冬の望みは、秋の忘却

卯月まるめろ

第1話 幼馴染は冬の君

 季節は春。穏やかで、優しい春の風が、秋人しゅうとの頬を撫でていく。

「ねえ、秋人。見てよ。桜の花びらが舞ってきた。どこから来たのかな」


 秋人が押す車椅子に乗った一人の少女が、春の風のように穏やかで、それでいて冬の景色のように落ち着いた声を弾ませた。


冬子とうこ。髪に花びらついてる」

 秋人は、自分の胸の辺りにある冬子の頭、艶やかな黒髪についた桜色の花びらを指でつまんだ。指先にある花びらは、また柔らかな春の風が奪っていった。


「おねえちゃん、秋君しゅうくん。早く行こ!」

 そんな穏やかな空気を壊すように、後ろから駆けてくる少女がいる。

「はいはい。雪乃はせっかちだね」

 冬子がそう苦笑いをすると、雪乃は頬を膨らませる。

「おねえちゃんたちが遅いんですぅ」


 そんな姉妹の会話を聞きながら、秋人は、「行くよ」と車椅子に乗った冬子に声をかけ、住宅街を歩きだす。


「桜、満開かな?」

「最近はいい天気が続いてるから。きっと満開だね」

 笑い合う冬子と雪乃に、秋人は得意げに声を張る。

「今日は俺が作った団子もあるからな。花より団子になるなよ」

「秋君。この期に及んで私が食より花を優先するとお思いか?」

「不覚。そうであったな、雪乃姫」


 芝居がかった口調で会話の応戦を繰り広げる秋人と雪乃。聞いていた雪乃が面白そうにころころと笑った。



 四月九日。

 高校一年生になる紅原秋人べにはらしゅうとと、お隣さんで幼馴染の、氷高冬子ひだかとうことその妹の氷高雪乃ひだかゆきの

 冬子は秋人と同い年だが、高校へは進学しない。

 秋人の春休みが終わる前に、毎年恒例、幼馴染三人でお花見をしようと雪乃が提案し、今に至る。



「楽しみだね。あと何回桜が見れるかな」

 唐突に、なんてことないように、冬子がつぶやく。その声は、明るくさえ聞こえる。そんな冬子が痛々しくて、秋人と雪乃の顔は曇った。



 冬子は、生まれつき病気を患っている。治ることがない病だ。小学校は休みがちになりながらもなんとか登校できたが、中学にはほとんど行っていない。

 入退院を繰り返し、車椅子がないと生活が難しくなった。


 それでも、冬子は強かった。思うようにいかないこと、年々いうことを利かなくなる体を嘆いたことはなかった。飄々としていて、いつも穏やかに笑っていた。周りの方は本人よりよっぽど悲しんでいるかのようだった。


 そんな冬子に、秋人は腹が立った。もっと、欲張りになっていい。怒ったり、泣いたりしてもいい。でも、冬子の笑顔がどうしても憎めなくて、もっと一緒にいたいと思った。

 冬子とは物心つく前からの付き合いだ。病気なことへの同情ではなく。


 いつしか、秋人は冬子に恋心を抱くようになっていた。


 

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