第1章:裏切られた忠義

1


 天正十年六月二日——本能寺の変。


 京の都が炎に包まれる中、一人の武士が静かに剣を握っていた。


 粟井義道。


 彼は明智光秀の家臣として幾多の戦場を駆け抜け、忠義を誓ってきた。


 だが——


 本能寺を取り囲む明智軍の中にいても、義道の胸には違和感があった。


 「光秀様……なぜ、信長公を討ったのですか?」


 信長公の首を狙うため、本能寺へと進軍していく仲間たちを眺めながら、義道は拳を握りしめた。


 **"乱世を終わらせる"**と光秀は語った。


 確かに信長は苛烈な支配を続け、時に無慈悲な戦を起こした。


 だが、それが天下統一への道であると信じていた。


 光秀がそれを否定するなら——


 「俺たちの忠義は、一体何だったのだ……?」

2


 数時間後——


 本能寺は完全に制圧された。


 信長は炎の中に消え、天下人の座は光秀の手に落ちた。


 しかし、義道の心は晴れなかった。


 「お主、何を浮かない顔をしておる」


 声をかけてきたのは、明智軍の重臣・斎藤利三だった。


 義道は目を伏せたまま答える。


 「……信長公を討ちました。これで本当に、世が平らぐのでしょうか?」


 「当然よ。光秀様こそ、新しき天下人よ」


 利三は自信ありげに言う。


 「だが、敵はまだ多い。我らはすぐに備えねばならぬ」


 敵——それは、信長の死を知った諸将たち。


 織田家の家臣たちが黙っているはずがない。


 そして、その中で最も危険なのが——


 羽柴秀吉。

3


 天正十年六月十三日——山崎の戦い


 粟井義道は、敗走する明智軍の中にいた。


 羽柴秀吉の軍勢は予想を遥かに超える速さで迫り、光秀軍は総崩れとなっていた。


 義道は、血と泥にまみれた刀を握りしめながら、戦場を見つめた。


 明智軍は、もはや勝機を失っていた。


 それでも光秀は戦い続ける。


 しかし——


 「粟井殿!」


 仲間の一人が叫ぶ。


 「もはやこれまで……光秀様はご決断を!」


 「いや……まだ戦える……」


 義道は歯を食いしばったが、直後に轟音が響く。


 本陣が破られたのだ。


 明智光秀は、すでに戦場を離れ、近江へと逃亡した。


 「……殿……」


 義道は迷った。


 このまま敗軍の将に従い、最後まで忠義を尽くすべきか。


 それとも、自らの道を歩むべきか——。


 「粟井殿、早く!」


 仲間の叫びとともに、義道は馬を走らせた。


 自らの答えを見つけるために——。


(第1章・了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る