第9話 決着

「クソがぁぁぁぁっ!」


 口角泡を飛ばし喚くザック。その目は怒りに燃えていた。

 炎帝は腕を一本失っているが降参する気はないらしく、残った右腕を構えた。


「死ねッ!」


 掌が赤熱し、大気を揺らめかせる光が放たれる。

 エーテル光とは明らかに色が違うそれは、


「どんな金属もドロドロに溶かす地獄の炎だっ! 燃え尽きろっ!」


 直撃していないはずの地面から蒸気が上り、下草から煙が上がる。近くに転がっていた戦斧が赤熱していく。


 近づくことすらできない灼熱の炎が槍のように伸びたのだ。


「はぁ……射程考えて使いなよ。折角の良い武装が勿体ない」


 サキは軽くバックステップを踏んで避ける。肌がちりちりとするような熱は感じるが、ダメージになるほどではなかった。


 ——あの手の武装は攻撃範囲が狭いか、使用時間が短いのよね。


 冷静に分析したところでザックが悪態と共に腕を下に振るった。

 サキの予測通り、使用時間が訪れたのだ。

 せめてもの抵抗とばかりに刃鞭となった長剣のワイヤーを高熱で焼き切ったところで炎は消えた。


 エーテルによって強化されているはずのワイヤーは飴細工のように溶けていた。


 ばしゅっ、と炎帝の腕——その装甲が開いた。排熱機構が作動したのだろう、隙間から物凄い勢いで蒸気を噴き出していた。

 陽炎を揺らめかせながらザックは笑う。


「これでテメェの武器は使えねぇ……初見殺しの手品なんぞに負けるわけねぇだろうが!」

「鏡見て言いなよ。その炎も随分な初見殺しだと思うけど」

「うるせぇ! 余裕ぶってんじゃねぇ!」


 腕を失ったことでバランスが取れないのか、炎帝は膝立ちになった。


「死ねクソ女!」


 蒸気を上げ続ける手を背後に回し、再び銃砲をサキに向ける。

 だが、そこからエーテル光が放たれることはなかった。


 サキがリボルバーを抜き放ち、銃砲を破壊したのだ。さながらガンマンのような早打ちだった。


 銃口へと吸い込まれた銃弾は砲内で破壊の力を撒き散らし、ザックの銃を無用のスクラップへと転じていた。


「クッ!?」


 慌てて銃砲から手を放した時には、サキが連続して放った弾丸が右の指、手首、腕へと食らいついていた。飛沫になった金属片が撒き散らされる中、リボルバーを投げ捨てたサキは炎帝に近づいていく。


「くっ、来るなぁっ!」


 驚愕。憤怒。恐怖。焦燥。


「来るなっ、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 様々な感情がないまぜになった絶叫を放つザックに、光を帯びた拳が突き出される。


 先ほどのリボルバーにも劣らぬ轟音が響いた。

 一発目が着弾した時には二発目、三発目が繰り出されていた。

 拳から繰り出された破壊の光は数えることすら難しい連打の嵐となって炎帝に突き刺さっていく。


「そ、そこまでです! もう戦えませんっ!」


 審判のシオが盾を挟み込んだ時には、炎帝は原型が分からないほどにぼこぼこにされていた。あちこちが歪み、削れ、破壊されている姿は戦鎧クロヴィスではなくただのスクラップである。


「……私の勝ち?」

「も、もちろんです!」

「……ハッチ開けた搭乗者がカラシニコフとかで突撃してきたりしない? 露式格闘術システマとか以式格闘術クラヴ・マガとかで襲ってこない?」


 ASOはゲームだ。

 当然ながら、プレイヤーは戦うのがスタンダードである。


 機甲式甲冑——戦鎧を破壊されれば、持ち込んだ銃器や爆薬を使って戦う。

 そのままジャイアントキリングに繋がることは稀だが、チームやクランで戦う大規模戦闘ではそうやって少しでも相手に傷を負わせることで仲間をアシストするのが定石なのだ。


 ちなみにサキが知っている限り、以式格闘術の使い手が戦鎧を登って殺害して上位に上り詰めた試合もあったりはする。


 てっきりザックも銃や刃物を持って飛び出してくると思っていたサキだが、シオは怪訝な顔をしていた。


 これ以上戦えるわけないだろう、とでも言わんばかりの表情である。


「カラ……なんですか?」

「なんでもない。勝ちなら良いよ」

「は、はい……勝者、ベルフェット王国所属、即位予定者クラウンホルダーサキ!」


 宣言と同時、ザック陣営の天幕から部下たちが飛び出してくる。

 戦鎧を召喚した彼らは急いで金属塊へと手を掛け、慎重に剥がしていく。


「ザック様! ご無事ですか!?」

「お気を確かに!」

「今お助けします!」


 果たしてザックは、まだ息があった。

 搭乗部は守られていたらしく、大きな怪我をしている様子はなかった。

 が。

 顔は涙と鼻水でグチャグチャになり、股間は臭気を放つ液体で濡れていた。


 部下たちに担がれるようにして退場していくのを見送ってから、サキも戦鎧を送還する。


「——封印シール


 召喚時を逆再生するかのようにパーツが分解され、異空間へと収納されていく。

 あっという間に戦鎧は消え、ドレスアーマー姿のサキだけが遺された。


「サキ様っ!」


 ドレスの裾を摘まんだアウラが走り寄ってくるのが見えた。


「……とりあえずお風呂と着替えをお願い」

「既に用意させております。——勝つと信じておりましたから」


 にこやかに告げるアウラだが、サキの視線は鋭い。


「とりあえず、それが終わったら話があるから」


 死を選ぶ権利についての話だ。

 が。


「残念ですが、湯浴みの後は正装になっていただき各所にを行っていただきます。特にザック様は明らかにサキ様を殺すつもりでの攻撃をしていましたから、グランクレスト帝国にはが必要になるかと」


 にこやかな笑みの裏に含まれる鋭い棘。

 天使のような顔から放たれる毒に慣れず、サキの顔がへの字に歪んだ。


「ご不満ですか? ……では、いい方法があります。参りましょう」


 何が楽しいのか、笑みを絶やさぬアウラに手を引かれた。


「いい方法って……どうするつもりなの?」

「簡単です。——一緒にお風呂に入りましょう」

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