第21話 初めてのお泊まり

 

 ——綺良々が誘拐されかけた

 ——俺はいつも行動が裏目に出る!

 ——水無瀬は俺みたいになるなよ


 勉は、今も自分を責めながら柳原の傍にいるのか。千織を守るって一体どうすれば……——


『業、聞いてる?』

「え、も、もちろん聞いてるよ。猫カフェに行ったって話だろ?」

『それ、もう終わったんだけど』


 画面の向こうで千織が呆れた表情をする。千織は、顔をわずかに上に向ける。


『もう夜の十一時だもんね。寝よっか?』

「いや、眠いわけじゃないから平気だ……で、さっきなんの話をしてたっけ」

『お父さんが単身赴任しちゃうって話』


 あぁ、なんか断片的に思い出してきた。たしか、お母さんも一日だけ付いていくとか……。


『一人暮らしっぽくてワクワクしてるんだ! しばらくお父さんに会えないのは寂しいけどね』

「千織が一人暮らしか。料理とか洗濯とか……できんのか?」

『馬鹿にしてる? どっちもできるんですけど』

「え、まじ⁉」


 椅子の背に預けた体を思い切り前のめりになって聞き返した。正直、千織にもアリシアにも家庭的なイメージが湧かない。オレの反応が嬉しかったのか、勝ち誇った表情を見せる。


『幼稚園の頃から包丁は握ってたよ。作るのも楽しいし、何よりお母さんたちの喜ぶ顔が見れるのがすごく嬉しかったんだ』

「へ、へぇ~。そりゃまた」

『夏休みだし、普段挑戦できないような料理を作って帰ってきたお母さんを迎えたいなって思ってるの』


 画面の向こうの千織は、ウキウキと声を弾ませていた。本当に家族が大好きなんだな。

 そんな千織が一日とはいえ一人に……一人?


 ——必死に抵抗している綺良々の口を塞いで連れて行こうとしていたらしい……。

 ——俺があのとき手を取っていれば……。


 最悪の状況が脳裏を駆け巡る。

 心配しすぎか? たかが一日だし、そんな都合よく事件に巻き込まれるなんてあるわけがない。いや、勉もそう思っていた矢先の出来事だったろうし……。第一、千織の家の周りに一軒家がたくさん立ち並んでいるし、人の目もある。押しかけて連れ去るなんて出来るはずがない。

 ……はずが無いと思っているけど。


『業? さっきからボーっとしてるけど……。どうしたの?』

「なぁ、千織。その日、俺の家に来ないか?」

『え? 業の家?』

「おう。どうだ?」


 千織は少しだけ考えたが……。


『ううん、やめとくよ。行きたいのは山々なんだけど、急に押しかけるのも悪いしね』


 そうだよな。なら、奥の手だ……。


「俺の母親がさ、千織に会いたいって聞かないんだよ」

『へっ⁉ お、お母さんが⁉』

「つい、ポロッと千織のことを話したら興味持っちゃったみたいで……早く連れてきなさいってうるさくてな」

『は、はぇ……。ど、どうしよう、心の準備が……』

「そんなに身構えなくても平気だと思うぞ。千織にとって同い年みたいな感覚でくるから……。で、どうだ?」

『じゃ、じゃあ……お邪魔……しようかな』


 毛先を弄りながら、控えめにオレの誘いに頷いた。



 ※※※



 翌日の昼下がり。オレは、額に滲んだ汗を拭いながら千織の家のインターホンを鳴らした。茶色のドアから千織がヒョコッと顔を出す。


「いらっしゃい! お茶でも飲んでいく?」

「いや、今日は遠慮しておく」

「遠慮しなくても良いのに」


 そう言って、玄関からボストンバックを持って出てきた。千織からバッグを受け取ると想像以上に軽い。


「めちゃくちゃ軽いな」

「そりゃ、着替えくらいしか入れてないからね」

「え、迎えは昼過ぎって言ってたから、てっきり準備に時間がかかるのかと……」

「冷蔵庫の賞味期限が近い物を片付けて、洗濯回して、掃除して~ってやってたらお昼になるんだもん」


 想像以上に家庭的な理由だった。何時から始めたのか分からないけど、それって数時間で終わるものなのか? 家事なんて全くやらないオレには、未知の世界だ。


「千織の手料理か。少し興味あるかも」

「なら、来年の誕生日に作ってあげようか?」

「来年までお預けかよ……」

「フフッ。今度、機会があったら作ってあげるね」


 肩を落としたオレを見てクスクスと笑っていた。



 ※※※



「わぁ……。大きいね」

「そうか? 千織の家と変わらないだろ」


 千織は目の前の木造の家を見たあと、オレに視線を移して微笑んだ。オレと千織の間には、昔に戻ったような空気感が漂っていた。


「ま、上がってくれ」


 玄関のノブを捻って中に招き入れた。外気と遮断され、ヒンヤリとした空気が汗ばんだ身体を包みんでいく。


「ただいま!」

「お、お邪魔しますっ!」


 奥からパタパタと足音が聞こえてきた。千織の表情に緊張が帯びる。


「いらっしゃ~い! あなたが千織ちゃんね! あら、業が言ってた以上に可愛らしい子じゃない!」

「お、お邪魔……します……?」


 千織は、たどたどしく挨拶をしながら頭を下げた。ただ、その声色からはオレの母親に何か引っ掛かりを感じているように聞こえた。


「業にお姉さんっていたんだね。全然知らなかった」

「あぁ~……」


 オレが答えに困っていると母親がニコリと笑った。


「業の母親の水無瀬菜乃です。よろしくね? 千織ちゃん?」

「お、お母さんっ⁉ 申し遅れました、東雲千織ですっ! きょ、きょうは、突然お邪魔してしまいすいません!」

「うふふ、千織ちゃんは良い子だね~。礼儀正しくて可愛らしいから、娘になってくれるとうれしいな~なんて!」


 千織はさっきよりも深々と頭を下げる。

 母さんは、そんな千織を見て、冗談を言う。


「外は暑かったでしょ? 冷たい飲み物用意してるから、ゆっくりしていって?」

「は、はいっ!」


 目に見えて上機嫌になった母さんに連れられ、リビングに歩いていく。

 その様子を見て、ホッと息をつく。これで心配は無くなった。あとは、無事に送り届けるだけだ。千織のバッグを肩に背負いなおして来客用の部屋に向かった。

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