第44話:冒険者ギルド

 冒険者ギルドの前に立った俺たちは、しばしの沈黙を挟んだ。


「思ってたのと違う……」


「思ってたのと違います……」


 俺と美咲の言葉がほぼ同時に重なり、互いに顔を見合わせる

 レオンがそんな俺たちを見て、肩をすくめた。


「ハハハ。確かにフィロリアの冒険者ギルドはちょっと特殊かもしんないです」


 俺たちの脳内にあった”冒険者ギルド”のイメージは、おそらく似通っていたのだろう

 例えば、街の中心部に建っていて、荒くれ者が集まる場所だから頑丈な造りをしていて、酒場を兼ねているため入りやすくもある、そんな印象。


 だが、目の前の建物は、そのどれとも違っていた。


 まず場所がおかしい

 大通りから遠くはないが、ここは城壁の間際だ。この建物は一部を城壁にめり込ませるように造られていた。これは多分、城壁の外にも抜けられるようになっているのかもしれないな。


 そして見た目

 酒場のような喧騒を感じさせる雰囲気はまるでない。どちらかといえば、機能的な軍事施設といったイメージ

 無駄な装飾はほとんどなく、中央に座すのは重厚な鉄の門扉。扉の上に設置された鉄板に"冒険者ギルド"と書かれていなければ、兵士や衛士の詰所か何かと見間違えてもおかしくない。


「レオンさん。ギルドは酒場と一体化してたりしないんですか?」


 美咲が少し期待するように尋ねる。


「あ~。他の街だとそういう冒険者ギルドも確かにありますが、フィロリアは違いますね。近くに酒場はあるっちゃあるので、そこでたむろしている冒険者も多いですよ」


 なるほど

 つまり、冒険者ギルドは純粋に機能的な施設であり、酒場の役割は近隣の店舗に任せているというわけか。


「まるで軍事施設だな」


 俺が率直な感想を述べると、レオンは笑いながら頷いた。


「ある意味、それで正解なんですよ。フィロリアは国境を守る城塞都市ですし、奈落の森も近くて魔獣への警戒も必要ですからね。有事の際には冒険者も貴重な戦力になるってわけです」


「ということはやはり、城壁の外、街の外側に向けての出入り口もあるってことですか?」


「その通りです。外で活動した冒険者は、そこを通って街に入ることもできますね。一般の人は門前払いされますけども」


「まあ、当然ですね……。しかし考えてみると理にかなった構造ですね」


「ええ。便利そうです」


 美咲も感心したように建物を見上げる。


「普通の街だと、治安維持を兼ねて冒険者ギルドを街の中心地に置きますけど、フィロリアの場合、外敵に対する保安維持ってのが役割として優先されているんですよ」


 なるほど、実に合理的だ

 改めて冒険者ギルドの建物を見直してみると、気楽に入れる雰囲気はなく、確かな威圧感を感じる

 美咲に視線を向けると、彼女もまた入りづらそうな表情を浮かべていた

 レオンも、冒険者ギルドには慣れてはいないのか、いつものように先導して入ろうとはしない。


 ここは俺が……と、一歩踏み出そうとした、その時だった。


 ズズズ……


 鈍い音とともに、重厚な鉄門がゆっくりと開いていく

 思わず身構えると、そこから現れたのは──。


「……あれ? ナオヤ! ナオヤじゃないか!」


 聞き覚えのある声とともに、俺の視界に金髪の女性が飛び込んできた。


「セシリアさん!?」


 思いがけない再会だった

 冒険者ギルドの扉の向こうから、セシリアが俺たちの前に姿を現した。彼女の顔には驚きと、それ以上に安堵の色が浮かんでいる。


「決闘の後すぐ消えてしまったから、何事かと思ったが……本当に無事でよかったよ。突然のことだったから、少し心配していたんだ」


「ああ、あの用心棒“クマ”って名前だったろう? それで“熊をワンパンで倒す”が達成されたことになってな。現実世界に戻ってしまったんだよ」


 俺が簡潔に説明すると、セシリアは納得したように頷いた。


「だが、今はここにいる。それはつまり、またアチラ側で“嘘”をついたってことか?」


「いやまぁ、そうなんだが、詳しい話はまた後でな。ていうか、セシリアさんは何でここに?」


 セシリアは扉を閉めてこちらに向かってくると、小声で話しかけてきた。


「赤鉤団が解散して、村の危機は去ったからな。そもそも私は、村に盗賊団の調査として来ていたろう? 特に村に被害はなかったし、近くに盗賊団はいなかったと、ギルドに報告に来ていたんだ」


「それにしても、随分と早いですね。出発したのは今朝じゃないんですか?」


 レオンが不思議そうに尋ねる。


「ああ。今朝がた村を発ったんだが、赤鉤団の馬を借りることができたからな、昼には着いていたよ」


 なるほど

 馬なら常足で5キロ~6キロくらいは出るだろう。村からここまで30キロだと考えれば、馬の脚なら5時間から6時間。速歩なら、その半分もあれば着くな。


「それは羨ましいですね~」


 レオンが羨望の目を向ける中、セシリアが俺の方に振り向いた。


「ときにナオヤ。聞いておきたいんだが……」


「なんだい?」


「その娘は誰だ? そしてなぜ私のことをそんな鋭い目つきで見ているのだ?」


 セシリアの視線の先には美咲がいた

 彼女はなぜか、険しい表情でセシリアを見つめていた。


「ナオヤさん。この人……金髪ですね」


「……あ」



 俺はセシリアに今回の嘘のことを説明した

 なぜ自分がこの世界に戻ってきたのか、そのきっかけとなった嘘の内容、そして、その嘘をついたときに思い浮かべたのがセシリアだったことを正直に話す。


 セシリアは腕を組み、じっと俺を見つめると、少し考えた後に肩をすくめた。


「なるほどな。ナオヤの想い人として思い付いてもらったことは光栄だが、嘘であることを考えると、複雑な気分でもある」


 セシリアは苦笑しながら呟く

 その言葉に、美咲は腕を組み、顎に手を当てて考え込んでいる。


「そっか……。嘘ってことは、安心? いやでも、第一候補ではあるわけですし……」


「しかしナオヤも隅に置けんな。このような愛らしくも美しい女性に想いを寄せられているとは、冥利に尽きるのではないか?」


「からかうなよ。年が離れすぎているし、俺はそういうのには疎いんだ」


「ナオヤは朴念仁っぽいからな。これは美咲殿も苦労しそうだ」


 美咲は視線を落としながら、どこか複雑そうな表情を浮かべている。


「やっぱり気安い間柄なんですね……羨ましいです」


 その言葉に、セシリアは少し驚いたような顔をしてから、穏やかに笑った。


「肩を並べて戦った仲だからな。だが、男女の関係というわけではないのだ。美咲殿、安心して良いぞ」


 その一言に、美咲はハッとしたように顔を上げた。


「ごめんなさい! 私ったら自分のことばかりで。あの、私、ミサキ・キタザワといいます。セシリアさんのお話はナオヤさんから聞いてます。是非、私のことは、ミサキと呼び捨てください」


 美咲はしっかりと頭を下げると、深く頭を下げたまま、右手をセシリアの方に差し出した

 うーむ。TV番組とかで交際を申し込む男子のようだ

 セシリアは微笑みながら、美咲の手を取った。


「無論だ。その申し出、ありがたく受けさせていただく。私は女性の友人が少なくてな。ミサキと仲良くできるならとても嬉しい」


 二人は固い握手を交わす

 ……何だろうな、この微笑ましい雰囲気

 寂しくなったので、俺はレオンの隣に行き、肩を組んでみた。


「なんっすか!?」


「まぁイイじゃないですか。仲良くしましょうね? レオンさん」


「はぁ。そりゃまぁ……」


 軽くレオンの肩を叩きながら、俺は気を取り直して本題に戻る。


「ちょうどいいや、セシリアさん。ミサキに冒険者登録させたいんだけど、案内をたのめるかな?」


「ミサキが? ナオヤではなく?」


「別に荒事をさせるわけじゃない。こちらの身分証を手に入れたいというのが第一の目的なんだ。俺は商業ギルドの方に登録したから、こっちにはミサキをと思ってな」


「なるほどな。確かに冒険者といっても便利屋みたいな仕事も多いし、問題はなかろう。いいぞ、案内しよう」


 女性の冒険者仲間ができるのが嬉しいのか、セシリアはニコニコしながら美咲の手をもう一度取り、ギルドの扉へと向かう。


「なに。恐れることはないぞミサキ。私がついている」


「はいっ! よろしくお願いします。セシリア先輩!」


「せ、先輩!? なんと良き響きか……! うむ、素晴らしい! これはもう、私の誇りとして受け止めねばなるまいな! そうだ、ミサキ、いつでもこの先輩を頼るがよいぞ!」


 先輩風が突風のように吹き抜けていた。

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