17 困惑
「チアキ、ルキフェル、今回はお手柄だったね。君たちのおかげで事件は収束を迎えた。素晴らしい働きだったよ」
千晃とルキフェルは放課後の生徒会室でフレデリクと向かい合っていた。
「あ、ありがとうございます。偶然が重なった結果です」
「ふん、当然だな」
千晃は礼を言いつつも、どこかそわそわとしていた。どうにもむずがゆかったのだ。
「そんなに謙遜しなくていい。結果を出したのだから誇るべきだ。君たちは自らに降りかかる火の粉を払い、真実を示すだけの力があった。大事なことだよ」
「はい」
フレデリクは重ねて褒めてくれるが、千晃にはやはり巡り合わせが良かったとしか思えなかった。自分が真実を手繰り寄せたのでなく、たまたま真実に繋がる手がかりが自ら飛び込んできてくれただけのように感じていたからだ。
「――うん、君は素晴らしいよ、チアキ。自分に与えられた機会を上手く利用できる人はなかなかいない。それも、君はハンデを負いながらもやってみせた。やはり、君には力がある。……とても良いことだ」
「い、いやあ……」
フレデリクはどこか思案するようにそう言って、口角を上げた。鮮やかな青の目が千晃を真っ直ぐ見据えている。
どうやら、彼は今回の一件で千晃のことをとても評価してくれたようだ。千晃は居心地の悪さを感じながら、愛想笑いをした。
「そ、そうだ。結局……カロンはどうなるんです?」
表情を引き締めて、千晃はフレデリクに問う。カロンをフレデリクに託して以降、カロンがどうなったのか千晃には未だわからないままなのだ。
「ああ。彼には処分が下される」
「処分って……?」
「そう重く捉える必要はないよ。何だかんだ、彼の起こした事件による被害は少ないからね。どれも教会関係者の近くで起きたものだから、すぐに対処できたことが大きい。そこまで厳しい罰にはならないよ」
フレデリクの言い方は曖昧で、カロンが具体的にどうなるのか千晃にはわからなかった。
しかし、フレデリクの言い様からするに、斬首だとか拷問だとか、そういうことにはならなさそうだ。この世界の刑罰がどうなっているのだか千晃にはわからないが、最悪を想定していた彼女にとっては、ひとまず安心できる言葉であった。
「ふふ、それに、君たちがまず僕に言ってくれたことも良かった。おかげで色々と手間が省けたよ」
「……?」
千晃が首を傾げると、フレデリクは微笑んだ。
「いや、気にしないでくれ。……じきにわかることだから」
フレデリクは意味深な言葉を残すと、あっさりと話を切り替えた。
「それで、もう一人の功労者についての話だけど」
「エゼキエルですか」
「そう。学園での二回の事件、被害を抑えられたのは彼の尽力あってのことだからね。だから、彼にも声を掛けたのだけど……」
フレデリクは肩をすくめた。
「どうにも彼は生真面目すぎる。聖徒として当然のことだからと、感謝の言葉を伝える前に辞退されてしまった。らしいと言えば、らしいけれど」
「はは……」
千晃は苦笑した。
確かに、エゼキエルは潔癖というか、実直に過ぎるところがある。王子殿下からのお褒めの言葉くらい貰っておけばいいのに、それも固辞してしまったようだ。
「……でも、彼にも考えることがあるようだ。僕は彼と親交が深い訳ではないけれど、どうにも様子がおかしいというか、何か思い悩んでいるようでね」
「そう、なんですね」
千晃は事件のときのことを思い浮かべた。確かに、エゼキエルにとっては聞き流せない言葉も多かったのかもしれない。
「だから、二人とも。エゼキエルの様子を見に行ってみてくれないか? 僕が行っても、遠慮されてしまうだけだろうし。苦難を共にした君たちになら、きっと何か教えてくれるはずだ」
「わかりました。エゼキエルの話を聞いてみます」
千晃は頷いた。
「うん、よろしく頼むよ。……僕からの話は以上だ。他に何か聞きたいことや、話しておきたいことはあるかな」
「えーっと……」
腕を組むフレデリクに、千晃は思考を巡らせた。
「あっ」
「ん?」
「すごく今更なんですけど……」
千晃は恐る恐る尋ねた。
「どうして今回も前回も、生徒会室に呼び出しになったんですか?」
フレデリクはその青い目を瞬かせた後、にっこりと微笑んだ。
「言っていなかったね。――僕がこの学園の、生徒会長をやっているからだ」
千晃とルキフェルは、エゼキエルのいるというチャペルを目指して歩いていた。
「こっちの世界にも、生徒会ってあるんだ……」
千晃はしみじみと言った。
――『形式的なものだけどね。王族が在籍しているときは、生徒会長はほぼ決まっている』
フレデリクの言葉を思い出しながら、千晃ははあ~と息を吐き出した。
「異世界での生徒会って、なんか色々難しそうだなあ」
こっちには王族とか貴族とか、身分制もあるみたいだし。千晃はそんなことを言いつつ、歩を進める。
「お前の故郷の生徒会はどんなものだったんだ?」
「ええ? 選挙して生徒会長を決めたり……会計とかー、書記とかの役員がいたり、うーん……言われてみるとあんま知らないかも」
千晃は誤魔化し笑いをした。
千晃の通っていた学校では、生徒会はそんなに目立った活動をしていなかったのだ。年に一度の生徒会役員選挙も、なんだか知らない人が喋っているな、くらいで特に関心のなかった彼女であった。
「でも、こっちの生徒会はその人の身分によって役員になれるかどうかが決まってるんだってね。なんだか……大変そう」
「まあ、いびつな形態ではあるな」
千晃はぼやいた。この世界では、持って生まれた色彩と、その他に身分までその人の生き方に影響してくるのだ。生きづらそうな世界だなあ、と千晃はカロンのことを思い出しながら考える。
そうこうしているうちに、エゼキエルがいるらしいチャペルの姿が見えてきた。夕暮れに沈むチャペルはどこか重々しい雰囲気をまとっている。千晃は静かにドアを開けた。
中にはちらほらと人がいたが、探し人はすぐに見つかった。チャペルの前のほう、長椅子に腰掛けている銀髪の人影。
千晃はそっと通路を進んだ。ルキフェルは当然のように付いてくるが、もはやそれは諦めるほかない。神聖な空気をやや乱しつつも、千晃はエゼキエルの近くまでやって来た。
彼は目を閉じ、手を組んで祈っている。
ステンドグラスの光が銀色の髪に落ちて、鮮やかな色がその銀の上に揺れていた。千晃は少し離れた椅子に座って彼の祈りが終わるのを待つことにする。
しばらくして、彼は千晃たちに気が付いたようだった。
「空気が揺れていると思ったら、お前たちか」
彼は千晃たちのもとへやって来ると、ひそめた声で言った。
「……お前たちが神に祈るとは思えないが、何の用だ?」
「うん、ごめん、エゼキエルと話がしたくて」
千晃がそう言うと、エゼキエルは目を瞬かせた。ややあって、こくりと頷く。
「いいだろう。ここでは何だから、外に出よう」
千晃たちはエゼキエルの先導についてチャペルを出た。彼はそのまま歩いて、少し開けた広場のようなところにまで来ると、設置されているベンチを示した。
「ここでいいだろうか」
「うん、ありがとう」
そこは静かで人も少なく、落ち着いて話をするにはぴったりの場所に思えた。
千晃たちは並んでベンチに座る。……もちろん、千晃を真ん中にする形で。千晃は苦笑した。悪魔と隣に座るのは駄目だけど、三人並んでならいいんだ、と思ったのである。
「それで、話したいことというのは、先日の事件のことか」
エゼキエルが単刀直入に切り出す。千晃は頷いた。
「うん。――改めて、この前はありがとうね。エゼキエルのおかげでアートルムも退治できたし、それに、真実もわかった」
「……ああ。お前の尽力に敬意を表そう。真実まで辿り着いたのは紛れもなくお前の努力の結果だ」
「いやいや、大したことはしてないよ。それよりも、エゼキエルの超パワー! のほうがすごかったし」
千晃はおどけて言った。それを聞いて、エゼキエルの顔が少し曇る。
「あのとき……普段はできないような威力の魔法が行使された。あれは私の力ではない」
「でも、私だって魔法はそんなにできないよ? 付与魔法は他よりはできるけど、人に掛けたのも初めてだったし……ぶっつけ本番で試しちゃってごめん」
「いや、あのときは緊急事態だった。試せるものは試すに越したことはない。実際、あのおかげで窮地を脱することができたのだ、問題ない」
エゼキエルはそう言ったが、眉間に寄ったシワはそのままだった。
「あの後、気になって調べてみた。人への付与魔法の行使は二年生で習うらしいが、あそこまで劇的な威力の差が出ることは通常ないそうだ」
エゼキエルが千晃を見やる。
「……チアキ、お前は一体どこであの魔法を知ったんだ?」
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