レストランにて
ミーシャさんに案内して貰ったレストランは、案の定知っている店だった。
「教えて貰ったって言ってましたけどもしかしてライラック先輩にですか?」
「え、ぁー……へへ」
何故か照れながら、彼女はドアを開く。ごく一般的なレストランで、平民でも立ち寄りやすい印象の店だ。
すぐにウェイトレスが俺達に気付き、テーブルへ案内してくれる。
対面に座って、メニュー表を二人で眺める。
「おすすめは何ですか?」
「えっとね~、お肉料理が美味しいから……これとか」
「カルムジャッカロープのステーキ……確かに美味しそうですね」
「あとこっちとか」
「ブルバーンポークのシチュー……良いですね。これにします」
正直ステーキは昼には重い。ミーシャさんも注文を決め、メニュー表を閉じると、見計らったかのようにウェイトレスがやって来る。手短に注文を済ませ、ウェイトレスが持って来た水に少しだけ口を付ける。
「今日はどうして誘ってくれたんですか?」
「親交を深める為? 姉弟になる……って正直実感無くてさ。シグルゼ君の事少しでも知れたらなって」
「そうですか。ありがとうございます」
ミーシャさんなりにきちんと家族になってくれようとしているらしい。なのに俺は、遠ざけようとしている。家から出ようとしているのもそうだ。俺にはその資格はない。
たまたま拾われただけの俺と選ばれた彼女とでは雲泥の差だ。最初から俺は後継として養子に取られた訳じゃない。周囲に養子だからともてはやされそして期待外れだと失望した。二人は最初から魔力の無い俺を養子にするなんて思っていないはずだ。そもそも彼女達の眼であれば最初から俺が魔力を持ちえなかった事を解っていたはずだ。
どうして俺を養子として迎えたのか、どうして俺を本当の家族の様に愛してくれるのか。
俺に返せるモノなんて無いというのに。
「……シグルゼ君?」
「すみません、何か話してました?」
「ううん。何も。暗い顔だったから気になって」
ミーシャさんは魔力回路が特殊だから選ばれた。最初から後継なんてモノでない俺と違い、ミーシャさんはその為に生きる事になる。なら、俺は何をすれば良いのだろう。何をすれば、返した事になるのだろう。
この恩を、この愛を、どうすれば良い?
「ミーシャさんは……二人と話して緊張するんですか?」
「めちゃくちゃするよぅ」
「二年経ってるって言ってましたよね」
「二年程度で慣れる訳ないぃ……失礼な態度取ったらどうしよってずっと考えちゃう」
「……そんなものですか」
「シグルゼ君は……えと、緊張とかしないの?」
「物心ついた頃から二人の顔を見ていたので」
「そうだよね。今更緊張なんてしないよね」
確かに権力は持っているだろう。リーシャさんが大魔法使いと呼ばれる所以を考えると末恐ろしく思うが、しかしその実態を見れば大抵のヒトは肩透かしを食らうだろう。
本人があれでは威厳もへったくれも無い。尊敬は出来るが憧れは抱けない。
「俺はミーシャさんを養子として迎えるという話しか聞いてないんですが、確かあの二人は俺を世話する辺りからミーシャさんの事をしばしば見守っていた、というような話をされていたんですが、心当たりはありますか?」
「え? 何それ初耳なんだけど……ぱぱとままは知ってたのかな」
「恐らく。もしかしたら最初から決まっていた事だったのかもしれませんね」
「…………そっか。でも、うん。それでも私は愛されてたって解るから大丈夫」
「そうですか」
いや、嘘を吐いているのではと思った訳じゃない。そういえば、と今思い出して気になっただけ。別に意地悪で言ったとかそういうのじゃない。家族になろうと歩み寄ってくれているヒトが吐くような嘘じゃないだろうし、それにあの二人の事だ、本人に全く伝えていないなんて事はあり得る話だ。
「何の為に──ミーシャさんは養子になる事で、何かになれ、と言われましたか?」
「えと、継いでって」
「……………………そうですか」
継ぐ。耳が痛い言葉だ。何も残せない負け犬の癖にな。
「お待たせしました」
と、ウェイトレスが頼んだ料理を運んでやってくる。俺のシチューには付け合わせのパンもある。浸して食べろ、という事だろうか。
「とても美味しそうですね」
「食べよっか」
「はい」
短い祈りを捧げ、スプーンを手にしてシチューを掬い口に運ぶ。
「……シグルゼ君の言う古代魔法って何?」
「
「疑似魂……? ホムンクルスとは違うの?」
「確かに似通ってはいますが、根本的な術式の骨子が異なります。聖方を用いて魔力を用い魂の真似事を行わせ、肉体の枷を与える事で定着させるのがホムンクルスの簡単な概要ですが、
「エーテルに担わせる? エーテルに干渉するって事? それはでもヒトじゃ無理なんじゃ?」
ヒトはエーテルには干渉出来ない。それは全人類の共通認識だろう。だが、
「現代魔法は聖方魔法を元に作られた新たな魔法式です。聖方は古代魔法に含まれず、また、魔法という本来無限大の可能性を秘めているモノをヒトが簡単かつ安全に扱えるように調整しフィルターを掛けたモノです。故に現代魔法、または聖方魔法を扱う事しか出来ない今のヒトではエーテルを操作出来ません」
「古代魔法はエーテルを扱えるって事?」
「はい。ですが、数千年掛けてヒトは聖方魔法に適応しました。過去と現代ではヒトの魔力回路や炉心の規模は全く別物なんです。だから、起動するにはただ再現するだけではいけない」
そう、一番問題視している部分はそこだ。例え魔法陣を再現したとしてヒトにそれを扱えるだけの機能が無い。それを補強する何かがなければいけない。だが俺にはその見当がついていない。
ヒトに足りない部分を魔法陣で補うしかないのだが、どうすれば良いのか……。
「なんだか難しいね。リーシャさんにも相談したの?」
「いえ、自分の力でやらないといけないと思うので」
「そか」
食事をしながら、そんな話を続ける。俺の目的、ミーシャさんの目的は一応ははっきりした。
だが、魔法のもっと細かな詳細は伏せてしまった。それが異端である事も含め、禁忌指定されるかもしれない事を含め、その全容は明かせなかった。
唯一知っているのは、魔法学校長のみだ。あのヒトの目的は知識の蒐集。しかしそれは彼が識るためではなく、未来への保存の為。人類が立ち止まった時、過去を振り返る時に知識が無ければならない、と彼はあらゆる知識を魔法学校に蒐集しようとしているのだ。
一体彼には何が見えているのだろう。そういえば、リーシャさん達が司書を務める図書館も元々は学校長が作ろうとしていたモノだったはずだ。
「しかし美味しいですね、これ」
「ふふん、でしょでしょっ」
とても嬉しそうにする彼女を見て、このヒトが後継なのか、となんだか感慨深いような、変な気持ちになっていた。
後継なんて必要なのだろうか。現代魔法を生み出し広めた彼女達の称号を継ぐなんてヒトには不可能に思うのだが……。いや、俺が言えた事じゃないな。一度はその気になったんだ、見苦しいにも程がある。
魔法が使える様になったら、と。それが恩を返す事なんだ、と。そう思っていた事もあった。
解っている。例え
だが、それでも両親の遺志は継げるはずだ。俺が生まれた意味はきっとそこにあるはずだ。
起動さえ出来れば、俺は──きっと意味を見出せるはずだ。
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