湘南の記憶
末座タカ
【1】
「お義父さん、弟さんがいたのね」
父の戸籍を見ながら妻が言う。
「亡くなったのは、このF市の住所だわ」
私たちはリビングのテーブルに向かい合っていた。妻が帰宅し、夕食を済ませた後の時間。父の戸籍を見直しているようだった。
「相続の届け出の期限があるのよ」
「田舎の貧乏教師だ、財産は何もない」
そういえば、と言って妻が隣の部屋に立つ。父に用意した部屋の真ん中に、段ボール箱が積まれている。大きく「持ち出し用」と書かれた箱二つだけを、長野から宅配便で送った。何度も妻に言われて、久しぶりに実家を見てきたのだった。
窓の外から電車の音が聞こえる。入居してすぐは気になったが、1月たってだいぶ慣れた。
勤務先の証券会社が日本撤退で、早期退職に応募した。通勤を考える意味もなくなり、東京都区内を離れることにした。妻が勤務する神奈川の高校に都合のいい路線を選び、新築のタワーマンションに申し込んだ。駅に直結、ファミリー向け物件の高層階。南向きの一室は父のために畳を敷くことにした。
しかし、父がここに住むことはなかった。
「弟さんのこと、知っていた?」
「出来の悪い弟だったらしい。事故で死んだって。でも、詳しく知らない」
若い時に亡くなった叔父がいたことは、小さい頃に母に教わった。意味もわかず、それ以上は何も聞かなかった。その後たった一度、父が「叔父さんみたいになるな」と言ったことがあるのを思い出した。どの高校を受けるかで口論になったとき。まだ家にいた母が、とっさに父をたしなめた。父が叔父について何か言ったのは、それだけだった。
そんな事を考えている間に、妻が大きな茶封筒を箱から取り出した。
「弟さんの名前が書いてあるわ」こちらに向けてみせた。
半年前。何年かぶりに帰省をして、父を説得しようとした。通販サイトで予約したおせち料理を、一緒に食べた。ひとり暮らしの父が、食事に気を使っている様子はなかった。台所の片付けをしながら、妻は真剣な表情だった。
「お義父さん、毎日コンビニのおにぎりじゃあ、栄養が偏ってしまうわ」
「もう年だし、それで十分だ」
「そうなのかもしれないけれど。安否確認もかねて、お弁当の配達とか試してみたら」
父は首を振った。
「わずらわしい、それに、赤の他人に家に入られるのは嫌だ」
「まあ、お酒を飲まないのは、良いことね。ごみは毎回、ちゃんと出してください」
M市の旧市街のはずれ、高台にある二階建ての実家は、父が普段すごす居間以外は、何十年も昔のままだった。
「F市にマンションを買うの。お義父さんの部屋も用意してあるわ、私達二人では広すぎるから」
父と話すのは、主に妻。同じ教師だったからか、父も心を許している。父が定年で退職してから、もうすぐ三十年になる。
「あなたも何か言って」
「資産にもなると思ってさ」
「そうじゃなくて」
「この家は、どうなるんだ」
「古いつくりだし、上物に価値はない。業者に取り壊させたほうがいい。心配しなくて良いよ」
「だれでも。死ぬ時は一人だ。ほうっておいてくれ」
父を説得できずに帰る日の朝、隣の主婦に挨拶された。
「息子さん?林先生、九十才なのに本当にお元気ね」
昭和の住宅団地は、老人世帯ばかりになっていた。
「時々新聞で見ているわ」
不思議そうな私の顔を見て、
「短歌よ、先生の。雅号というの?ずっと気が付かなかったんだけれど。この間のは、何だったかな。石の心が何とか」
父が転んで頭を打ったと、その主婦が知らせてきたのは、東京に帰って数日後の昼すぎだった。何かあった時には、と携帯電話の番号を教えてあった。
父は早朝、家の前の凍った道路で転び、頭を強く打ったらしい。標高の高いM市では、冬は道路が凍る。父は意識がない状態で見つかり、救急車で病院に運ばれた。
都心のオフィスを出て、新宿から特急電車に乗った。大学病院に着いて受付で聞くと、父はもう集中治療室で、何本もの管に繋がれていた。担当の医師は地元出身で、母校の教師だった父のことを覚えていた。
発見が遅れ、時間がたっているので、回復は難しいです。超高齢なので、手術はおすすめしません。
入院のための書類を書いた。既往症や生活習慣、親戚の連絡先など、私は父について全く何も知らなかった。
父は集中治療室で1日過ごした。夕方になって医師に呼ばれ、やはり脳の損傷が深刻である、と告げられた。延命を行わないことの確認があり、生命維持装置が外され、父はその日の夜に息をひきとった。
喪服をもって遅れて着いた妻は、私が相談もせずに手術を断ったとなじった。涙を流して大声を上げるそんな妻を、今までみたことがなかった。
「なぜ、ひとりで決めたの?」
「手遅れなのはわかりきっていた。どうすればよかったんだ?」
「私たち、家族なのよ」
元同僚の老人たちと、何人かの卒業生が葬儀に集まってくれたが、私は父について何を話したら良いかわからなかった。
「弟さん、あなたには叔父さんね」
「その言葉には、馴染みがないな」私は呟いた。
叔父の名前が大きく書かれた封筒は、古びて変色していた。大きくふくらみ、気をつけないと破れそうだ。
「手紙の束があるわ。昭和三十年。葉書は五円」
灰色の大学ノートが何冊か。
「これは、時計かしら」
S社の名前が白く書かれた青い箱。
「腕時計よ、保証書もある」
四角い紙を手に取り、妻は目を細めた。
「この時計も、この近くで買ったみたいよ。お店の名前があるわ」
妻が読み上げるF市の住所がどのあたりなのかは、見当がつかない。妻が地図をテーブルに広げる。
「区画整理で町の名前も番地も、昔とは違うわ。店の名前から分かるかな」
「あら。ほら、裏にイルカのマークがある。かわいいわね」
妻が差し出した時計の裏蓋に、くちばしの長いイルカが彫られていた。
「あまり、かわいくないイルカだな」
そういえば、と私は続けた。
「あなたが小さい頃にイルカを見に行ったわね、と母が言っていた。三歳の時に、家族旅行で。あれはF市のことだったのかな」
「その時のこと、なにか覚えている?」
「ディーゼルカーで東京に行ったんだ」
「ディーゼルカー?」
「蒸気機関車じゃなくて。新しかったんだ。家族で旅行に行ったのは、あの一回だけだったかな」
「お母さんも一緒?」
「そうだ。まだ元気だった。途中の駅で駅弁とお茶を買いに行った母さんが、戻ってこなくて、とても心配だった。でも、隣の車両から現れてほっとした。
「でも、イルカのことは覚えていない」
保証書と戸籍を見くらべていた妻が言う。
「時計を買ったのは、亡くなった日の十日前よ。それから、今気が付いたけれど、叔父さんが亡くなったのは、誕生日の三日前なのね。三十三歳のお誕生日の」
「ふうん?」
「これは、お父さんの字よね」
今度は妻は大学ノートを広げた。私に見えるように置き直したノートには、小さく丸い青いインクの字が並んでいる。
「お葬式のお寺の名前が書いてあるわ。それと、工場のお偉方、とか組合とか。調べてみなくちゃ」
私は妻の様子に少し驚いていた。
「叔父さんのこと、知りたくはない?」
「まあ、気にならないわけじゃないけど」
言いかけた私の目を見て、妻は続けた。
「変に聞こえるかもしれないけれど。私、お義父さんのことが心配だった。でも、何もできなかった。そのお義父さんが、大切にしていたらしい物がある。でも、何もかも無かったことになる、そんなのは嫌なのよ」
「勝手にしろよ」
機嫌をそこねたと思ったのか、妻はつとめて楽しそうな口調に切り替えた。
「イルカって、E水族館のことに違いないわ。今度行ってみない?」
「興味ない」
言ってしまってから、あわてて付け加えた。
「それに、子供連ればかりだろ」
私たちには、もう子供は難しい。
妻は、表情を変えずに続ける。
「あなたも少しは歩かないと。まだ五十代なのに、仕事やめてから家から出ずに、マンガ読んだり、インターネット見たり」
「一休みしているだけだ。会社の株も、まだ持っているし。嫌なしがらみが無くなって、これからだ」
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