第14話 ナナシさんの怪(1)
「あっつ……」
7月に入り、少しずつ夏の訪れが感じられるようになった頃。私は首から下げたハンディファンを顔に当てる。駅から学校まで歩いただけで汗が滝のように流れる。
制服も衣替えし、半そでに変えたが既に薄っすら日焼けになっている。
教室はいつもの騒がしさだった。ただひと変わっていたのはいつも動画を撮っていた佐野さんが動画を撮らなくなったことだ。佐野さんのアカウントは消され、あの心霊映像を見ることはできなくなっている。
ああそれと。もうひとつ変わったことと言えば……。
「おはよう!藤堂さん。実は友達から聞いた心霊現象について聞いてくれない?」
「私も!怖いことがあったから解明してほしい」
何名かクラスメイト達が私の席の側に駆け寄って来た。
こんな風に、『心霊現象に通じる者』として話しかけられることが増えたことだ。佐野さんの心霊現象を解決したこともあって私と落合は『心霊現象の専門家』として見られるようになったのだ。
クラスメイト達にオオムカデのことを伏せて、佐野さんが「ふたりのおかげで解決した」と公言したからである。大体のものが心霊でないものが多かったけれど話を聞く分には面白かった。そのせいで「他人と接点を持たず静かで快適な学校生活」は本当になくなってしまったのだが……。
「ね、ね。理事長室の破魔矢が壊れてた話はどう?ただ飾ってあっただけなのに半分に折れてたんだって!怖くない?」
私は女子生徒に向かって苦笑いを浮かべる。それ……私のせいだ。
実際はオオムカデに直接突き刺したはずで。オオムカデに刺さったまま廊下に転がっていなければおかしい。それがどういう訳か、理事長室で半分に折れた状態で発見されたらしい。千代子理事長は特に怒ることも無く、大事にしなかったが生徒達の間では不思議な話として広まっている。
「それは……破魔矢が何か悪い物から守ってくれたんじゃない?」
当たらずも遠からずという返答をする。
オオムカデ退治のことは誰にも話していない。話したところで信じてもらえないだろう。佐野さんが沈黙しているのなら私がわざわざ話すことはない。落合も空気を読んでオオムカデのことについて語ることはなかった。あれだけ奇妙で、恐ろしい体験をしたのだ。思い出させるのは酷だろう。
「不吉な前兆とかじゃないんだ」
「へえ~。さすが藤堂さん」
クラスメイト達を誤魔化すことができて安心していた時だ。
「あのっ……!」
聞き馴れない声が教室に響いた。教室の出入口を見ると見知らぬ小柄な生徒が立っていた。見慣れない他クラスの生徒にB組の生徒達の視線が集まる。
「心霊現象に詳しい人がいるって聞いたんですけど」
下の方でふたつ結びをした、小動物のような女子生徒だった。暑さのせいか、それともクラスの視線を集めたせいか。額に汗が浮かんでいる。
「藤堂さん、他のクラスから依頼なんてすごいね!」
「話聞いてあげたら?」
周りの生徒達が楽しそうに私のことを見た。正直、あまり気が進まない。見るからに依頼主は訳ありのように思えて面倒ごとのように感じた。なんとなくオオムカデの時のような悪い予感がする。考察するのが好きだとはいえ、心霊現象に関わりすぎるのはよくないことだと分かっている。何事ものめり込み過ぎは危険だ。
「ごめん。私、ただの素人だし……」
「おーっはよ」
私が断ろうと口を開いた時に落合が姿を現した。他クラスの生徒が驚いたように飛び上がる。
面倒くさい奴がきてしまった。
「王子!おはよー!」
一瞬にしてクラスが黄色い歓声に包まれた。落合も半袖になっていたがスラックスであることに変わりはない。
暑い季節になると自然とスカートを着用する生徒が増えるのだが落合は違った。スラックスの裾を少し折って七分丈にしている。夏仕様になった落合は更に爽やかさが増して眩しい。ただでさえ夏の日差しにやられてるっていうのに。
「王子!隣のクラスから心霊現象解明の依頼が入ったよ!」
クラスメイトの言葉に私は頭を抱えた。落合にだけは言わないで欲しかった……。
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