第19話 あなたのファンです

「………………………」


 里野の周りだけ時間が止まったかと思った。


 その背後で建造物に隠れていた朝日が昇りきり、世界を明るく照らす。


「どうです。当たってるんじゃないですか」


「………………」


「沈黙は答えとみなしても良いですか」


「………いつから?」


「さっき。色々思い当たるところがあって、繋がったんです。……あの、俺貴方のファンです。握手………とかは恐れ多いのでしなくていいです。それはそれとして里野ぉ!!」


「ひいっ!!この人情緒が不安定!!誰か助けて!!」


「そりゃ不安定にもなるわ!!俺は怒っているんですよ!?だって、俺はあなたに命まで救われたと思っている。それなのにどうして急に俺のことをストーカーなんてしだしたんだおぉん!?憧れの人にね、急にそんなことされたらおれだって訳わかんないんですよ!!理由を言え理由を!!」


「あの、こんな事を僕が言うのも烏滸がましいと思うけど、落ち着こう?喋り方ぐっちゃぐちゃになってるから。敬語はいいよ」


「そうは言っても、貴方は俺にとって大切な人ですし…。そういう訳にはいかねぇんだよわかれオラァ!」


「神室くんの存在ってありがたかったんだな。はやく帰ってきてほしいんだけど…仕方ない。ねぇ、仕切り直して話そうよ。キミと、僕のこと」


「そうしよう。何処か、人気ひとけの無い所に行きたいですね。あの、里野………さん」


「いいって、いつも通りで。エミ」


 気まずい空気が流れて、俺たちは歩き出す。


 さっきまでそれなりに近かった距離は、すこし遠い。人ひとりぶんあいた隙間に、5月の生暖かい風がふく。


「左に抜けよう。僕はこの街のことをよく知っている」


「ああ、それなら任せるよ」


「…その前に、腹ごなしに何か食べても良い?」


「まだ喰うんかい」


「そりゃ。だっておなか空いてきてて」


「そう」


 俺を連れ回して彼は、榊原和牛の串焼き5本、ソフトクリーム、専門店のおにぎり10個を購入。続けざまに祭りの屋台に繰り出し、焼きそばを3個、焼き鳥5本、フレンチドッグ3本、唐揚げにフライドポテトを5個ずつ買い込み、自販機でペットボトルの水とコーラを2本ずつ購入した。 


 そして。


「少し先に公園がある。そこで食べよう」


「いいけど…俺も荷物もちかよ」


「だって。全部持ちきれないんだもの。ソフトクリーム溶けちゃうから食べて。荷物持ちのお礼に」


「へいへい」


 観光地からそれて100メートルにも満たない、小さな公園。


 あっという間に、人通りがなくなって静かになった。


 遠くから聴こえる賑わいがまるで異世界の出来事のように聴こえ、広い平野にわずかな人家と広大な田んぼが広がっている。


「ほんとうに静かだ。こんな所あるんだ」


「榊原市は観光地だけど、ヒトの住む場所としては質素だから。辛いことがあったら、よくここに来てた」


「配信で言ってたブランコって、ここの事?」


「そんなこと、よく覚えてるね。…僕はもう忘れちゃったよ」


 ビビットカラーでカラフルに塗装されたブランコに、2人並んで座る。


 ところどころ錆びていて、揺らすたびに、不安を煽るような金属の擦れる音が聴こえる。


「……どうして、僕が水無月pだとわかったんです」


「大まかに言えば、そうだな。音楽が得意。お金持ち。閉じこもって暮らしてる。社会性が無い。それらを総合的に組み合わせた結果、こうなった」


「え、なんか失礼じゃない?それ。……もしかして、配信での声を、覚えていたりしたの」


「うん。決定打はそれかな。俺はあなたの根本の部分を嫌いになり切れなかった。それは何故なのか、ずっとそれが引っかかっていて」


「…そう。まだ僕のことを覚えている人が居たんだ。とっくに忘れられたとばかり」


「そんなこと言わないでくださいよ!俺はまだ待ってるんです。こうして会ったのも、きっと何かの運命だ」


「…………そうだね。あのさ」


「なんです」


 串物を全滅させた里野は口を拭いて、日の昇る方をぼんやり眺めながら、ブランコを揺らす。


「キミは、僕の歌のどんな所が良かったの」


「しんどい時に聞いたので。そのおかげで生きようと思ったんです」


「"ご両親"のことと、関係があるの」


「………そうです」


 どこか、辛そうにしている。


 彼の活動は、三年前にピタリと止まって以降動いていない。


 親が厳しいから、合間を縫って曲を作っているのだと彼は言っていた。


 雑談配信の規模が二、三人だったころから短い配信に入り浸って、そして、曲を何度も聴いた。


 発表された7つの曲は、今ではたくさんの人聴かれていて、多くのファンを獲得している。


「……………ふぅ。美味しい」


 焼きそばとおにぎりを消滅させた彼はペットボトルを開けて、水とコーラを飲み干す。


「円月っていうアカウントでコメントしてたの、もしかしてキミだったの?」


「え!いや、そうだけど…だから俺に急に近付いていたのかと」


「違うよ。キミに近づいたのは別の理由がある。そしてエミ、あなたの言う通り。好きとかどうとか、全部ウソだよ」


「え。えぇ……そうなんですか。ちょっと寂しいな」


 唐揚げとフライドポテトを口に放りながら、里野は強くブランコを漕ぎ始める。


「エミ。キミのこともいろいろ聞きたい」







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