第11話 サッカー子猿に筋肉ゴリラが一目惚れ
4月の終わりの夕暮れ、日はだいぶ長くなってきたが、もう30分もしたら暗くなる。
ニシザーはゴールネットの前、ペナルティキックを蹴る位置からボールを蹴る。ゴールの左上を狙っているらしく、何回蹴ってもネットの同じようなところにボールが刺さるので、その正確なキックに驚く。同じところで同じように蹴ってくれるので写真は撮りやすい。
でも、辺りは暗くなり始めていて、露出が足りなくて写真も暗くなってしまうから、撮影はそろそろ諦めないと。
ニシザーは真剣な顔で、ネットの内側周辺に転がっているボールを集め始めたので、終わりかなと思うと、また同じようにボールを蹴り始めた。さっきと違うのはボールが曲がることだ。
「ええ?自分で曲げられるの?」
回転をかければボールは真っすぐに飛ばずに曲がる。でも、足でそれができるなんて。
同じように蹴って、同じような場所に落とす。
当然100%は無理だが、ニシザーがそういう精密な蹴りを目指して練習を重ねているのは分かる。
わたしも昔、フリースローを何本も何本も打った。
同じ放物線をなぞるように。
取り組んでいるスポーツは違っても、上達したいという思いは同じなんだ。
「あ」
外れたボールがゴールの横に転がっていく。
「いいよ、わたしが拾うに行くから。ニシザーは練習してな」
そう言って転がっていくボールを追って走った。
ボールを拾い上げると、そのまま、地面に打ち付ける。たぃんっと音がして跳ねる。また、地面に打ち付けて、そのまま軽くドリブルをする。たぃんたぃんたぃん、とリズムを取るような音が河川敷に響く。
なんか懐かしい。
ドリブルをしたのは何ヵ月振りかな。
そのままドリブルをしながら軽く走った。コートではなくて地面なので思うようにボールが跳ねない。でも、楽しい。
「ニシザー!」
そして、ニシザーの足元にボールをパス。
「ナイスパス!」
ニシザーはそのボールを拾わずにそのままゴールに蹴り込むと、ボールがネットを揺らした。
「ナイスゴール」
ニシザーに向けて親指を立てた。すると、たたたっと駆け寄って来て、両手を挙げハイタッチを求めてきたので、そのままぱーんという音を立ててハイタッチする。
「今、いいところに転がってきたから、思わずシュートしちゃった」
手がひりひりしたらしく、両手を振りながら笑う。
「ハセガー、また練習付き合ってよ」
「見られるのは嫌じゃないの?」
尋ねるとニシザーは首を傾げた。嫌かどうか考えているらしい。
「ハセガーなら嫌じゃないから、好きなだけ練習してるとこ見てて」
にかっと笑った。
絶対、今、顔が赤くなってる。手を熱くなった頬に当てた。
そろそろ暗くなってきてて良かった。
一緒にボールを片付けながら話し掛ける。
「じゃあ、今度さ、わたし壁やってあげるよ」
「壁?」
「壁じゃなくて、えっとキーパー。キーパーみたいにゴールの前に立つから、わたしを避けてゴール決めて」
「ボール当たると痛いよ」
やめとけと言いたげだ。
「わたしにボール当てずに、ゴール決めるくらいニシザーなら簡単でしょ?」
煽ってみる。
「……ボール当たっても泣かないでよ」
ニシザーが不敵に笑いながら言う。
「じゃあ、また、今度ね」
籠を河川敷から土手の上に持ち上げ、部室倉庫までゴロゴロ転がしていると、どんどん辺りは暗くなっていく。
「…ハセガー、聞いていい?」
ニシザーが話し掛けてきた。
「なんで、私に興味を持ったん? 私なんか、ただのサッカー子猿だよ。ハセガーみたいにカッコいい人に比べたら地味地味じゃん」
「え、わたしなんか筋肉ゴリラだよ。だけど、ニシザーは、……」
なんでだろ? わたしにも、よく分かんない。
大きな目とちょっと広いおでこ
笑うと弓形になる目が可愛いところ
相手を気遣って話すところ
ボールを追いかけると目の色が変わるところ
それは関心を持った理由ではなくて、好きなところだ。
「んん……一目惚れ、みたいな?」
そう呟くと、ニシザーが躓いてボールの入っている籠が倒れた。
「ニシザー、何やってんの?!」
「い、いや、ハセガーが変なこというから」
暗い中、二人は慌ててたくさんのボールを拾い集めることになった。
辺りはすっかり真っ暗になっていた。こんな遅い時間に帰るのは高校に入って初めてだった。駅と反対方向に向かう下りのバスは空いていて、二人掛けの座席に並んで座ると、ゆらっとバスが揺れて走り出す。先に降りるニシザーが通路側で、わたしが窓側だ。
帰りの路線バスで並んで座るのはサッカーの試合を観に行った以来だ。あのときのニシザーは、推しの選手のコーナーキックからの得点に舞い上がってテンションが異様に上がっていたのを思い出した。そのことで話し掛けようとしたがけれど、ニシザーがわたし肩に寄り掛かったまま眠ってしまっていたのでやめた。どうやらわたしの肩は枕にはちょうどいい高さみたいだ。
髪からうっすら汗の匂いがした。
かぎ慣れた匂いのようで、でも、ニシザーだけの匂いのようで落ち着かなくなる。
横目で見ると、雅はネクタイを締めず、シャツの第1ボタンを外していて、そこから鎖骨が見えた。
首もとにはうっすらと日焼けの境目が見えて、シャツの下に続いていく胸の肌は白くて、少しだけその向こうは高くなっていて、目が離せなくなる。
やば
体の中に湧き上がってしまった熱を振り払いたくて、かぶりを振った。
ニシザーの閉じたまぶたの下で、眼球が動く。まだ走ってる夢を見ているのかもしれない。ドリブルして走っていく姿が目に浮かんだ。
ニシザーが降りるバス停までは15分もなく、短い時間だけどぎりぎりまで寝かしとこう。
『次は……』
ニシザーの降りるバス停の名前のアナウンスが入ったので、ニシザーを起こさないとな、と思いながら、窓の横にある下車を知らせるスイッチを押す。
ピンポーンと高い音がした。
「ありがと、ハセガー」
至近距離から声がして、ぎょっとした。
肩に頭を乗せたまま、ニシザーは目を覚ましていた。大きな目がきょろんとわたしを見ている。ニシザーの顔が近すぎてどきっとするが、顔には出さない。
「起きたんだ」
「うん、そんなに深く寝てたわけでもないよ」
「ぐっすりかと思った」
「そうでもない」
バスがゆっくりと停車した。
「じゃ、またね」
すくっとニシザーが立ち上がる。
「ハセガー」
呼び掛けられて、顔を上げた。
ニシザーはにこっと笑って、早口で言った。
「私、初めて会ったときから、ハセガーは、美人でスタイル良くて超カッコいいと思ってる。それを一目惚れっていうなら、私も一目惚れだね」
そう言うと、もうバスのステップを降りて、こちらを振り返らず、軽やかにまっすぐ走っていく。
その後ろ姿には、もう疲れた様子はない。
ゆらっとバスが揺れて走り出して、視界から完全にニシザーはいなくなった。
へへ、カッコいいだって。
「あだっ」
信号で止まったバスの振動で、前の椅子の背もたれに額をぶつけた。
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