第十一話「スランプ」
わたしは自室で、最後の担当シーンの脚本を書いていた。
脚本リレーが始まって、もう一ヶ月。
長かったようで、あっという間だった——と思いたかった。
そう、完全にスランプだ。
「どうすればいいんだ……」
わたしの最後の担当シーン——
タイキが先生に「今なら間に合うが、このまま行くのなら確実に少年院送りだろうな」と脅されても怯まず、先生を倒す。その後、アイリの記憶が閉じ込められた装置から記憶の保存された球体を取り出し、それをアイリのもとへ持っていく。
そして、アイリの記憶が戻る。
奪われていたのが、死んだアイリの愛犬にまつわる記憶だったことが明かされる。
わたしは、ペンをくるくると回しながら、窓の外に広がる芝生をぼんやりと眺めた。
「……記憶が戻った時、アイリはタイキを見て、何を思うんだろう」
アイリは、散歩の時に見ていた街並みやドッグフードを残してすぐに眠ってしまう犬の寝顔、犬を挟んで交わした家族との会話、そういった全ての記憶を思い出す。
わたしは、この体験をすることはできない。
でも、奪われたくない記憶を想像することはできる。
もし、それが戻ってきたら?
「きっと、アイリにとって、その記憶がなかった時間は寂しくて、なんで寂しいかも分からないから不安で、でも、どうしようもなく悲しくて涙して。その涙を怖がらずに受け止めてくれたタイキが目の前にいる——」
——抱きしめたい。
たぶん、最初に言うべきは「ありがとう」だろう。
その方が自然だし、突然抱きしめるなんて、
あまりにも唐突で、身勝手な選択に思える。
それでも。
アイリの感じていた恐怖を思うと、
言葉よりも先に身体が動いてしまうような気がした。
この場面に他の選択肢は思い浮かばなかった。
「……わたしは」
呟きながら、最後の一文を書き終える。
その後、全体の微修正をし、言い回しを確認し、
ようやく最後の担当シーンが完成した。
書いた脚本をすべてまとめ、バッグの中にそっとしまい込む。
*
翌日の放課後。
文芸部の部室には、全員がそろっていた。
久しぶりに見る長袖シャツの姿が、なぜだか妙に気恥ずかしい。
ついに、わたしの最後の担当シーンを見せる日だ。
西陽が照りつける机の上に、脚本を広げる。
ひと足先に担当シーンを書き終えていた志保が、気の抜けた声で絡んできた。
「これで、雫の脚本も最後か。寂しいなー」
「こっちはやっと解放されるっていうのに……」
視線は脚本に向けたまま、他愛のない会話が続く。
二人が脚本を読み込んでいる間、わたしはスマホのメモ帳をスクロールした。
脚本をリレー形式で書くと決まってから、ずっとメモし続けていたファイル。
碧に言われた指摘や、志保からのアドバイス、
そして、それに対する反抗まで書き記していたりする。
感情移入と主観の揺らぎは、最後まで拭えなかった。
でも、それも含めて『わたしらしいな』って、今なら思える。
「……これで、良かったかな?」
沈黙の不安に耐えられず、ぽつりと呟く。
志保が、指でわたしの書いた文章を円を描くようになぞった。
「……これ、本当に雫が書いたの?」
「俺も同じこと、聞きたかったんだけど」
「へ? わたしが書いたよ!」
唐突な偽物疑惑に、思わず身を乗り出す。
「あまりにも出来がいいから、つい……。最高だったよ」
「雫、クランクアップです!」
「……クランク、アップ?」
碧が、眉を八の字にして口を開く。
「これで終わりってこと」
「やった! やっと終わったあ!」
両手をあげて、机に倒れ込む。
志保は、そんなわたしの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「よしよし、頑張りました」
「本当に疲れたよ。もう、しばらくは小説も脚本も、何なら映画も見たくない」
いや、本当に疲れたな。
どっと押し寄せる精神的な疲労が今になって押し寄せる。
しばらくは、脳みそを使うことを拒否したい。
頭だけ右に動かし、碧を見る。
「ねえ、碧……思い描いてたシーンになってた?」
碧は、ほんの少し考える素振りを見せ、ゆっくりと答えた。
「……雫らしかった」
「え、それ、答えになってない!」
「何でもいいだろ。いいシーンになったんだし」
「こら、はぐらかすな!」
何度問い詰めても、碧ははぐらかしてばかりだった。
そんな煮え切らない思いを抱えたまま、初めての脚本生活は、幕を閉じた。
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