したのは意外にも先輩で班長のミアレス。武器屋で審判役の。


「いいじゃないすかー、先パーい」


 陽気なルル。見るとエルゴスも何も気にしていない様子。モモーネも同じような感じ。


「お前ら緊張感ねぇ! この森はモンスターの危険度が揺らぐんだ。幅が広い。雑魚ばっかかと思ったら突然グリフォン級が出てきやがんだ」


 グリフォンか、とスティリアは思った。自然とフームが思い出される。


 ことグリフォン討伐に関しては、剣聖たちすらも凌ぐと言われているフーム。そんな彼が監督として後ろ盾になってくれている。


 だとするならば、グリフォン級のモンスターが出てくるというこの森すらも、どうにでもなるような――そんな間違いなく間違った錯覚が若い剣士たちの心を侵食していく……。



 一行が森に入って、30分ほど経った頃だろうか。


 周囲の木々は、ますます深く、そして、暗くなってきた。



「不気味だね」


 モモーネがスティリアの袖を引いた。


「大丈夫。みんないる」


 眉根を寄せて引っ付くモモーネに優しく声を掛ける。

 ここで『俺がいる』って何故言えないのか、スティリアは脳内で頭を抱えた。


 刹那、ミアレスが足を止める。後ろのスティリアたちに「止まれ」と掌を差し向けた。


 ピリッとした緊張が迸っていく。


「先パーい、気付きました?」



 言いながらルルも剣に手をかけた。

 どうした――と、2人に声をかけようとした瞬間、茂みの中から、何かが飛び出してきた。



『ピギャアアア!』


 それは、巨大な猪のような姿をしたモンスター。

 全身を覆う毛皮はまるで鉄のように鈍く輝き、鋭い牙と爪を持っている。


「……アーマーボアー! 硬ぇぞ! 気を付けろ」


 ミアレスが叫ぶ。

 木を薙ぎ倒し、岩を砕き、一直線に突進してくるアーマーボアー。


「……チッ」


 エルゴスが、舌打ちをしながら前に出た。そして剣を抜く。


「鉄みたいに固くても……焼けば、斬れる! 『炎のウングイス・フラム』!」


 エルゴスの剣が、真っ赤な炎に包まれた。

 そして間髪入れず、その剣を、アーマーボアーに向かって振り下ろした。


「……あ、もう。エルゴー」


 あわてながら剣を抜くルル。

 

 炎の斬撃は、真っ直ぐにアーマーボアーに向かって飛んでいく。



『ピギャ!?』


 アーマーボアーは迫り来る斬撃に気付くと、全くの予備動作なく、向かって左に横っ跳びして、炎の剣閃を躱す。


「あ!?」


 エルゴスは苛立ちの声を上げつつも、振り下ろした剣を横に薙ぐ。

 躱されたはずの炎の斬撃はエルゴスの剣筋に遅延なく追従して、クイッと曲がった。


『ピ……ギャ』


 未だ回避動作の最中だったアーマーボアーは、追ってきた斬撃を躱せはずもなく……真っ赤な炎に焼き斬られた。


「おお……追尾もするのか」


 やっぱり撃たせる前に先手必勝で動いて良かったな、と模擬戦を振り返るスティリア。


 しかしエルゴスは歯を剥いて叫んだ。


「おい、ルル! 勝手なことすんなよ。必要ねぇからな!」

「言ってる場合じゃないよ! エルゴー、右!」


 ルルは冷静に告げる。

 エルゴスは、ハッとして右を向く。


 すると、そこにはもう1体のアーマーボアーが、潜んでいた。


「しまっ……!」


 エルゴスは、慌てて剣を構え直す。

 固有技能はもう間に合わない。通常の剣技は多分通らない。


「エ、エルゴス!」


 アーマーボアーの牙が、エルゴスの体を捉えようとした、その時。


「――――まったく、世話の焼ける、内部試験1位サマだこと……『透き通った天井テクトゥム・ペルル』!」



 スティリアが動こうとした時にはもう、ルルの剣は振り下ろされていた。


 ズン! と重い音だけがして、アーマーボアーは地面にめり込み、潰れた。


『ピ、ピギャ…………』


 しかし流石に鋼鉄の毛皮を持つアーマーボアー。まだしぶとく息があるようだ。


「ふん、良い連携じゃねぇか」


 ミアレスの剣が、アーマーボアーの眼を躊躇なく貫いた。

 ドスッと無慈悲な音が深い森に吸い込まれて消えていく。



「おおー! 凄い! エルゴスくん、ルルちゃん! そしてミアレス先輩!!」

「ふふん、当然でしょー?」

「クソっ……」


 スティリアも3人の戦いぶりを見て、溜め息を漏らした。


(やはり強いな、このメンツ……だが――)


 スティリアは、後方へ体を翻す。まだ敵の気配を感じる。


「みんな! まだいるぞ!」


 スティリアは剣を抜かずに構える。剥き出しの殺気をばら撒き、隠れているモンスターたちを誘き出す。


『ピギャァァァ……』


 目論見度、茂みの中からアーマーボアーの群れが顔を出した。


「多いな、クソが」

「うわわ。私も……」

「次は余計なことすんなよ、ルル!」

「エルゴーが上手くやってくれるならねぇ」



 仲間を2体殺られて殺気立っているアーマーボアーの群れ。

 怒りの鼻息を噴き上げている。


 しかしこの班のメンバーは、誰一人として怯んでいない。


 ――そしてスティリアも笑う。


「うっし! デビュー戦だ」



 無刀流、対モンスター版の試し斬りさせてもらうぜ、と大きく息を吐いた。

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