5-5. ティア・ハンター

そして、その時。


「っ……来た!」

インゲンが低く呟いた瞬間、

瓦礫の影から、異形の影が飛び出した。


それは前回襲ってきた魔物とは違う。

灰色の毛皮に覆われ、四つ足で走る――狼に似たシルエット。

だが、顔面は裂けたように異形に変異している。


「ハウンド種か!」

俺は即座に判断し、モーゼルを構えた。


インゲンも、すかさずカービン銃を腰だめに構える。


「来い――ッ!!」


インゲンが引き金を引く。

レバーを素早く動かしながら、次々と弾を吐き出していく。


腰だめとは思えない正確さで、魔物たちの進路を阻む。

弾道が魔物たちの足元に雨のように降り注ぎ、数体がバランスを崩して転がった。


「ナイス!」

俺は短く声をかけながら、素早くモーゼルのストックを肩に当てた。

視界に入った魔物の頭部ヘ即座に狙いを定め、引き金を引く。


パンッ!


乾いた音と共に、一体目が頭部を吹き飛ばされて倒れる。


二体目――

頭を下げて跳びかかろうとする動きを読んで、

わずかに引き付けてから、狙撃。


パンッ!


二体目も、ぐしゃりと音を立てて崩れた。


「くっ、数が多い……!」

インゲンが唇を噛みながらレバーを引き続ける。

レバーアクション故に突撃銃アサルトライフル短機関銃サブマシンガンと比べると、どうしても一手間かかるため連射速度が落ちてしまうが、インゲンは無駄ない動作で次々と屠っていく。


「後ろ、下がれ!」

俺が叫びながら、さらにモーゼルを振りかぶる。


魔物たちの群れが、こちらを取り囲もうとする動き。

それを、ヘッドショットで一体ずつ潰していく。


パンッ! パンッ!


銃声が響くたびに、魔物たちが血飛沫を上げ、倒れていった。


《コメント》

【おおおおお、戦闘モード突入!】

【インゲンの腰だめ連射、カッコよすぎ】

【ズボン、冷静すぎwww】

【ストックモーゼルの狙撃、バチクソ決まってる】

【今日のズボン、無双状態じゃん】

【インゲンの西部劇スタイルも様になってる】

【#文化的ヘッドショット】

【文化的踏破隊、出陣!】

【#ズボン狩猟祭】


「……っし!」


最後の一体が、俺の銃弾を受けて倒れる。

瓦礫の上に、魔物たちの死体だけが残った。


俺とインゲンは、軽く呼吸を整えながら、互いに頷き合った。


「……相変わらず、いい腕してるわね」

「お前こそ、レバーアクション捌き、キレッキレだったじゃねぇか」


軽く拳をコツンと合わせ、

再び俺たちは、黒き建造物へと視線を向けた。


さっきの戦闘で、

あの異様な建物の存在感は――さらに、際立っていた。


あれは、ただの遺跡じゃない。

ここには、何かがある。

そんな事を思いながら、コッキングピースを操作して、弾倉の弾丸を抜き取ると、改めてクリップで10発の7.63mm弾を補充する。勿論、もったいないから抜き取った弾丸はポーチに戻しておく。

俺が弾の補充をしているのを見て、インゲンもカービンに弾丸カートリッジを装填していく。予想尾通り44マグナム弾のごつい弾丸を一発ずつ入れるため、クリップ一発の俺より時間がかかっているが、それでも普通の探索者と比べたらかなり早い方だと思う。

装備を整えた俺達は、崩れた瓦礫を越え、慎重に建造物へと近づく。


尖塔は、さらに間近で見ると圧倒的な迫力だった。

細かい意匠は、ゴシック風というよりも、もっと異質な、歪んだ様式に近い。

確かに、尖塔には階段の残骸らしき物や、塗り込められたような扉の痕が認められたが……


「……トマソンとも、違うな」

思わず、俺は呟いた。

勿論廃墟ではないし、同時に機能を失った美ではない。

ここには、まだ何かが生き……いや、蠢いている。


すると隣で、インゲンが軽くため息をついた。

「こんな時でも超芸術的考察トマソンチェック、入れるんだ……」

小声で呆れたように言いながら、肩をすくめる。


《コメント》 【さすがズボン、空気読まず文化探究ww】

【緊迫した場面でもトマソンチェック忘れないの草】

【ズボン脳、純水に文化でできてる説】

【命よりトマソン優先なの文化人の鑑すぎる】

【むしろこの文化語りがないと不安になる体質になった】

【#文化的緊張感】

【#超芸術サバイバル】

【ズボン、ゴスロリ姿でトマソン判定してるの冷静に考えたらヤバい】

【イーブン、文化的尊厳を手放しても文化考察だけは手放さない男】

【#文化魂の叫び】


苦笑いしながら、俺たちはさらに進む。


そして、建物の壁沿いを慎重に移動していくと――

ついに、入り口らしきものを見つけた。

半分崩れかけたアーチ状の門。

鉄製の扉が無造作に開かれており、暗い内部へと通路が続いている。


「……開いてるな」

「でも、自然に開いたって感じじゃないわね。

押し破られたっていうか……」


インゲンが扉の蝶番を指さす。

よく見ると蝶番部分にかなりのダメージが入っており、金属疲労ではなく、何かに無理やりこじ開けられた跡が残っていた。

軸部の錆も相まって、まともに動かない事が予想される。


「さて、どうする?」

俺はモーゼルを軽く持ち直しながら、悩んだ。


突入するか。

それとも、一旦退いて体勢を整えるか。


ちらりとゴスロリ衣装の自分を見下ろして、思わずぼそりと漏らす。

「……ゴスロリじゃなきゃ、迷わず突っ込むんだけどな」

その言葉に、インゲンがにっこりと笑った。

「何言ってるの。

ゴスロリでも余裕でしょ?

ズボン君なら」


さらっと言われて、俺は盛大にむせた。

「ゴホッ……ゴホッ……いや、俺の尊厳どこ行った!?」


《コメント》

【ゴスロリでも突入余裕宣言w】

【ズボン=どんな服でも戦える男】

【文化的ゴスロリ突撃部隊】

【#ズボン文化探査隊】

【尊厳は既に文化に吸収されました】

【服装:ゴスロリ、精神:ストロング】

【しかもさっきパンチラしてたのに普通にかっこいいってどういうことw】

【パンツだろうがズボンだろうが、イーブンはイーブン】

【#文化的パンチラも余裕で踏破】

【今日のズボン、文化的適応力高すぎ】

【#ゴスロリでダンジョン攻略】

【ズボン、マジで最強の文化戦士説】

【今日の配信、文化+笑い+かっこよさ=満点】


インゲンがくすくす笑いながら、カービンを構え直す。


「大丈夫よ、イーブン。

今日の配信、どんな姿でも君はかっこいいから♪」


さらっとそんなことを言うもんだから、俺はまたしても顔が熱くなるのを必死にごまかしながら、暗闇へと向き直った。


「……よし、行くか」


冗談を飛ばしていても、

この先に待っているものが、笑って済ませられるとは限らない。


俺たちは互いに頷き合い、

開かれた扉の向こう――暗く冷たい内部へと、足を踏み入れた。


冷たい空気が、

開きかけた扉の隙間からゆっくりと流れ出していた。


俺たちは扉の前で一度立ち止まり、

装備の最終確認をする。


モーゼル、問題なし。

追加弾倉、腰のポーチに装着。

サイドアームの小型ナイフも手の届く位置。


「ライト、行くぞ」


俺はベルトポーチから、黒光りする金属筒を取り出した。

アメリカの警察でも使われている――

ガチ仕様の超高出力懐中電灯だ。


「それ、またオーバースペックなやつじゃ……」

インゲンが苦笑する。


「備えあれば憂いなしだろ?」


懐中電灯を肩に添え、片手にモーゼル、

もう片手にライトを持ち、俺は慎重に前進する。


インゲンは俺のすぐ後ろに続きながら、

カービンを腰だめに構えつつ、もう片手で配信用カメラを構える。


暗闇の中、

ライトの光だけが細い筋となって奥へと伸びた。


コンクリートか、それとも未知の合成素材か。

ざらついた壁面が、光を鈍く反射している。


そんな中、

俺はふと、自然に言葉をこぼしていた。


「……やっぱ背中を安心して任せられるのは、インゲンだな」


その瞬間。


「っ――バ、バカ……」


後ろから、小さく照れた声が聞こえた。


振り返ると、インゲンが

カメラを構えながらも、耳までほんのり赤くしている。


《コメント》

【うおおおおおおおお!?】

【ズボン、今のナチュラルすぎww】

【インゲンが照れたあああああ】

【これ絶対案件www】

【#文化的信頼関係】

【ズボンとインゲン、最高すぎる】

【今日の配信、尊さも文化だわ】


「おいおい、こんなとこで赤くなるなよ」

俺は小さく笑いながら、再び前を向いた。


インゲンも小さく咳払いして、カービンを構え直す。


「……さっさと行くわよ。

配信者は、いつでも冷静が基本なんだから」


言葉とは裏腹に、声がわずかに震えているのが、

後ろからでも分かった。


そんな掛け合いを挟みながら、

俺たちは慎重に、建物内部へと足を踏み入れていく。

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