第4話 ショート動画の怪(3)
「さすが心霊の専門家!それで?どうしたらいいのかな?やっぱりお祓い?」
落合が楽しそうに神社の神主がお祓いをする素振りを手でしてみせた。本物の幽霊が映ったというのに気楽なものだ。
「素人のお祓いなんて意味ないでしょ。しばらく様子見かな。また同じことが起こるとも限らないし……」
「えー?今のうちにどうにかしておかないと別の人が怖い思いをしたら嫌じゃん?」
私は深いため息を吐いた。正義のヒーローみたいな発言だ。まるでそう言うことを義務付けられているかのような……。私は落合に冷たい視線を向けた。
「それに幽霊が映ってるのはこの動画だけじゃないみたいだよ」
落合は別の動画をタップすると大画面にして私に見せてきた。
今度の動画は佐野さんがひとりで腕や手の動きだけで踊っている動画だった。学校の中庭だったが、よく見ると画面の右上に着物を着た少女の影が見える。
「だから『また映ったら』なんて言ってたんだ……」
「ひかりがアップした動画、色々見たら何個か映ってるの見つけたよ」
すいすいと落合が細くて長い指でスマホ画面を操作する。調べるのが速い。SNSに通じているせいもあるだろう。目の前で落合の万能さを見せつけられて私は自分の無能さにため息を吐いた。
「それ。見せてもらえる?」
「え?ひかりのアカウント知らないの?」
落合が驚いた表情を見せる。私は深い、深いため息を吐いた。ああ、これは女子高校生がSNSのアカウントを持ってるのは当然でしょうって雰囲気だ。
何人たりとも私生活に介入されたくない私はSNSのアカウントを持っていない。そもそも全世界に公表するほどのルックスでもないし、他人と繋がりを持ちたくない。おしゃれな店にも興味ないし、私には世界に発信するほど輝かしい何かはひとつもないからだ。他のクラスメイトにもあるとも思えないけど……。
あるとしたら心霊写真や映像の考察ぐらいだ。女子高生のやることじゃないと思うし、さすがに公にするのは憚られた。母親にも秘密にしているのに落合に言えるはずがない。
「私SNSやってないんだ」
個人サイトはやってるけど、と心の中で呟く。
「じゃあ私の見せてあげる。ほら、これとこれ」
スマホの画面を覗くために自然と落合との距離が縮まる。ふわっと柔軟剤の柔らかい香りが通り過ぎて行った。こういう人って匂いまで良いんだ。私は匂いを嗅いでしまったことを勘づかれないようスマホの画面に集中した。
問題のダンスショート動画を三本観終わっていくつか気が付いたことがあった。そのうちのひとつが私の個人サイトにて依頼されていたものであること。どれも同じ少女が映っているように見えること。それと……。
「学校で撮影したものにばかり映ってる」
「……本当だ!映ってるのはどれも学校で撮影された動画だけだね!もしかして東雲女子高等学校って心霊スポットだったりすんのかな?」
落合がわざとウィスパーボイスで話しかけて来る。私は呆れながら椅子の背もたれに寄りかかった。
「さあ?でも100年続く由緒正しい女子校だから。……過去に何かあったとしても不思議じゃないとは思う」
今でこそ改築されて綺麗な女子校だが、講堂は百年前に作られた当時のままだし所々時代を感じさせる建物が残っていたりする。何か因縁のようなものがあってもおかしくない。今まで見てきた心霊動画や写真も過去の出来事が関係していることが多かった。
「どお?ふたりとも。心霊調査は」
佐野さんが小走りで私達のそばにやって来る。今度は甘ったるいお菓子みたいな匂いが周辺に広がった。教室内は常に色んな香水や整髪料やスプレーの匂いが入り混じっている。
「ひかり!学校で撮影されたものに映ってることが多いって気が付いたとこ!文香が気づいたんだよ?すごくない?」
明るい口調で落合が答える。その後で「言ってやったよ!」というように微笑みかけてきた。そんな顔をされても私は嬉しくもなんともない。
「やっぱり?だったら学校で撮影すんのやめようかな。せっかく良い撮影スポットだったのに」
「動画を撮るの、やめないの?」
私の言葉に場の空気が凍るのを感じた。こういう時、大抵私は相手の『痛いところ』を突いているのだと分かった。たとえ場の空気を凍らせたとしても真実を突き止めるため、問わずにはいられなかった。
「え?何言ってんの?私、結構フォロワーいるし。もっと見たいってコメントも多いから……。映ってるかも?って思っても気にせず投稿続けてたんだけど、さっきの流石にはっきり映りすぎて怖くなっちゃって。それに、投稿しなくなるとフォロワーもお気に入り数も外れるから止められないんだよね。まあ、動画を撮らない藤堂さんには分からないでしょ」
何を当然のことを言わせるのか、という口ぶりでまくし立てるように佐野さんが言った。
なるほど。心霊動画が撮れても投稿を続けていたのはそういう訳か。佐野さんの言う通り。悲鳴を上げた動画以外のふたつの動画はいずれも少女の姿は遠く、気が付く人がいつかどうかというものだった。気にしない人は気にしないだろう。それにしても今の発言はとても心霊現象に恐怖している人物とは思えない。最後に私への嫌味を付け加えるほど達者である。
「私、カワイイ世界観の動画を作りたいからこういう気味悪いのやなんだよね……。まあ心霊映像ってハッシュタグ付ければ再生回数は伸びそうだけど。私、そういうのは求めてないから。美織、解決したら一緒に動画撮ろうね!」
「え~。私は見る専だからな~」
佐野さんはすぐに私から視線を外すと、落合と楽しそうに話し始めた。私は存在しないものになる。
本人には言えないが佐野さんは人のルックスで露骨に態度を変える。落合には猫なで声だったが私には棘のあるような厳しい物言いをしてきた。それは彼女が動画撮影者でルックスをかなり重視しているからだろう。
中学生の頃の男子生徒を思い出す。やはり男子生徒もグループを作り、女子生徒のビジュアルを品定めしていた。ランキング付けまでしているから恐ろしい。いつの時代もどんな場所でも美醜を評価されることから逃れることはできないのだと思い知らされる。時代を経るごとにその風潮が高まっている……気がしないでもない。
佐野さんが立ち去るのを見送った後、落合が申し訳なさそうに私に声を掛けてきた。
「文香、大丈夫?ひかりってちょっとそういうところあるからさ……。悪く思わないでよ」
「全然。気にしてない」
私は頬杖をついて答える。意外な返答に落合は瞬きを繰り返した。生まれてからずっと女をやっていればこういったことには慣れてしまうものだ。いちいち腹を立て、悲しんでいたらきりがない。
それに美醜の評価をする人達は大体自分の美醜を棚に上げていることが多い。何故自分が常に評価する側にいると思っているのだろうか。こんなことに頭を悩ませるなんて馬鹿らしい。向こうが友好的でないのならこちらも友好的にする必要はない。人間関係にはある程度の距離感が必要だ。
「そんなことより。私はどうしてこんな心霊現象が起こっているのか解明したい」
この際、佐野さんもショート動画もどうでもいい。私は自分の個人的な趣味で心霊現象を解明したい。落合はじっと私のことを見た後で眩しい王子スマイルを向けて来る。
「文香って……めちゃくちゃ優しいんだね。よしっ!私も心霊調査がんばるっ!」
「別にそういうわけじゃ……」
落合はとんでもない勘違いをしているようだ。今の発言で私が態度の気に入らない相手でも手助けをする心優しい人間だと思ったらしい。
まあいいか。否定するのも面倒だし。それにしても何事も前向きに捉える落合の能天気さに呆れてしまう。これはとことん私の性格と合わないな。
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