第39話:初めての異世界の街と道具店
城塞都市フィロリア。
その商業区域は、まさに異世界らしさを凝縮したかのような場所だった
街道沿いにはびっしりと露店が並び、色とりどりの品々が所狭しと並べられている
道幅は広く、馬車や荷車が行き交い、人々の活気ある声が飛び交っていた
行商人が大声で商品の売り文句を叫び、革のベストを着た男が大きな布を広げながら客引きをしている。
美咲はきょろきょろと辺りを見回しながら、感嘆の息を漏らした。
「すごい……! これぞ異世界の市場って感じですね……!」
俺もつい、興味津々であたりをキョロキョロと見回してしまう
鼻腔をくすぐる香ばしい匂いがしたので、そちらを見れば、串焼きを売る屋台が目に入った
獣肉のようなものを焼いているらしいが、香辛料が強く効いているのか、俺の知らない香りが漂っていた
遠目に見ても焼き加減は絶妙で、表面はパリッと香ばしく、肉汁が滴り落ちているのが見える
思わず唾を飲み込んだ。
「先輩……食べたいんですね?」
すぐに美咲が俺の表情を読んだらしく、クスリと笑った。
「そ、そんなことは……」
「今はお金がないですけど。後でもう一度来ましょうね?」
にっこりと微笑む美咲の顔を見て、俺は思わず視線を逸らしてしまう。
「……お前、本当に周りをよく見てるよな」
「ふふっ、先輩のことなら特に、です」
その言葉に、すこしドキッとしてしまったことを隠しつつ、俺たちは露店の通りを抜け、レオンの案内で職人街との境目へと向かった。
◆
「ここがその店です」
レオンが足を止めた先には、商業区域の喧騒から少し外れた路地の奥に建つ、こぢんまりとした店があった
看板には、堂々とした文字で”ファルズの目利き道具店”と刻まれている。
「なるほど……売り物に自信があるタイプの店主か」
俺はそう呟きながら、店構えを観察する
店の外観は質素だが、どこか威厳がある。装飾はほとんどなく、木製の扉と、控えめに設置された小さな窓から薄暗い店内が覗いて見える
大通り沿いではなく、路地裏にひっそりと佇んでいるあたり”知る人ぞ知る”といった雰囲気を醸し出しているた。
——こういう店は、往々にして当たりが多い
「さて、ファルズさんは暇してるかな?」
そういって、扉に手をかけたレオンを先頭に、俺と美咲は店内へ足を踏み入れた。
◆
店内に入った瞬間、ふわりと革と油の匂いが鼻をくすぐった。
棚には所狭しと道具が並べられている
雑多に置かれているようでありながら、実際には整然としているようにも見える
その不思議な陳列に、俺は思わず見入ってしまった。
見たこともない用途不明の道具や、形状からしてある程度の使い道が想像できるもの、さらには俺の世界にもありそうな工具類が混在している
例えば、木製の柄がついた謎の刃物。見た目は鉋のようだが、刃の角度が微妙に違う。 革製の袋に収められた針のセット。形が独特で、糸を通す部分が二重になっている
金属製の小さな歯車が組み合わされた機械部品らしきものもさえあった。
「先輩、これって……?」
美咲が指差したのは、どこか見覚えのあるペンチのような工具だった。
「おそらく鍛冶用の道具だな。形状は現代のものに近いけど、素材や加工技術が異なってるっぽいな」
「へぇ……なんだか、宝探しみたいですね!」
美咲の目がキラキラと輝いている
俺も無意識のうちに興味をそそられ、つい手を伸ばしそうになったが、目的は道具の購入ではない。手持ちの品を売って、資金を得るためにここへ来たことを思い出す。
「ファルズさーん。こちわーっす!」
レオンが先にカウンターへと進み、俺たちもその後に続いた。
◆
「なんだ。レオンか。何の用だ」
カウンターの向こうから現れたのは、髪を短く刈り込んだ壮年の男だった
無造作に整えられた灰色の顎髭と、厳つい顔つきが印象的だ。眼光は鋭いが、職人気質の落ち着いた雰囲気を持っている。左目には単眼の拡大鏡がはめ込まれており、右手には何やら細かい部品を握っていた。
レオンが軽く手を挙げる。
「今日は客を連れてきたんだよ」
「それは珍しいことだな。後ろのキョロキョロしている二人か?」
ファルズは俺と美咲に目を向ける。
「そうなんだけど……訳ありなんで、他言無用で」
「構わんよ。良い商売ができればそれでいい」
ファルズは肩をすくめると、手に持っていた歯車のような金属部品をカウンターの上に置いた
レオンが俺に向き直る。
「ナオヤさん。ファルズさんは信用のおける人ですし、客のことをおいそれと他に話す人じゃないですから、そのマント……脱いでも大丈夫ですよ」
俺は一瞬、ファルズの表情をうかがった
確かに神経質そうな職人ではあるが、客の身元を詮索するような性格ではなさそうだ。それどころか、自分の興味のあること以外は完全に二の次、といったタイプに見える。
ならば——。
俺はゆっくりとマントを外し、それを腕にかけた。美咲もそれに倣い、マントを取る。
「ほほぅ。随分と変わった格好をしているな」
ファルズは俺たちの服装をまじまじと見つめた
レオンがちらりと俺を見て、目で問いかける。”渡界者”であることを話してもよいか、と
俺は小さく頷いた——ここは隠すべきところではない。
「ナオヤさんは”渡界者”なんですよ。カドアビの村の恩人みたいな人でね。良くしてやってくださいや」
ファルズの眉がわずかに動く。
「そいつは珍しいな……」
何かを考えるように沈黙したが、すぐに思考を切り替えたのか、低く唸るように問いかける。
「それで? お前さん。何か入り用なのかい?」
「いえ。買い取りをお願いしたいんです」
「ふむ。それは……向こうの世界のものってわけかい?」
この言葉に俺は少し驚いた
まるで当然のことのように言われたが、俺が何も言わずとも”向こうの世界”の品物だと察したというのか?
「え、ええまぁ。そうですね……随分と察しがいいんですね」
「とりあえず、見せてみな」
ファルズが腕を組み、カウンター越しに俺を見つめる
俺は収納袋を手に取り、その中から一振りのナイフを取り出した。
——アウトドア向けの剣鉈。土佐刃物の逸品だ。
黒打ち仕上げの刃は、鍛造の力強さを感じさせ、研がれた刃先以外の部分は黒く燻され、独特の風格を持っている。高い硬度と粘り強さを兼ね備えた鋼で鍛えられ、刃渡り10センチほどの実用的なサイズ
俺は、その持ち手にパラコードを巻いて、自分好みにカスタマイズしていた
手縫いの革の鞘も、使い込まれた味が出ていて、実にいい風合いだ。
俺は”正直惜しいが”と思いながらも、断腸の思い出それをカウンターにそっと置いた
これ一つを売るわけじゃない
だからこそ、最初の一品目は自身のあるものを出して、俺という客の価値を高めたかった。
「これは……実に見事なナイフだ……」
ファルズは片眼の拡大鏡を付け直し、身を乗り出してナイフを観察する。
「手に持ってもよいか?」
「ええ。構いません」
ファルズは慎重に剣鉈を持ち上げ、いろいろな角度から光に透かすように観察する。鋼の波紋を見極めるように目を細め、刃を指先で軽く撫でた。
「やはり……素晴らしい」
呟くように言ったファルズに、俺は少し違和感を覚えた。
「やはり?」
「……ちょっと待ってろ」
そう言い残し、ファルズは店の奥へと消え、しばらくすると、手に一本のナイフを持って戻ってくる。
「これはな。3年ほど前に買い取ったナイフなんだが……」
俺にナイフを渡してくる
受け取った瞬間、手にしっくりと馴染む重量感。
——刃渡り12センチほどの細身のナイフ
一見して鍛造であることが分かる
刃には微細な波紋が刻まれ、使い込まれているが美しい仕上がりだ
そして、刃の根本に刻まれた銘を見た瞬間、俺は息を呑んだ。
「千歳
俺の声に、美咲が興味を持ったように覗き込む。
「ちょ、ちょっと待ってください! これって……日本語!? え、なんでこんなところに!?」
俺はナイフを見つめながら、胸の奥で何かがざわめくのを感じていた。
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