毒入りチョコレートゲーム

花守志紀

前編

 放課後、部室を訪れたおれを、吉備津きびつ先輩の人の悪い笑みが待ち受けていた。


高垣たかがきくん、今日はバレンタインだよ」


 メガネの奥の瞳を三日月のように細め、彼女はおれの鼻先に向けて指を振ってみせる。


「高垣くん、バレンタインといえばなんだい?」

「バレンタインといえば……チョコレート、ですか? え、先輩、くれるんですか」


 おれが驚いて聞き返すと、先輩は心底から呆れたというように大げさに肩をすくめた。


「やれやれ、高垣くんってば、なにを腑抜けたこと言ってるんだい。バレンタインといえばもちろん――」


 びっ、と突きつけられた指先に、おれの視線が貫かれる。


「毒入りチョコレートゲームに決まってるだろう!」

「知らない文化」


 吉備津先輩は再び肩をすくめ、さらに鷹揚に首を振る仕草をつけ加えた。


「しっかりしてほしいな、高垣くん。いやしくもわたしたちは、推理小説研究会の部員だよ」


 先輩は喋りながら部室の奥に向かうと、通学カバンを持ってきておれとの間のテーブルに置いた。ファスナーを開け、カバンの中に手を突っ込んでなにやら探っている。


「我々ミス研は選ばれし知恵者の集まりだ。いくらバレンタインだからって、世間の流行に流されて浮ついたことを考えている暇はない。確かにバレンタインといえばチョコレート、だけどさらにチョコレートといえば、毒入りと頭につくのはアントニー・バークリーの時代からの不文律じゃないか」

「いや、あれは別にバレンタインの話じゃなかったと思いますけど。それで、毒入りはいいとして、ゲームというのはなんです?」

「よくぞ聞いてクレイトン・ロースン」


 マニアックかつしょうもないダジャレを口にしながら、先輩がカバンから取り出したのは、三個の紙箱だった。いずれも一辺五センチほどの立方体で、紺色が上質な印象だ。


「これらの箱には、チョコレートがひとつずつ入っています」


 よそ行きの声音で、吉備津先輩が説明を開始した。ボードゲームのルールを説明するときなど、彼女はいつもこの声音になる。


「高垣くんには、この三個のチョコのうちからアタリを選んで、食してもらいます。アタリはひとつ。残りのふたつのハズレには激辛ソースが仕込んであります」

「激辛ソース?」

「料理研究部から借りてきた、摩原まはら副部長の特製ソースです」

「……それはガチでヤバいやつだ」

「高垣くんはまず、三個のうちからひとつ、アタリだと思うチョコを選んでください。そのあと、選ばれなかった二個のうちから、わたしがハズレのチョコをひとつ教えます。それを受けて、高垣くんは最終的な回答を決めることができます」

「モンティ・ホール問題なんだ」

「では、どんなチョコを選べばよいのか、実際に見ていきましょう!」


 うきうきした仕草で、吉備津先輩はおれから見て右端の箱に片手をかけた。


「まずはひとつ目。きぃぃーん、ばたん!」


 独特のかけ声とともに、箱のふたをひと息に開く。某国民的推理アニメの、CMに入るときの効果音である。いや閉まっとるやないかい。


「……なるほど、これは」


 箱の中にちょこんと収まっているのは、ザ・バレンタインといわんばかりの、オーソドックスなデザインのチョコレートだった。

 直径二センチほどの球形で、上部にホワイトチョコで渦巻き模様が描かれている。球の表面はわずかに波打ち、歯ごたえのよさそうな光沢に高級感がある。ゴディバ辺りの箱詰めに交じっているイメージのひと粒だ。


 おれが何気なく手を伸ばそうとすると、吉備津先輩は慌てたようにさえぎった。


「おっと、まだだよ、高垣くん。チョコは選び終わって実際に食べるときまで、手に取ってはいけません」

「なんでですか?」

「だって、市販のチョコを使ってるのもあるからね。加工の跡の有無でアタリハズレを判断されるのは、わたしとしても困るわけ」

「なるほど、そういうことですか」


 もっともな理由に納得し、おれは伸ばしかけた手を引っ込めた。


「それでは気を取り直しまして、次のチョコに行きましょう!」


 うきうきした態度に戻り、先輩は真ん中の箱に手をかけた。


「ふたつ目のチョコはこれだ。がちゃり、ばたーん!」


 あ、今度はちゃんと開いた。


「これはまた……ずいぶんシンプルなチョコですね」


 薄い直方体で、表面には模様のひとつも描かれていない。

 およそ特徴らしい特徴もないが、どこか見憶えがある――と思ったら、あれだ。

 それこそコンビニの棚にも並んでいる市販の、個包装されて箱詰めになっているうちのひと粒。メーカーの名前は特にこの時期、テレビのCMでよく耳にする。

 カテゴリーで名づけるなら、ひとつ目の高級チョコに対して、安物チョコといったところだろうか。決して悪い意味ではなく。


「では、いよいよ最後のチョコになります。ウウー、ウウー、ウウー」


 甲高いサイレン音は、番組の最後に流れるやつだ。次週のヒントをくれるあのコーナー。無駄に構成がよくできてるな。


「これは……手作りチョコ、ですか」


 手のひらで包み込めそうなハート型。取り立ててデコレーションもされておらず、デザインのシンプルさでいえば、ふたつ目の安物チョコとどっこいどっこいである。

 だが、やや不格好に崩れたハートの形の輪郭、均一さを欠いた表面などはいかにも手作りといった印象で、思わず胸がほっこりするような親しみを感じさせる。


「さァ、これで選択肢となるチョコレートはすべて出そろいました。果たして高垣くんは、このなかからみごとアタリのチョコを選び、甘い勝利の味を噛み締めることができるのでしょうか。いざ、ゲームスタート!」


 いまや最高潮といったテンションで、吉備津先輩は宣言の声を響かせる。


 ――さて。

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