神様なんていないと貶したら、恋の試練を受けることになりました。

ちりちり

プロローグ

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 神様というものは、人間を守るためにいるわけじゃないらしい。


 それを教えてくれたのは友達のみなとだった。


 何を読んでいるの、と彼女の手元を覗き込むと、ギリシャ神話、と返ってきた。

 私達はその時図書館にいて、もうすぐやってくる定期テストを乗り越えるため、試験勉強をしに来ているところだった。


 集中力の切れた彼女が本棚の間にふらりと姿を消し、やや厚めの古びた本を手に戻って来たのがそれより少し前の事だ。


 手元でシャープペンシルをくるくると回しながら、本を読む湊を眺める。

 窓から差し込む日差しがきらきらと、光の粒子が降り注ぐようにその肩を照らしていた。


 彼女は私に、古くから伝わる神話について教えてくれた。

 その話だと、この世に神様は沢山いて、彼らはとても気まぐれで、欲も感情も人間の様にしっかりとあり、私達の知らないところで人間やこの世界を管理しているらしい。


 それで、じゃあ人間はどうなのかというと、私達人間ははかなく、欲深く、愚かで、人間同士での争いが絶えない世界に生きているらしい。

 人間、救いがないんだけど。


「救いがないね。神様と比べるとまるで貴族と平民か、奴隷みたい」

 そんな事を言うと、湊は訳知り顔でこう言った。

「でもね、人間にも最後は希望が残っているんだよ」


 私にはその言葉の意味なんて分からなくて、「そっか」とだけ返した。


「うん、聖奈せなも本が好きなんだし読んでみなよ。ほら、ここの、エロスの話とか面白いよ」


「……そんな男子高校生みたいな」

 そう呟くと、湊は焦ったように首を振る。


「違う違う。別にそういう話じゃなくて。元々エロスって神様は愛や恋の神様なんだって。その矢に射られたら、誰かと恋に落ちたり、相手のこと嫌いになっちゃったりするんだってよ? ほら、恋のキューピットって聞いたことない? それってエロスからきてるんだって」

「へぇ」


 それなら聞いたことがある。

 胡散臭いと思っていた神様が、一気に親近感のあるものに変わる。

 でも。


「なんかさ、人間の扱いひどくない? 恋の矢でそんなに感情が左右されるなんて、おもちゃみたい」


 そんなことを言うと、「ギリシャ神話で描かれている神様達って、別に人間を守るためにいるわけじゃないんだよ。逆に試練を与えたり、罰したり、人が増えすぎると間引くために戦争させたりするって」と、その本に書かれていることを要約して教えてくれる。


「こわっ」

「こわいよねぇ。まぁ、その次元までくると人間なんて、ちっぽけな存在だよね」


 湊は訳知り顔で頷いている。

 こんなに聞き分けが良いのなら、少しは先生達からの忠告を受け入れて制服をちゃんと着ればいいのに。

 湊が制服の上からいつも来ている、お気に入りのパーカーを眺めながらそんなことを思う。


 湊の服装を見ていると、うちの学校ってそんなに校則緩かったっけ、と一瞬脳内がバグりそうになる。

 けれど、先生達にはちゃんと目をつけられていて、ちゃんと怒られている姿をよく見かけていた。


 神秘的な話に興味津々な湊とは対照的に、私はそんなものに興味はもてそうになかった。

 愛の神様だの恋の神様だの、神様の存在自体、基本的には信じていないからだ。


 私は、そんな存在、感じたことはない。

 人を好きになることを、喜びだと思ったこともない。


 人を好きになると、実らない恋に身を焦がす、にがくるしい毎日が始まるだけだと思っていた。


「……変なの。神様なんて、そもそもいるはずないし」

 そう呟いて、湊が開いていた本の神の画を、指で弾く。

 弓矢を引くエロスの画が、私の指で弾かれて揺れた。


「あー、聖奈せな、いけないんだ。バチがあたるぞ」

 その言葉に、存在しない神様の画を指で弾いたくらいでバチなんてあたるもんか、と思う。


 過去には神社のご神体を入れ替えて大人を笑っていたのに、死後にはおさつに描かれるくらいに出世した偉人だっているのだ。


「いけないんだ」と、湊は唇を尖らせる。

「古い言い伝えやお話って実話を元にしていることも多いんだからね。それに文字もない時代から何千年経ってもこうして残ってるってやっぱ何かあるんだと思うよ」


 食い下がる湊の真似をして、私も唇を尖らせる。

「はいはい。それより一問一答しようよ。問題出して」と問題集を手渡した。



 神様なんていない。この時は本当にそう思っていた。

 だから、この時の湊とのやり取りが、後から思わぬ形になって自分に跳ね返ってくるなんてことも、私は全く、考えてはいなかった。

 

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