■■になりたい皇女さま!
棚木 千波
プロローグ
「ねぇサーシャ。聞いて欲しい事があるんです」
「……なんでしょうか、姫様」
煌びやかな部屋で、ティータイムを嗜む乙女が私に声をかける。
彼女の名はスレヴィア・グラン・オベイル。この国の王位継承順位三位を持つ皇女であり、帝国の花とも称えられる人物だ。お世話係を務める私、サーシャの主でもある。
ロールさせたピンクの髪。透き通った水色の瞳。白いティーカップを持ち上げるだけで絵になるような、そんな麗しい少女は。
「私、やっぱり奴隷になりたいの」
ニコリと笑って、そんなことを宣った。
「…………申し訳ございません、姫様。私としたことが聞き逃してしまったみたいです。もう一度、仰っていただいてもよろしいですか?」
「そうね、正しく言い直します。私、やっぱり性ど――」
「こちらマカロンでございます姫様ァ!」
一緒に用意していたお茶請けの1つを投げ込んで口を塞ぐ。それ以上言わせてなるものか。
「(もぐもぐごっくん)……ちょっと、何をするんですかサーシャ。少し夢について語っただけなのに」
「それならもう少し健全な夢でお願いします。姫様が日々の習い事や公務に精を出しているのは存じていますし、そのお疲れもあるとは思いますけども」
「うん、そうなの。だからご褒美として私にも精を出して貰ってもいいと思いませんか?」
「……代わりによく効くお薬を出してもらいましょう。こう、記憶が吹き飛ぶくらいの奴をですね」
「そ、そんな激しいものを……?!」
ああ言えばこう言うなこのお姫様。物理的制裁で記憶が飛ばせるなら既に実行に移してる所だ。
「そもそもなんで、とは聞かない方がよろしいですね」
「そんなの決まっているでしょう? 己の全てを他者に委ねられて、それでいてあんなに求められてしまうなんて……! はぁ、こうして想うだけでドキドキしてしまいます……!」
「姫様、絶対に外でこんなこと言わないでくださいね。もし不埒な輩に聞かれでもしたら……」
「その方が私のご主人様になりますね」
「なりません。というかさせません」
朱に染めた両頬を手で押さえてクネクネしている姫様にピシャリと言いつける。恋する乙女みたいなムーブなのに、思考の中身がピンクすぎていた。
☆
別に元からこんな末期だったわけではない。その始まりは姫様が15歳になった年のことだった。
帝国の皇族に連なる者には異能が宿る。それは第三皇女であるスレヴィア様も例外ではなかった。
広く普及している魔法ともまた異なる力の名は
人知れず力を発現させたスレヴィア様は、色々なモノに力を試していたそうだ。家具や花や小鳥たち、そしてお守り中にうたた寝していた私にも。
『っ?! ……わた、しは……転生、している……?』
聞けば人に力を使うのは初めてだったらしい。そのせいか、彼女は誤って私の記憶の奥底にまで手をかけてしまった。私自身も知らずに眠らせていた、前世の記憶に。
それはとても大きなショックだった。突然今世の倍以上の記憶を思い出した事。その前世で自分は男だった事。そして忘れ難い死の経験。あまりの情報量に、混乱するなという方が無理だった。
『なに……? サーシャ、何なのですか、これは……?』
『ひ、姫様……』
けれど目の前で苦しむ主を見て、私は優先順位を変えた。
まだ子供である姫様にはあまりにも刺激が強すぎたのだ、無理もない。何が何だか分からなくなっているだろう彼女を、私は必死で介抱した。
『姫様、お気を確かに! それはただの夢です。私もここにいますから、どうか落ち着いてください!』
『そう、なの……? じゃあ、どうして……』
呆然したままの姫様を抱きしめて、安心するよう言い聞かせる。守るべき主を怖がらせてしまった罪悪感に苛まれていると、姫様がうなされながらも呟いた。
『どうして……女の人が、は、はだかで、捕まっているのですか……?』
『…………え?』
『綺麗な女の人が……沢山の殿方に……ああっ、そんな乱暴な……!』
『待ってください姫様?! 今何を見ているんですか?!』
予想外の反応に私までパニックを起こしたみたいに叫んでしまった。
自らの記憶を覗かれた事は直感で分かる。けれど前世でそんな経験など全く覚えがない。ならこの顔を赤くしたお嬢様を悶えさせているのは一体なんだ。そもそもなんで悶えてるんだ。
『人じゃないみたいに、いいように……。ああもう、自ら望んで、そんな事まで……!』
『……ま、まさか。前世の、私の……?!』
色んな意味で痛む頭によぎったのは、前世の自分の趣味嗜好だ。あの時によく買っていた薄い本の傾向が、確かそっち方面だったような……。
『でも……皆さん、あんなに、幸せそうな、表情で……』
『違います姫様?! それは作り物、悪い夢です! すぐに忘れてください! お願いですから!』
なんだか怪しい目になってきた姫様を慌てて揺さぶる。
過去の自分の性癖が暴露された事もキツいが、このままでは清い少女の性癖まで歪んでしまう。というかなんでピンポイントでそこの記憶を……?!
『ああ……そういうこと、だったのですね……。幸せとは、私の身とは、この為に………………』
『ひ、姫様ァァァァァァ?!?!?!』
しかし私の訴えもなす術なく、姫様はどこか悟ったような顔で気を失った。出来ればこの時の記憶も一緒に失っていて欲しかったのだが、そうはならなかったのである――。
☆
「はぁ、どうしてこんな事に……。いえ、私のせいではあるのですが」
それ以来、皇女以前に淑女からもかけ離れた望みを姫様は宿してしまったのだ。
やれ奴隷になりたいだの、殿方に滅茶苦茶にされたいだのといった破滅願望。皇帝夫妻が聞いたら卒倒ものな願いを、姫様は今日も口にしているのだった。なんで連日連呼してるんだこの人。
「もうサーシャったら、また疲れた顔をして。折角の美人が台無しですよ?」
「姫様がもう少し節度を持ってくだされば、マシになるかもしれませんね……」
覆せない過ちを思い返していると、私をみかねた姫様がこちらを覗き込んできた。
「でも、前世のあなたは好きだったんですよね? ――今の私みたいな、王女様が」
「っ……! 今の私は、違いますから!」
からかってくる姫様から目を背ける。
今の私は身も心もれっきとした女性だ。それでもドキリとしてしまう位には、今の姫様は危ない魅力に満ちていた。
「大丈夫ですよサーシャ。私はあなたの仲間です。私だけはあなたの趣味嗜好を理解しています。だからその時が来たら――二人で一緒に、堕ちるところまで墜ちていきましょうね?」
「私にそんな趣味はないんです! そもそもそんな事には絶対させませんから……!」
ハイライトをつけ忘れた瞳で妖しく誘う姫様。もう傾国とか淫魔とかその類の笑みだった。
「相変わらず照れ屋なんですから、サーシャは。もう少し正直になってもいいんですよ?」
「姫様が秘めなさすぎるんです。どうかこの事はご内密に、墓まで持っていってください。お願いですから」
「ふふ、嫌です」
キッパリと断った姫様が椅子から立ち上がる。机には、飲み干されて空っぽになったティーカップだけが残されていた。
「例えばだけど、敵国への人質として私が身を差し出すとかどうでしょう? そうすれば皇族の身分のまま、私たちの望みを叶えられそうだと思うのだけど」
「何を想定しているんですか姫様は。というか私はそんな事を望んでいないと何度申したら……!」
「もしかして、付いてきてくれないのですか?」
「万が一そんな事になったらお供しますが、それはあくまで従者としてであって――」
必死に言葉を紡ぎはするが、いたずらに笑う姫様に果たしてどれだけ届いているだろうか。
そんな感じで、はっちゃけてしまった姫様は常に本気だ。本心から薄い本みたいな展開を望んでいるし、ついでに私もそれに巻き込もうとしている。
それを回避すべく、今日も私は戦い続ける。
姫様がありふれた平凡な幸せを享受する、その日まで――。
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