第4話 デート
帰り道でのメッセージのやりとり。そこで決まった「駅前、十一時半」という二つの単語だけが、咲良さんとの「遊び」のキーワードだった。それ以外は何も無い。俺なりにやることを考えてはいるが、プランの擦り合わせなんかやっていない。まあ、時間が時間なので昼食を食べてからなにかする、くらいに落ち着きそうだ。
こういう時に最も困ることはなにか。それは単純、格好である。何を着るか、髪はどうするか──そもそも俺でいいのか。まあ、こういう時は無難を目指した方がいいに決まっている。俺は家にある服から無地のものを集め、最も合う組み合わせを探していく。シャツにジャケットに長ズボン。とにかく合わせに合わせまくって最適な服を見つけ出す。そして、シワをしっかり伸ばし、最低限の見た目に仕上げる。髪も自然な感じにセットし、少なくとも女子に会える姿にはなった。あ、いや、少し整髪料を付けすぎたような……?それに、この服は春っぽくないのではないか……?などといったネガティブをどこかへと振り払い、ふぅと一息をついて覚悟を決める。
とはいえ、俺は今の今まで女子とサシで遊びに行ったことがない。すなわち勝手などわかるわけが無い。つまりは、今の俺にあるのはネットで得た情報と想像上の知識しかない。俺は、必要になるんじゃないか、と思い昨日のうちに準備しておいたバッグを肩に掛け、黒のスニーカーを履いて家を出た。
日は既に高く上がっていた。春の十一時を体現したかのような気温と、清々しい風が家前の路地を吹き抜ける。心の中にあった不安感はいつの間にか拭われ、その一部が自信に変わっていった。
待ち合わせ場所の駅前に到着するも、咲良さんの姿はない。良かった。「女子より遅く来るタイプの男子」は避けられたようだ。安心感を覚え、歩みを止めると、すぐに咲良さんが手を振ってやってきた。彼女は白のブラウスに紺のロングスカートを合わせた清楚なコーデでやってきた。ボブカットに青い瞳が映える。ハッキリ言って、俺が見るには勿体なさすぎる美しさだった。
「柊真くん、早いね……!」
「いやいや、咲良さんも十分早かったよ」
「えへへ、そうかなぁ……?」
少しおどけたような表情をした彼女に、やはり心が躍る。なんと罪な少女だろう。俺は「好き」という感情を押し殺しながら、ゆっくりと二人の時間へと身を投じていく。
最初は、予想の通りに食事をすることになった。高校生二人が行ける店などたかがしれているが、SNSで「初デートに安いイタリアンチェーンを選ぶやつはナシ」という情報を目にし、それを鵜呑みにしてしまうのが恋愛経験の無さを物語っている。
「なにか食べたいの、ある?」
優柔不断な男は良くないが、それ以上にデート相手の希望を聞けない男も良くない。俺は咲良さんに軽い感じで訊いた。
「えー、洋食かなぁ」
──困った。生憎この商業施設には洋食メインのファミレス店舗がなかった。付近に住んでいるとはいえ、越してきたばかりの咲良さんがそんな希望を出すのも無理はない。
「えっと……オムライスとかどう?専門店があるんだ」
俺が無理した声色で提案すると、咲良さんは笑顔で「いいね!」と言った。ハッキリ言って、その店は安い方ではない。しかも、高校生男子の財力では、高校生男子の腹を満たせない。いや、満たそうと思えば満たせる。俺は特殊なことに家を任されている。そんなこんなで、ある程度はお金を持っているのである。
とは言っても、別に大金を常に持っているというわけではない。大抵の生活に必要なものは親がネットで注文して家に届く。食事については自由ではあるのだが、それはつまり食事代とお小遣い以外は手元にないのである。食事代と言ったって、一日千二百円程度。割と贅沢できると思えるかもしれないが、朝食を食べるなら一食四百円である。正直しんどい。
話を戻し、オムライスである。当然、こういうタイプの店の値段は一皿千円を軽く超えてくる。これが困る。後で安い菓子パンでも食えば空腹の帳尻は合う。しかしそれで良いのか?少なくとも栄養バランスは最悪だよな。
「大丈夫?お金とか」
要らぬ心配をかけただろうか。しかし、咲良さんは困ったような表情で言葉を返した。
「まあ、私たちにとっては少し高いかもだよね」
咲良さんはワンテンポ置いてから言葉を続けた。
「でも、今日はお小遣いたくさん用意しておいたから!大丈夫!」
その屈託のない笑顔を見た途端、「ああ、今日は気にしなくたっていいんだな」という安心感に心がホッとした。俺たちは並びすぎていない店前の椅子に腰掛け、順番を待った。
◇ ◇ ◇
十二時過ぎ、俺たちは店へと入った。渡されたメニューを見ると、やはり高校生にはグサリと刺さる値段だ。たかが千円から千五百円程度であるが、正直ポテトやドリンクを頼む余裕をもたせられる値段ではない。なんせ、ドリンクなんか四百円もするのだ。
俺と咲良さんは、それぞれデミグラスとケチャップのオムライスを頼んだ。
◇ ◇ ◇
しばらくして、料理が運ばれてきた。青ざめる顔に対して、黄金の卵がコントラストを形成する。オムライスをソースと絡め、恐る恐る口に運ぶ。
──美味い。味覚というものは心ここにあらずな状況でも動いてくれるものなのだ。例え味の深みまで分からなくても、「美味」という感覚はきっちり深く刻み込まれる。
「そういえばさ、この前の体育のソフト、凄かったね」
俺は話題を作ろうと、先日の様子を話題として振った。
「え……?ああ、見ていたんだね」
咲良さんは少し困惑したような表情をしてからそう言った。失敗したーっ!! と叫びたくなる気持ちを抑えながら、なんとか表情を変えないように試みながら言葉を続ける。
「あっ……えっと、たまたまチラっと見えてね」
「いいよいいよ。そんなヘンに言い訳しなくたって。ここに二人でいるってことは、気になっているってことだろうからね」
「うっ」
咲良さんの言葉が心にグサッと刺さった。図星である。咲良さんにはお見通しだ。
「で、でも、スゴかったのはホントだし」
「そうかい? やれることをやっただけだよ」
やれることをやる、が周りの女子を圧倒することなのか、と衝撃を受ける。
日常の出来事をたちを共有する、そんな雑談が続く。その度に「あっ、失敗したな」とか、「上手くいった」とか一喜一憂する。少しでも自分のことをよく見せようという等身大の感情が、普通に過ごす自分に疲れをもたらす。
そんなことを続けていると、いつの間にかラスト一口まで到達してしまった。咲良さんのペースに合わせていたからか、ほとんど同時に食べ終わることが出来た。
「──ごちそうさまでした」
そう言うと、咲良さんは財布を取り出した。俺はそんな彼女に強がって「奢るよ」と言った。
「奢る?大丈夫だよ」
「だ、ダメだよ」
「いや、こっちがダメ。高一が奢るなんて申し訳ないとかそういう次元超えてる」
「な、情けねえ、俺……」
「ううん、そんなことない。強がりでも『奢る』って言った柊真くんはかっこいいよ」
フォロー力も凄まじい。咲良さんはそう言って自分の代金を渡してきた。──なんて大人なんだ、ただただそう感じた。
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