第6話 ぽんぽんぺいんぺいん

 恐怖と緊張で、全身の震えが止まらない。  

 

 この世界には、あんな恐ろしい生き物がいるのか。


 ぼくたちに気付かず、立ち去ってくれて助かった。


 安心した、その時だった。

 

 遠くで悲鳴のような鳴き声と走り回るような足音、ヘビ特有のシャーッという威嚇いかくする声が聞こえてきた。


 ティタノボアが獲物えものを見つけたんだ。


 大迫力だいはくりょくのティタノボアの狩りを見たい気もするが、命はしい。


 狙われてしまった動物には申し訳ないけど、ティタノボアが狩りをしている間に急いで逃げなければ。


 親猫たちはぼくをくわえて木から飛び降り、猛スピードで逃げ出した。


 ぼくたちの代わりに襲われた見知らぬ動物さん、ごめんなさいありがとう。


 🐾ฅ^•ω•^ฅ🐾


 ティタノボアから、命からがら逃げ延びたぼくたちは集落しゅうらくへ戻ってきた。


「たくさん走って、疲れたニャー……」


のどかわいたニャ。お水を飲みに行きましょうニャ……」


 親猫たちは全力疾走ぜんりょくしっそうで逃げ帰ってきたので、疲れ果てていた。


 ぼくも緊張と恐怖で、のどがカラカラだ。


 集落しゅうらくの中には小さな川が流れていて、猫たちはそこを水飲み場にしている。


 野生で生きている猫は、水たまりの水よりも川で流れている水の方が新鮮で綺麗きれいだと知っている。


 あまり水を飲まない猫でも、流れる水は好きという猫は多い。


 かわいた喉に、冷たい水が美味しい。


 たっぷり水を飲んだら、ようやく落ち着いた。


 ちょうど、水を飲みに来ていたミケさんが、ぼくたちに声をかけてくる。


「おや、サバトラさん。ご家族で、狩りに行かれたのではなかったのにゃ?」


「実は、ティタノボアがいまして逃げ帰ってきましたのニャー」


「ティタノボアにゃっ?」


 ティタノボアと聞いて、ミケさんは飛び上がって驚いた。


 あれを見たら、誰だって恐怖を覚えるよね。


 動揺しながら、ミケさんは続ける。


「と、とにかく、シロブチさんもシロちゃんも、みんな無事で何よりにゃ。それで、ティタノボアはどこにいたのにゃ? 集落しゅうらくを襲ってくることはないにゃ?」


集落しゅうらくからは離れていましたから、襲ってくる危険はないでしょうニャ」


 シロブチの言葉を聞いて、ミケさんはこわばらせていた体から力を抜いた。


「それは、良かったにゃ。みんな、ケガはないかにゃ?」


 ミケさんは恐怖が過ぎ去ると、ぼくたちの心配してくれた。


「ティタノボアを見ただけで、襲われてはいませんニャー」


「逃げる時に、木の枝や葉っぱにひっかかったくらいですニャ」


「どんな小さなケガでも、お医者さんにてもらった方が良いにゃ。シロちゃんは、大丈夫にゃ?」


 ぼくは親猫たちに守ってもらったから、特にケガはない。


 ずっと気を張り詰めていたから、気疲れしたくらい。


「大丈夫」と応えようとした時、急に眠くなってきた。


 もう電池切れのようだ。


 眠気に耐えられず、その場で寝落ちした。


 🐾ฅ^•ω•^ฅ🐾


 空腹で目が覚めた。


 おなかが、「早く飯をよこせ」と鳴いている。


 水しか飲んでいなかったから、当然だ。


 昨日は、ティタノボア騒動でごはんどころではなかった。


 仔猫こねこは疲れすぎたり強いストレスを受けたりすると、ごはんを食べられなくなることがあるらしい。


 ごはんを食べるにも、体力がいるからだ。


 これは、人間も同じだな。


 体が未熟みじゅく仔猫こねこは、特にお腹を壊しやすい。


 どうやらぼくも自分では気付かないうちに、強いストレスを感じていたらしい。


 ぽんぽんおなかぺいんぺいんいたいいたいで、ゴロゴロピーちゃんだおなかをこわしている


 らさないうちに親猫の間から抜け出し、集落内にある公共の砂場トイレで用を足した。 


 出すもの出して、すっきりげっそりぐったり。


 ピーちゃんのせいで、もともと少ない体力をさらに使ってしまった。


 なんか、急に寒くなってきた気がする。


 日差しはポカポカ温かいのに、風もそよ風くらいしか吹いていないのに。


 どうして、こんなに寒いんだろう。

   

 ひょっとして、これはヤバいのでは? 


 寒気を感じるってことは、絶対病気だ。 


 親猫たちに頼んで、お医者さんへ連れて行ってもらわなきゃ。


 でも、砂場ここからなら巣穴よりもお医者さんの方が近い。


 こうなったら、自分でお医者さんに行くしかない。


 ぽんぽんぺいんぺいんのせいで、足に力が入らない。


 プルプルと震える足で、お医者さんの方角へ向かってヨロヨロと歩く。


 この分だと、たどり着く前に力きそう。


 どうしよう、誰か助けて……。


「ミャ~……」


「シロちゃんっ!」


 助けを求めて鳴き続けていると、親猫たちが駆け付けて来た。


 巣穴からいなくなったぼくを、探しに来てくれたようだ。


 良かった、助かった。


 ぐったりしたぼくをかかえてくれたシロブチに、か細い声でうったえる。


「おなかがいたくて、ゴロゴロするミャ……」


「大変ニャー! シロちゃんが、病気ニャーッ!」 


「早く、お医者さんへ連れていかなきゃニャッ!」


 ぐったりしたぼくを抱えて、親猫たちはお医者さんの元へ駆け付けた。


「先生! うちのシロちゃんが大変ニャーッ!」


「先生、早くシロちゃんを助けて下さいニャッ!」


 取り乱す親猫たちに、お医者さんは目を丸くして驚いている。


「そんなに慌てて、どうしたんですニャ~? ふたりとも、落ち着いて下さいニャ~」


「これが、落ち着いていられますニャーッ? うちの可愛いシロちゃんが、こんなにぐったりしているんですニャーッ!」


「昨日まであんなに元気だったのに、どうしてニャ……」


 サバトラはイライラしてお医者さんに詰め寄り、シロブチはぼくを抱えて泣いている。


 お医者さんがなだめようとしているが、ふたりとも落ち着かない。


 ここは、ぼくがなんとかしないと。


「ミャ~……」


 か細い声で鳴くと、親猫たちはハッとなった。


 ふたりともぼくの顔をのぞき込み、頭をでてくれる。


「シロちゃん、すぐ助けてあげるニャー」  


「今、お医者さんにてもらうからニャ」


 ようやく落ち着きを取り戻したふたりは、お医者さんに向かって頭を下げる。


「取り乱して、すみませんでしたニャー」


「シロちゃんを、どうかお願いしますニャ」


 お医者さんは、ほっとした表情でふたりに優しく話し掛ける。


「では、シロちゃんをここに寝かせて下さいニャ~」


「はいニャ」


 き詰められた枯草かれくさの上に、仰向あおむけで寝かされる。


 お医者さんはぼくの体を調べながら、親猫たちに問診もんしんする。


「昨日、何かありませんでしたかニャ~?」


「3匹で、狩りに行きましたニャ。そこで、ティタノボアと会いましたニャ」


「ティタノボアですニャ~ッ? よくご無事でしたニャ~ッ?」


「見つからないように隠れて、やり過ごしましたニャー。ティタノボアの姿が見えなくなった後、逃げ帰って来ましたニャー」 


「たぶん、それが原因ですニャ~」


 お医者さんは納得した顔で、動物の毛皮らしきものをぼくに掛けながら続ける。


「シロちゃんは初めてティタノボアを見て、怖い思いをしたから具合が悪くなっちゃったみたいですニャ~」


「そうだったんですニャ……」


「体が、だいぶ冷えちゃってますニャ~。体をあっためて、ゆっくり休ませてあげて下さいニャ~」


「分かりましたニャ」


 シロブチがぼくを毛皮で包んで抱き上げ、帰ろうとする。


 お医者さんは、慌ててシロブチを呼び止める。


「あ、ちょっと待って下さいニャ~。シロちゃんに、お薬を飲ませますニャ~」


「お願いしますニャ」


「今、お薬を作りますニャ~」


 お医者さんは近くに生えているヨモギの葉っぱを、十枚くらい千切ちぎった。


 石のうつわにヨモギを入れ、丸い石でトントン叩いたりゴリゴリしたりしてつぶしていく。

 

 つぶし終わると、お医者さんはぼくに器を近付けてくる。


「お薬が出来たニャ~。シロちゃん、あ~んするニャ~」


 え? それ飲まなきゃいけないの?


「病気になったらヨモギを飲む」とは、聞いていたけど。


 つぶしただけのヨモギを、そのまま飲むのはイヤだ。


 小さい頃に一度だけ、ヨモギをそのまま食べたことがある。


 葉っぱの裏側にある細かい毛がケバケバして、青臭いエグみが強くて美味しくなかった。


 あの時の味を思い出して、思わず顔をしかめた。


 「ヨモギは、ゆでて灰汁あく抜きしないと食べられないよ」と、おばあちゃんが言っていた。


 口を開けないぼくを見て、お医者さんが困った顔をする。


「シロちゃん、お薬を飲まないと治らないニャ~」


「シロちゃん、お薬飲んでニャ」


「シロちゃん、あ~んしてニャー」


 3匹の成猫おとなに押さえられたら、かなわない。


 口を開けさせられて、無理矢理ヨモギの汁を飲まされた。


 だけど、量が少なかったからそれほどつらくなかった。


「はい、おわりニャ~。お薬飲めて、えらかったニャ~」


 お医者さんはニコニコ笑いながら、ぼくの頭をでてくれた。

―――――――――――――――――――――――――――

【仔猫のピーちゃんには、要注意】


 仔猫こねこは、ちょっとしたことで体調を崩しやすい。


 ピーちゃんで体が冷えると、低体温症ていたいおんしょうになる。


 仔猫の低体温症は命にかかわるので、すぐに病院へ連れて行こう。

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