滅亡確定の小国王太子、現代知識とカンストしたステータスで成り上がる───追放された聖女と共に帝国侵攻を迎え撃て!

井熊蒼斗

第1章 国力拡充と因縁

第0話 ロウェル・グデシュタイン・フォン・ヴァルドリア

 ───異世界に転生したと気付いたのは、いつだったのだろうか。


 ロウェル・グデシュタイン・フォン・ヴァルドリアは、窓の外に広がる夜の景色を眺めながら、ふとそんなことを考えた。


 彼は前世で自分が誰であったのかを、はっきりとは覚えていない。日本人男性だったということくらいしか、記憶にない。

 それでも、身につけた知識はそのままだった。


 日本人として持っていた、基礎的な知識。

 そして、おそらく趣味だったと思われる戦国時代やモンゴル帝国、世界大戦などの軍事知識や、RPG、戦略シミュレーションゲームについてなど。


 それらの知識は、今の彼にとって極めて重要な武器となっている。

 なぜなら───彼が生まれたのは、戦乱の時代の只中にある小国、ヴァルドリアだったからだ。


 カップに注がれた紅茶を口に含みながら、ロウェルは手元の書類に目を落とす。

 今、彼は自分が置かれている状況を改めて整理した。


 ロウェルは、小国ヴァルドリアの王太子である。

 だが、一国の王太子といえども、その国の立場は驚くほど脆弱なものだった。


 ヴァルドリアは、西にある帝国と、東にある王国という2つの大国の狭間に位置する小国の1つだ。

 だが、その中でも特に特殊な立場にあった。

 小国地帯の国の中では唯一、帝国と王国の両国に接しているからである。


 その地理的特性ゆえに、ヴァルドリアは常に両国の干渉を受け続けてきた。

 王国とは貿易と名ばかりの従属関係を結び、帝国からは圧力と侵攻の脅威に晒されている。


 そのため、ヴァルドリアは小国の中でも特に厳しい立場に置かれていた。

 力で帝国に抗うこともできず、かといって王国に完全に従えば国の独立性を失う。


 ゆえに、ヴァルドリアの歴代王たちは巧妙に立ち回り、時に屈し、時に利用しながら国を維持してきた。

 しかし、それも限界に近付いている。

 帝国はすでに周辺の小国を次々と併呑し、次の標的をヴァルドリアとした。

 王国へ侵攻するための足掛かりとして。


 ロウェルは書類に視線を落としながら、静かに息を吐く。


「どうにかしなければ、この国は一年と持たない……」


 誰に聞かせるでもなく呟いた言葉は、夜の帳に溶けて消えた。


「あいつを殺した帝国……から、国を守らなければ」


 ロウェルにはかつて、隣国の王女である婚約者がいた。

 けれどもその隣国は昨年帝国に焼かれ、彼女はもうこの世には居ない。


「あいつに……もう一度、会いに行きたい。だが……この国が持たなければそれは叶わない」


 心の奥底で、まだ彼は婚約者を想っていた。

 新しい女性を愛し、国の未来たる子を為さなければならないのは理解している。

 だが、その前にせめて、亡き人に手を合わせて気持ちの整理をしておきたかった。


 そのためには、帝国に打って出て、かつての隣国だった土地を奪わなくてはならない。


 けれども、このままでは、ヴァルドリアは帝国の侵攻によって滅びるだろう。帝国に攻め込むなど不可能だ。


 国を存続させつつ彼女の墓前に花を据えるためには、帝国軍を食い止め、状況をひっくり返す策を講じる必要がある。

 そのために───ロウェルは自らの持てる知識と能力を、最大限活用しなければならなかった。





「ステータス・オープン」


 呟けば、よくある小さなウィンドウが現れてロウェルのステータスを表示する。


 ロウェル・グデシュタイン・フォン・ヴァルドリア

 年齢:18歳(統一歴913年9月16日生誕)

 称号:王太子

 魔力:最大値

 武力:最大値

 体力:最大値

 敏捷:最大値

 技能:剣術(極限)、身体強化(極限)、土属性魔法(全習得済)


 ゲーム好きが高じたのか前世の記憶が薄れても、この世界で自分を強くしようとする思いは健在だった。

 剣術も地道に鍛え、土属性魔法は全て習得済み。

 戦場で生き抜くための力は、王太子としてこれ以上ないほど磨き上げてきたつもりだった。


 だが、それでも───この国を守るには足りない。

 帝国の大軍が押し寄せれば、いくら個人の武力が強かろうと、戦局をひっくり返すに足らないのだから。


 戦争は、個の戦いではなく、軍の戦いだ。

 軍の力を最大限に引き出し、勝利に導くのは戦略。

 そして、その戦略を練るのは、指揮官の頭脳。


 ならば───勝つために必要なのは何か?


 戦場での戦術、戦略の駆使。

 外交を利用した駆け引き。

 兵站の確保と戦力の維持。

 そして、何よりも「大義」。


 帝国はヴァルドリアを侵略しようとしているが、それを跳ね返し、さらに王国とも対等に渡り合えるだけの力を蓄えなければならない。

 そのためには、今すぐにでも動き出さねばならなかった。


 ロウェルは椅子の背にもたれながら、天井を仰ぐ。

 静かな夜の闇の中、考えるべきことは山ほどある。


「……まあ、やるしかないよな」


 そう呟くと、彼は再び書類に目を落とした。

 国を救うために、次に打つべき手を練り始める。





 けれども、ロウェルは知らない。

 この世界が、乙女ゲームの世界であることを。

 そして、ヴァルドリアがその「正史」において、どのように展開が進もうとも帝国軍に滅ぼされる運命にあるということを。

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