モブのC橋さんと解釈違いのギャル

紅鷺える

第一章 陰キャのC橋さんと解釈違いのギャル

第1話 秘密の百合ノート

 『すき』という字は、ことで完成される。


 実際の成り立ちはさておき、この私、椎橋しいはし柚榎ゆうかの好きな『百合』はそれを体現した概念といえる。進学する予定など一ミリもないのに、女子校という理由だけでわざわざ進学校ここへ入学したくらいには百合好きだ。おかげで授業には全然ついていけない。


「ねえ、問三の答え分かる?」


「うわ~、あたしもそこ分かんないんだよね」


 ――例えば、前方で他愛のない会話をしているあの二人。


 彼女たちは両者ともバレー部に所属している。部活動が同じだと単純に一緒の時間が長いので、その分カップリングは組みやすい。しかしそれに頼りすぎると、展開がワンパターンになるのも事実。部ごとの特色を活かしたシチュエーションで違いをつけていく必要がある。


「となると、身長か……」


 バレーは身長がものをいうスポーツだ、今回はこれを採用しよう。身長にまつわるシチュエーションといえば、ベタなものだと『背中合わせでどっちが高いか測る』だろうか。お互いの熱をほんのりと感じて、少しずつ意識するように……。


 ――いや~、いい! とてもアツいっ!


 脳内に降ってきた大切なシチュを無駄にしないよう、速やかに秘密の百合ノートに書き込んでいく。ノリノリでシャーペンを走らせるも、授業開始を告げるチャイムがいいところで邪魔をする。それと同時に百合の花たちも各々の席へと戻っていくが、こればかりは仕方ない。


 机に積んだ教科書の隙間に百合ノートを挟み込み、私は『モブのC橋しいはしさん』として授業に臨む。


 C橋というのは中学時代につけられたあだ名だ。休み時間も一人でノートに何か書いている私が、いかにもモブっぽかったのだろう。実際のところはマジメでもなんでもなく、ただ百合の妄想に耽っていただけである。

 それこそC橋の由来も、女子同士の会話に聞き耳を立てていてたまたま知った。我ながらかなりキモいと思う。


 このキャラが定着すると連絡事項以外で誰からの干渉も受けなくなり、格段に妄想がしやすくなった。以来、高校二年生になった今でもC橋としての振る舞いを続けている。


「う~わ、もう先生来てんじゃん! ちょっと待って~!」


 女子高生に似つかわしくない長い金髪をさらさらとなびかせながら、一人の少女が駆け足で自席へと向かう。

 蒼葉あおば莉夢りむ。恵まれたビジュアルと、誰とでも自然体で接する並外れたコミュニケーション能力を駆使し、進級して十日もしないうちに我が二年一組の中心となった一軍ギャル。彼女の働きかけで今年度から頭髪についての校則が緩くなったという噂もあるほど。陰キャな私とはとにかく正反対な存在である。


 ――そして、私がこのクラスで最も苦手とする人物だ。


 蒼葉さんの席は私の二つ後ろなので、必然的に彼女の走行ルートに巻き込まれる形となる。C橋はぐっと身を丸めて下を向き、できるだけ天敵の陽キャを視界に入れないよう構える。

 そして高そうなシャンプーの香りがかすかにしたと思えば、はらはらと紙の舞う音……机に積んでいた教科書たちが崩れる絶望の音が、耳に鋭く突き刺さってきた。


「あぁっ……!」


「ごめんごめん! すぐ片づけるから!」


 まずい、あの中には百合ノートがある! なんとしても蒼葉さんにバレないよう回収しなければ!


「じ、じじじ自分でやるので大丈夫です!」


「いやいや! うちが周りを見てなかったのが悪いんだから、うちにやらしてよ〜」


 蒼葉さんは右手で『ごめん』のポーズをとりながら、散らばった教科書たちを拾い上げていく。本当は一刻も早くノートを回収したいが、陰キャな私は一軍ギャルの好意を止めるに止められない。これ以上彼女に対してアクションを起こす勇気がないからだ。最悪中身を見られなければギリギリセーフなので、むしろパパッと片してもらって……って、!?


「ちょ、それはダメです!」


 私の精一杯の制止もむなしく、蒼葉さんは容赦なく百合ノートを拾い上げる。そして明らかに怯えた表情を浮かべながらページをめくっていき、書きたての一節を小さく読み上げるのだった。


遠道えんどうさんと河津かわづさんは『バレー部身長百合』……なにこれ?」


「やめてぇぇぇぇっ!」


 思わず大声で叫んでしまい、教室中の視線を一身に受けてしまう。被害を抑えるどころか逆に広げる結果となり、体の震えと冷や汗が止まらない。

 あ~あ私の学園生活、完全に終わった……卒業まで蒼葉さん率いる一軍ギャルズの奴隷にされるんだぁ……。


「――ごめん。えっと……うん。ガチでごめん、名前なんだっけ?」


 社交性の塊である彼女をもってしても名前が浮かばない私は一体なんなんだ。いくらなんでもモブがすぎるぞC橋U榎ゆうかよ。


「あ、椎橋です。私たち、まともに話すの初めてですもんね。そんなやつの名前なんて知るわけないですよね……」


 別に今もまともに話しているわけではない、ただ名前を聞かれて答えただけだ。しかし私たちの間には異様な緊張感が走る。書いた側はともかく、読んだ側蒼葉さんまで恐怖で手が震えている。もはや一種の呪いだろう。


「蒼葉さん? 顔色が悪いようですが、保健室に行きますか?」


「ぜ、全然大丈夫です~! うちのことは気にしないんでいいんで、授業始めちゃってください!」


 見かねた先生が保健室へ行くよう勧めるが、蒼葉さんは一瞬でいつもの陽キャモードに表情を切り替え、まるで何事もなかったかのように返答する。彼女が大丈夫と言うならば『そうなのだろう』と全員が納得してしまう。蒼葉莉夢という人間には、そのカリスマ性がある。


「……そうですか。なら早く席に着きなさい。本来ならチャイムが鳴るまでに着席、ですよ」


 最後に先生がやんわりと注意し、最悪な流れはこれにて終了。そのまま三時間目の授業が始まる。はたから見れば若干のハプニング程度で済んでいるが、当事者である私はもう絶望でしかない。今も機械的に板書をしているだけで、肝心の授業内容は全く頭に入ってこない。


 恥ずかしさとこれからの不安とで頭痛がする中、突如後ろから背中をつんつんとされる。そ~っと振り返ると、バレー部身長百合の片割れである遠道さんから、ある手紙を渡された。この折り方は……中学の時にクラスメイトがよく回していたアレか。

 誰が誰に宛てたものかと思えば、ご丁寧に『しいはしさんへ』と書かれていた。中継役になることは何度かあったが、宛先となるのは初めてだ。なんとなく差出人の察しもついたところで、先生にバレないよう慎重に中身を確認する。


 神様お願いします、どうか社会的な死だけは免れますように……!


『放課後ちょっと話そ! 教室残ってて~! りむ』


 あ~、死んだわこれ。こんなのもう実質的な処刑宣告じゃん。蒼葉さんのカリスマ性の正体は、こういった恐怖による支配だったのかもしれない。

 あまりの衝撃でそこからの記憶は一切なく、授業もいつの間にか終了していた。

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