第四十四話「反芻」

 キャンプファイヤーの炎が、静かに揺れる。

 多くの生徒や先生たちがその周りを囲み、賑やかな空気で包まれている。


 碧と志保は、その火から少し離れた場所に体育座りしていた。

 志保は、じっと炎を見つめている。


「……あんなことがあったから、なんか複雑」

「うん」


 雫は火事で死んだ。

 その知らせを受けたのが今日で、その日に炎を見つめている。

 重ねるな、という方が無理だった。


 でも、それを想像すると今にも吐きそうになる。

 だから、静寂の中、碧は雫との時間を思い返していた。


 志保が、周囲の喧騒にかき消されそうなか細い声で呟く。


「……わたし、雫にまだ伝えたいことがあったのに」

「伝えたいこと?」


 碧がそっと問いかけると、志保の声が震えた。


「……ありがとうって言ってない。仲良くしてくれて、ありがとうって。どこにでも付き合ってくれて、ありがとうって。喧嘩してくれて、ありがとうって。友達でいてくれて、ありがとうって。そばにいてくれて、ありがとうって……」


 言葉を紡ぐたびに、嗚咽が混じる。


「何も、何一つ、伝えられない、ままで……」


 碧には志保の言葉がはっきりと届いた。


「……雫、会いたいよ」


 その一言が、碧に現実を胸に突きつける。


 ——ああ、雫にはもう会えないんだ。


 二人の頬を、涙がとめどなく流れ落ちた。


 時間は有限だとか、明日死ぬかもしれないとか。

 散々言い尽くされた言葉は、結局、現実になってみなければ分からない。

 言葉は、あまりにも無力だ。


 二人の涙が枯れた後。

 碧は、制服のポケットから、小さな箱を取り出す。


「あ、それ」

「そう、あのときのやつ」

「今日持ってるってことは、やっぱり文化祭の予定、だったんだね」

「……うん」


 志保は柔らかい声で語りかける。


「見てもいい?」

「いいよ。ほら」


 碧は箱を開け、志保に中身を見せた。

 ネックレスが、志保の瞳に映り込む。


「やっぱり綺麗なネックレスだね」

「選ぶときは、本当に助かったよ」

「ほとんどわたしの案、採用されてないけどね」


 志保がいたずらな笑顔を向ける。


「そうだったっけ?」

「そうだよ。わたしが『雫は首元スッキリしてるからこれが似合う』って力説しても、『参考にする』しか言ってなかったよ」 

「ひどいな、俺」

「ひどいんだよ、碧くんは」


 碧は、志保が手にしたネックレスを、じっと見つめていた。


「でも、これが……雫に一番似合うと思ったんだよ」

「なんでも似合っちゃうよ、雫は。だって、あんなに。あんなに、可愛いんだから……」


 キャンプファイヤーの光が、宙に散らばる粒子のように輝く。


 ——とても綺麗だ。


 雫は、ちゃんと伝えてくれた。

 あの様子は、忘れていなかったのだろう。

 それなのに、今日を選んだ。


 言葉が、頭の中で繰り返されている。


 今よりも、もっと前から繰り返されていた。

 繰り返された言葉は、行き先を見つけられずに彷徨っている。


 その言葉が、消えてしまうのが怖かった。

 雫が、消えてしまうのが怖かった。


「雫が、好きだ」


 放った言葉は、届くことはなく、まだ頭の中で繰り返されている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る