第16話 魔王と勇者の鬼退治、最後にはあの時間!
本能が察知していたのかもしれない。
こいつらは危険だと。
普段ならゴブリンと共に襲いかかっていた所が、踏み込めず手下が蹂躙されていく光景を見ている事しか出来ていなかった。
だが背を向けて逃げるような真似はしない。
群れのボスとしてのプライドからか、その行動だけは許されなかった。
「ガァァーー!!」
自らを鼓舞するかのように、オーガは激しく雄叫びを上げる。
恐ろしい鬼の声は遠く離れた村にまで響き渡る程だ。
「ほいっと!」
「ガァ!?」
オーガが雄叫びで自らを鼓舞してる合間に、アリナがその目前まで迫り跳躍、オーガの顔面に左拳を叩き込んでいた。
ゴブリンと比べて硬い顔面、それでもアリナの拳は食い込んでいく。
不意の一撃にオーガの巨体は揺らぎ、ぐらつく。
敵を一撃で倒す程に重い拳だが、流石に鬼の耐久力は並外れており、一発では倒れずむしろ今ので闘争本能に火が付いてしまう。
「ガァァァーー!!」
オーガはアリナへと棍棒を上から叩きつけようと、右手で振り下ろす。
大きく重い棍棒を軽々と操って、振り下ろしも速かった。
棍棒が地面を叩くと、地面にヒビが入って割れていく。
恐るべきパワーと破壊力、まともに喰らえばまず生きてはいない。
「足がガラ空きー!」
振り下ろされた棍棒を素早く右に避けて回避していたアリナ、後ろに回り込むとオーガの膝裏へ左足の前蹴りを当てる。
「ガッ!」
急に足へ強い衝撃が伝わると、オーガは尻もちをついていた。
「オラオラー!!デスマッチ上等ー!!」
「ガアア!」
バランスを崩し倒れるオーガへ、アリナは両拳を振るって顔面を殴って殴って殴りまくる。
「なんと…!?あのオーガを一方的に殴っているぞ!?」
「嘘でしょ!?」
「あの女凄くないか!?」
村から状況を見守っていたゴラスや村人達、滅びる事を覚悟していたらオーガが1人の女性に殴られまくっている、信じられない光景を目の当たりにし、誰もが驚きを隠せなかった。
誰もアリナが勇者だとは思っていない様子だ。
「武闘大会で優勝し、相当の腕を持つとは思っていたが…まさかこれ程までとは!」
「かなりの鍛錬を積み重ねなければあそこまで行かないはず…流石は勇者だ…!」
村人達と違い、アリナを勇者と知っているサイラードとミディサ。
武闘大会で彼女の強さは既に知っていたが、まさかオーガを此処まで圧倒する程だとは思わず、村人達と同じように騎士2人も驚いてしまう。
散々殴り続けたアリナ、一旦オーガから離れて距離を取っていた。
「ホントかった〜い、殴ってるこっちが痛くなるぐらいって石頭ならぬ石顔面だよ〜」
「オーガの皮膚は頑丈な鎧並、またはそれ以上って言われてるからね」
振り返らずアリナは後方のコリンと会話を交わしながら、目の前のオーガを見据える。
自身の重い拳を何発もお見舞いしてきた、オーガがいかにタフとはいえダメージが無いという事はあり得ないだろう。
これがゴブリンだったら、既に死んでいてもおかしくはない。
「ガァァァーーー!!」
「!」
しかしオーガはダメージを負いながらも立ち上がり、再び棍棒を右手に握り締めていた。
普通なら立ち上がれない程のダメージどころか再起不能、それを鬼の驚異的な生命力か、人間ごときに屈する事など許されぬという意地とプライドか、オーガは闘争心を失う事なく再び向かって行く。
巨体そのものを弾丸と化して突進するかの如く。
「やば…!」
この勢い、気迫はさっきまでと違う。本気で避けなければ、そう感じたアリナより前に出る者がいる。
「下がってアリナ、後は僕やる」
「え?」
迫ってくるオーガに臆する事なく、コリンはアリナより前へとマルシャを肩に乗せたまま進み出ていた。
「アリナが相手してくれていたおかげで、充分魔力溜まったからさ」
コリンの杖を持つ右腕、そこに宿る蒼き炎。
以前のブレイザの炎を思わせるが、それとは色が違う。
これは魔王の操る地獄の業火だ。
右腕に纏う蒼き炎が腕から杖の方へと宿り、先端を突進するオーガへと向ける。
「ブローエルド」
オーガに向けられた杖の先端から、蒼き炎が飛び出して行き、オーガまで伸びると巨体を包み込むように炎は燃え上がる。
「グガァァァーーー!!」
叫び声を上げながらオーガは藻掻き、炎を消そうとするが魔王による地獄の業火はそんな事で消えはしない。
焼き尽くす勢いで炎はオーガを燃やし続け、藻掻いていたが力尽きたのか、大木が倒れるように仰向けで崩れ落ちていった。
「倒れた…!あの子ら、オーガを倒したのか!?」
「凄ぇ!俺らの全然敵わなかった魔物をあんな簡単に!」
自警団のアストン、カゼルは揃って驚愕していた。
自分達の勝てなかった魔物達を全く物ともせず、子供と女性の2人だけであの大群を倒すとは思っていなかったようだ。
それは彼らに限らず全員同じ気持ちだろうが。
ただ、オーガが倒れた事により村の危機が去ったという実感が湧いて来ていた。
「助かった…!俺ら助かったんだ!」
「やった!やったー!村が救われたぞー!」
「あの子達は救世主だー!」
村を覆っていた暗い空気が嘘みたいに消え去り、村人達は大はしゃぎしていた。
「これ、死んだのかな?」
「ううん、生きてるよ」
倒れたオーガへと近づくアリナ、3mの巨体は黒焦げとなって動かないがコリンはオーガの命を取ってはいない。
その言葉通り、息遣いは微かに聞こえている。流石に立ち上がる力までは残っていないようだが。
オーガだけでなく、立ち上がる力は残されていないが、ゴブリン達の息もまだある。
何匹かは虫の息にまで追い込まれていた。
「アリナ、ゴブリン達に何か恨みでもあったの?」
「いやー、直接色々されたって訳じゃないけど鬼畜なイメージが勝手にあったもんだからね、だからつい力入っちゃった♪」
「どんなイメージ持ってたんだよ、そんで力入ってこれは怖ぇわ」
アリナが後少し力を込めていたら、死んでいたかもしれない。
無数に転がるゴブリン達を見て恐ろしいな、とマルシャは言いながらおどけるアリナに視線を向ける。
ゴブリンに対して悪いイメージを持っていたのは、元の世界の影響が強いかもしれない。
「その気になればトドメ刺せるけど、殺る?」
「駄目」
アリナは魔物達を仕留めようかと伝えるが、コリンは首を横に振る。
ブレイザ盗賊団に続き、魔物達の命も取らず見逃す。
「彼らのせいで作物とか駄目にされたし、それだけじゃなく僕達の知らない以前、多くの悪い事をいっぱいやってきただろうし、その償いをしてもらわないとね」
「うーん、ガー!とかケケケ、とか言う奴らが人間みたいに償ったりしてくれるかなぁ?」
ブレイザの時と違い、連中は魔物で人との会話が成立しないタイプ。
それも人間を格下に見るような魔物が、簡単に改心などするだろうか。
アリナがそう疑問を抱いていると。
「離れてて、呼ぶからー」
コリンの呼ぶという言葉、一度それを見ているアリナは何をするつもりかすぐに察した。
「えーと、あの悪魔って人の悪い心限定って訳じゃない?」
「ううん、悪い心なら魔物でも食べるよ。そういう好き嫌いは無いから」
これから呼ぶであろう存在、アリナはコリンの後ろにまで下がる。
人の心、魔物の心も関係無く食べ尽くそうもする者は今現れようとしていた。
「デーモンイーター出ておいでー」
杖で地面をトントンと2回叩き、その後にオーガやゴブリン達の居る地面は巨大な悪魔の口へと変わる。
「ギャァァァーーー!!」
バリボリバリボリ
あっという間に魔物達を飲み込んだデーモンイーターは存分に味わうかのように噛み砕き、平原には魔物の断末魔が木霊していた…。
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アリナ「ボス戦っぽかったけど呆気なく終わっちゃったなぁ」
マルシャ「当たり前だろ、魔王と勇者を前にむしろよく持った方だと思うぜ」
コリン「苦戦、接戦と熱い戦いを期待していたならゴメンー」
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