6−2. パール再び
社会人時代からのクセって、なかなか抜けないもんだ。
「19時30分ロビー集合」と言われていたのに、気がつけば19時ちょっと前には、もう俺はロビーのソファに腰を下ろしていた。
別に張り切ってるわけじゃない。むしろ、腹をくくるための準備運動だ。
……精神的な。
すでに風呂は済ませ、私服に着替えて身軽な状態。
例のモガ衣装は部屋に置いたままだが、明日にはアレを着る羽目になると思うと、胃がじんわり重い。
過去に散散やってきただろ、と言われそうだが、その場の勢いってやつを失った後で、もう一度同じノリをしろっていうのは案外キツいものが有る。
館内BGMのピアノが妙に落ち着く曲調なのが、余計に腹立たしい。
19時ちょうど。自動ドアの開閉音がして、NeoTaskの中村主任が、例の飄々とした顔でロビーに現れた。
後ろにはPANDORA社とGEARS-LINKの調整担当らしいスタッフが数名。みんなラフな服装だけど、顔はバリバリに仕事モードだ。
主任と目が合い、軽く会釈を返す。
変に砕けず、でも構えすぎない……そのあたりの付き合い方が未だに抜けないあたり、やっぱり自分、社会人上がりなんだなって思う。
「少々お待ちを。パートナーの方がすぐいらっしゃいますので」
「え?
あー、企業コラボって、やっぱり技術側とか衣装関係の……」
──一抹の願望をこめてそう言いかけたタイミングで、ロビーの自動ドアが、またひとつ音を立てた。
現れたのは、白いブラウスと淡い色のロングスカートを合わせた、シンプルな装いの女性。
肩までの緩いウェーブ髪をアップにまとめ、胸元には小ぶりなクロスのペンダント。
見た目は上品、そしてなにより喋り方が丁寧で、落ち着いている。
正直、俺は最初「スタッフさんかな」と思ってた。
「お待たせしました。迷うほどではありませんでしたが、足元が滑りやすかったもので」
「お疲れさまです、パールさん。ちょうど今、そろったところです」
──え?
中村主任が、さらっと“パールさん”と呼んだ瞬間、背筋に氷の針が刺さったような感覚に襲われた。
彼女が、こちらに微笑みながら会釈する。
その仕草と空気感が、頭の中の記憶と、スッと重なる。
……あの修道服。
あの高速詠唱。
あの、笑顔のままバーサークモードに突入する“爆裂シスター”。
(……ウソだろ)
一瞬、思考がフリーズする。
中村主任の言葉を脳内でリピートしても、現実は微塵も変わらない。
(あ……これ、インゲンが……)
「……怒るやつだ……」
気がつけば、俺はその場で小声で呟いていた。
目の前が暗くなった気がしたのは、きっと気のせいじゃない。
額に手をあて、ぐるぐると巡る脳内シミュレーション。
視聴者の反応、インゲンの表情、コメント欄の炎上フラグ──
そのすべてが、なぜか目に浮かぶようだった。
◎ ▼ ☆ ▼ ◎
夕食会場は、木の香りがほのかに漂う落ち着いた和食処だった。
料理は季節の山菜に川魚、讃岐の地鶏に海沿いで獲れた新鮮な刺身。四国の山海の幸が丁寧に並べられた、文句なしのラインナップだ。
……本来なら、舌鼓を打っていいはずだった。
(……マジで、コラボ相手がパールってどういうことだよ)
目の前にいるシスター・パール──今は修道服ではなく、淡いワンピースと薄手のカーディガン姿で、どこに出しても恥ずかしくない“優雅な一般人”だ。
が、俺にとっては“爆裂白修道女”のイメージが強すぎて、逆にそわそわしてしまう。
いや、落ち着け。彼女は礼儀正しく、物腰も柔らかく、普通に接すれば気まずくはならない……はず。
「……イーブンさんは、最近は文化系の探索が多いと聞きました」
「あー、ええ、まあ。トマソン案件とか多くて。……いや、どっちかというと、振られてる感じですけど」
「ふふ、振られても拾い上げて魅せてしまうところが、貴方らしいと思いますわ」
その言い方と笑みが、“プロの信頼”を感じさせて、なぜか息が合ってしまう。
この感じ、久しぶりだった。……ああ、そうだ。昔、何度も組んでたあの空気。
(……結局、俺の中では“シスター・パール”じゃなくて“パール”なんだよな)
少し懐かしくなりながら箸を進める。胃はちょっと重いけど、料理は確かにうまい。
「いやあ……これは……うまいですね」
そこに中村主任が、笑顔で割り込んできた。
「まぁまぁ、お二人とも。打ち合わせも終わって、親睦の意味もあるんで緊張せずに。
さ、地元の酒なんてどうです?」
盃が差し出され、銘柄名を聞く間もなく手酌で注がれる。
「……少しだけ、なら」
「ええ、私も……一口程度であれば」
パール……いや、シスター・パールは、日本酒をちびちびやっていた。綺麗に並んだ器に手を伸ばすたび、動作が妙にサマになっている。
一見すると物腰柔らかで清楚な印象だったが……根っからの酒好きだからな、コイツって。
「イーブンさんも、どうです?
この地酒、キレが良くてお料理に合いますよ」
「……じゃあ、一杯だけ」
普段なら控えるところだが、今日は胃がキリキリするくらい神経を使った。その上、明日は初のコラボ配信。緊張をほぐす意味でも、少しはいいかと思った。
それが、罠だった。
「まぁまぁどうぞどうぞ、せっかくですから」
中村主任の妙に押しの強いすすめもあって、互いにセーブのラインが崩れはじめたのは三杯目あたりだったか。
(……あれ?思ったより飲めるな)
そう感じた時点で、既に遅い。社会人時代、接待の場で酒を注ぐ側としては慣れていたが、飲まれる側になると意外とペース管理が難しい。気づけば、俺もパールもそれなりに顔を赤くしていた。
◎ ▼ ☆ ▼ ◎
翌朝――
胃が重い。口の中が渇く。だが、時間は待ってくれない。
「……あー、クソ……着るのかこれ……」
前夜見たとき以上に、モガ衣装の破壊力は強烈だった。
スカートもブラウスも完璧に似合うよう色が選ばれていて、センサー入りマスクが「飛び出た目」みたいに主張してくる。
俺は、色んな意味で頭痛を抱えながらロビーへ向かった。約束の時間より五分前。着替えも済ませ、装備も完了。
着ているのは、PANDORA社が用意した“モガ”ファッション。大正浪漫調のワンピースに細身のショール、そして目元を隠すセンサーマスク。自分で言うのもなんだが、異様に目立つ。
ロビーに降りると、先に立っていたパールがこちらを見て微笑んだ。
彼女もまた、巫女装束のような、だが明らかにハイカラさん風の衣装。腰には袴。それでいて靴は編み上げ。リボンと帽子もセットという、完璧な和洋折衷スタイル。
一瞬、互いの姿を見て、沈黙。
そして、次の瞬間――
「……似合ってますね」
「お前もな」
堪えきれず、同時に吹き出した。
昨夜の酒がまだ残ってるのか、笑いすぎて腹が痛い。
◎ ▼ ☆ ▼ ◎
動詞になってる商用車に乗り込み、揺られながら互いに装備の最終チェック。
「マスク、センサーレスポンス良好。射撃用サポートも動いてるな」
「お祓い仕様スプレーの噴射チェック完了。信仰的にも問題ありません」
「お祓い仕様ってなんだよ……
信仰的な問題が出たら、俺じゃ対処できねぇんだけど……」
そして、ついにダンジョン前へ到着。
入り口は小さな石の鳥居を模したような構造で、その奥に黒くぽっかりと空いた口がある。
「じゃ、そろそろ……行きますか」
「ええ。前より、楽しくなりそうですわね」
スカートを翻し、帽子を押さえ、二人してその口の中へと歩を進めた。
次はいよいよ、配信開始だ――。
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