その制服はっ
朝、杏が大欠伸をしながら、パジャマで下に下りると、パンを食べていた浅人がちょっと呆れた顔をする。
「化粧落として着替えてんじゃねえか。
いつ、起きたんだ?」
「だって、コンタクト入れたままだったから違和感あってさ。
昨日、どうやって、ベッドに入って寝たんだろ」
浅人は舌打ちをして言う。
「俺が運んでやったんだよ」
ええーっ、ごめんごめん、と笑いながら言うと、
「ぜんっぜん、ごめんな感じがしねえんだけど」
と文句を言われた。
「あんた、早くしなさいよ」
とキッチンから母親が杏に言う。
はいはいー、と言い、行こうとした杏は振り返る。
ええっ!? 弟の許に行き、彼が着ている薄手のパーカーを引っ張った。
グレーのブレザーが下から現れる。
「あんた、どうしたの、この制服っ」
「どうしたのって、俺の制服だろうがよ」
今更なに言ってんだ。
新入生じゃねえんだぞ、と言われてしまう。
「あんた、なんで、王子と同じ制服着てんのよっ」
「はあ?
王子?」
浅人にざっくり説明していると、朝食を運んできてくれた母親が、またこの娘は、莫迦なことを、という顔をしてこちらを見た。
そして、浅人に、蜂谷とそっくり同じことを言われる。
「落ち着け、杏。
日本に王子は居ない」
「なに言ってんのよ。
王子っぽい綺麗な男の子って意味よっ。
やっと、通勤電車の楽しみを見つけたのよっ」
「……蜂谷、マイカー通勤になったからな」
「蜂谷は今関係ないわよ。
あんたがなんで、王子と同じ制服着てんのかってことが今、問題なんじゃない」
逆だろ、と言われる。
「その王子が俺と同じ制服着てんだろ。
弟の制服くらい覚えとけ」
「あんたがいつもそうやって、上になんか羽織ったり、着てなかったり、勝手なアレンジしてるからじゃない」
「その王子って、どんな奴だ」
「なんかこう、毛の色が茶色っぽくて、柔らかくて、触ったら気持ち良さそうで、可愛くて、撫で撫でしたくなる感じなの」
「それ、犬だろ」
とまた蜂谷と同じことを言う。
この二人はよく似ている。
私を莫迦にする、という一点に置いて。
だから、気が合うのか? と杏は思った。
この弟は、私より、蜂谷の味方だからな、常に。
明らかに、あいつが悪いときでも。
「浅人、学校で王子見かけたら、教えて」
「教えてって、そんな犬みたいな奴。
名前くらい……
ああ、外では名札つけてねえからな」
「そういえば、最近そうね。
なんで?」
「お前のように高校生を付け狙う変質者が居るからだ」
「誰が変質者よ。
ちょっと通勤電車で仔犬のような可愛い笑顔を見て、出勤前に和みたいだけじゃないのよ」
「お前も犬だっつってるじゃねえか」
と言われる。
「ってか、お前、女子高生見たヤバイおっさんみたいなこと言ってるぞ。
そんなに日常生活に潤いが欲しいなら、早く蜂谷とでも付き合え」
「なんで蜂谷よ。
蜂谷だけはごめんよ」
「あら、なんで?
お母さん、蜂谷くん好きだわ。
面白いし、はきはきしてて、健康的で」
と紅茶を持ってきた母親まで割って入ってくる。
「……お前、根に持ちすぎなんだよ、いろいろと」
と浅人が横目に見ながら言ってくる。
「冗談じゃないわよ。
なんで、私が蜂谷の彼女に殴られなきゃいけないのよ。
なんの関係もなかったのにっ」
「向こうから見て、なんの関係もないように見えなかったからだろ。
お前がどうだか知らないけど、蜂谷はずっとお前に気があったように見えてたからな。
行ってきます」
と勉強道具の入ってなさそうな鞄を軽く持つ。
しかし、こう見えて、こいつは頭がいい。
ということは、王子は頭もいいんだな、と思った。
「王子見かけたら、教えてよー」
はいはい、と適当な返事をして浅人は出て行く。
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