謎の女

 コータローとカグヤはどこをどう見たって親しい関係だ。さらにカグヤは美人だ。それも女から見ても飛び切りクラスだ。コータローだってイケメンだから、まさに美男美女カップルしか考えようがないじゃないの。


 コータローにそんな恋人がいたこと自体は妬くけど不思議じゃない。むしろいない方が不自然だ。恋人でも結婚相手でも過去に恋愛遍歴があるのはなんの問題にもならないからね。世の中には処女にこだわる男はいるぐらいは知ってるけど、恋愛経験も処女であるのにこだわる男はいないだろ。


 処女にこだわらいなとは、自分が付き合う以前の他の男との肉体関係にもこだわらない事になる。これは女から男を見る時も同上だ。もっとも微妙な時はあるのはある。たとえば元カレなり元カノが交友関係として存在する時だ。


 これが起こりやすいのは同級生ラブみたいな校内ラブとか、社会人でも同じ部署のラブぐらいかな。最悪なのが寝取り寝取られの略奪愛だろ。そりゃ、寝取った男の元カノとか、寝取られた元カレと顔を合わせる事になるから、誰だってあれこれ思う事はあるはず。


 略奪愛まで行かなくても、別れ後にも未練を残してる時も複雑のはずだ。どうしたって自分が恋人時代だったとき、モロに言えばベッドでやってた時のことを重ね合わせて頭に浮かぶはず。


 ここだってホントのところはわからないのよね。少なくとも千草は寝取ったことも、寝取られたこともないし、それ以前に恋愛経験が実質的にない。恋愛処女のままコータローと結ばれて結婚までしてるもの。だからコータローは死ぬほど感謝しやがれ。


 ここでなんだけど、千草は新しい経験をさせられている。まったくもって嬉しくないけど元カノの登場だ。それももう二度目だぞ。一体どうなってやがるんだ。結婚してるのにこんなにポンポンと登場するものなのか。


 それでも一つわかった気がする。元カノの登場はどうしたって動揺する。その動揺を抑えるために元カノにマウントをなんとかして取ろうとする心理だ。ごく単純には元カノより綺麗だとか、元カノよりスタイルが良いとか、元カノより若いとかだ。


 そうやって内心でマウントを取って、あんな女に奪われるはずがないと心を落ち着かせようとするぐらいで良いと思う。けどね、千草の心は落ち着きようがない。どう見たってカグヤの方が綺麗だし、スタイルも良いし、若いんだ。


 外見だけなら手も足も出ないじゃないか。とは言えむざむざと引き下がるもんか。千草ねコータローの恋人じゃなく妻なんだよ。妻がいる男に手を出すなんて道徳の授業が許すもんか。参ったか!


 だけど大した武器にならないのよね。だって、だって、三組に一組が離婚するのが夫婦だ。ロシアンルーレットだって六発に一発なのに、離婚は三発に一発のハイリスクグループだ。


 そうなった時に妻が使えるカードは法的制裁だ。妻がいる男を奪うには離婚させなきゃいけないけど、そのために不貞行為が発生するのは世の定めだ。つうかさ、不貞行為無しで略奪愛が成立するものか。でね、不貞行為の上での離婚なら慰謝料が発生するんだ。これが払えなければ闇金に走って破滅だ。


「カグヤはまだ投資やってるんか」

「おかげさまでボチボチやらせて頂いてます」


 投資で食ってるのが本当にいるんだな。あれって相場次第で儲かる時は儲かるそうだけど、一つ間違えば人生終了クラスの破産をするらしいものね。千草に言わせればバクチで食ってるようなものだけど、


「あんなもんに才能があるなんて人はわからんわ」

「お世話になりました」


 どうもかなり儲けているみたい。最後のところは理解を越えるのだけど、投資のリスクって運用額で変わるみたいだ。


「ええ、運用額が大きければ堅い運用で済みますし、ゲインもプロじゃないですからね」


 投資ってリスクとリターンの見切りみたいなものみたいで、リスクが高いほどリターンが多いぐらいで良さそう。それとこれはカグヤの方針みたいだけど、あくまでも自分が余裕をもって暮らせるぐらいが目標にしているらしい。


 あくまでも例えばとしてたけど、国債って金利で1%ぐらいらしいんだ。それでも運用資金が十億円なら年に一千万円のゲインがあることになる。プロのトレーダーならそんな利益じゃ話にならないけど、


「個人が暮らすには十分です」


 そこまで単純な話じゃないのは言うまでもないけど、投資家だけどかなり優雅にやってる感じがする。つうか、その運用資金ってどれぐらいなんだよ。それだけで死ぬまで遊んで暮らせそうじゃないの。やっぱりようわからん。鵺みたいな女だ。クソ、慰謝料ぐらいは余裕で払えそうだ。


「相変わらず峠かよ」

「コータローだって」

「ちゃうわい。あれは遠阪トンネルが走られへんからや」


 どうも聞いているとカグヤは大阪に住んでるみたいだ。大阪からなら中国道、舞鶴道、豊岡道ぐらいになるはずだけど、わざわざ遠阪トンネルの手前で下りて、遠坂峠を走るなんて、


「コータローには鍛えられました。どんなに頑張っても置いてくのですから」

「人聞き悪いこと言うな。あれはウサギとカメやっただけやんか」


 ウサギとカメって今でもやってるんだ。あれはマンガの世界だけって思ってた。レースって普通はスタートラインに並んで『ヨ~イ、ドン』でスタートして誰が先にゴールに着くかを競うじゃない。


 ウサギとカメは公道レースのやり方の一つだけど『ヨ~イ、ドン』じゃないのよね。先行後追い方式とも呼ぶのだけど、一台が先行して、もう一台が後から追っかけるんだよ。だからスタートも前後に並んでするぐらいだったはず。


 どうやって勝負の決着を付けるかだけど、ゴールまでに先行が後追いをぶっちぎるか、後追いを先行を追い抜くかの二つだ。追い抜くのはわかりやすいけど、どれぐらいぶっちぎるかの明確な基準はなかったはず。


 聞いてたらわかると思うけどレースの形式としてはタイマン勝負だから、ぶっちぎられた方が『負けた』と思えば勝負は付くぐらい。逆に言えば負けてないと思えば、先行と後追いを入れ替えて延長戦だ。


 だから延々と先行と後追いを入れ替えてのデスマッチみたいになった話もマンガにはあったはず。もっともバイクとクルマでは少し違うのかもしれない。だってバリバリ伝説では常にヒデヨシが先行でグンが後追いで、入れ替わった記憶がないのよね。一方の頭文字Dは律儀に入れ替わってた。


「あんなバイクでオレに挑むのが間違いや」

「そうでした。パワー差もそうですが、あのコーナーリングが出来るものですか。さすがは青い稲妻」

「そんな厨二病みたいな呼び名はやめてくれ」


 主に走っていたのは、はらがたわ峠だって! あれは猪名川から篠山の福住に行く峠で千草も走ったことはある。モンキーなら目いっぱい頑張ってうんこらせだ。だけど勾配こそあるものの、ヘアピンみたいな急カーブはなかったか、あっても少なかったはず。


 はらがたわ峠も難所だったみたいで改修工事が重ねられていて、本来のはらがたわ峠とか、その南側にあったすねこすり峠も廃道みたいになっているらしくて、現在は、はらがたわトンネルが峠ぐらいかな。


 だからカーブも高速コーナーみたいな感じになってたはず。もっとも千草のモンキーなら冷や冷やものだった。でも見たよ。あのコーナーを豪快にクリアしていく大型バイクを。というかさ、福住のローソンの駐車場には峠を臨むライダーが今も屯しているもの。


 あの中にコータローとカグヤはいたんだろうな。それはわかるけど、あんなところでウサギとカメって死にたいのかよ。でもさぁ、Z900RSはモンキーからした怪物パワーだけど、HAYABUSAが相手となると分が悪すぎる。単純計算で二・五倍ぐらい差があるもの。登りのパワー差は絶対じゃない。


「ですから下り勝負です」


 なるほど! 下りならパワー差は縮まるはず。無暗に加速したらコーナーで吹っ飛ばされてガードレールだ。登りと違って有り余るパワーを活かしにくそうだ。それでもコーナーリングでカグヤをぶっちぎたってなんなのよ。カグヤの腕は見たけどあれより速かったってどんだけだ。だから青い稲妻だったのか。


「コーナーかってHAYABUSAが速いんは決まってるやろ」


 車体差ってやつか。そりゃ、HAYABUSAはスーパースポーツだからZ900RSよりコーナーは強いとは思う。だけどカグヤの話しぶりからしてそんなレベルじゃない気がする。HAYABUSAだってその性能を発揮するには乗りこなせてこそだろうが。そうなるとコータローはカグヤと少なくとも同等の腕があったはずだ。


「バイクを替えても置いてかれました」


 ひぇぇぇ。その辺は乗り慣れの問題はあるにしろ、やっぱり青い稲妻か。カグヤがウソやお世辞を言ってる気がしないものね。それにしても、こいつらどんなレベルで峠を走らせていたって言うんだ。


 でもそこまでHAYABUSAを乗りこなしていたってことは、コータローが本当にしたいのは走り屋になるじゃないの。もちろんバイク乗りにもバイクサイクルはある。若い頃はスーパースポーツで走っていても、歳を取ればもっと穏やかなバイクにダウンサイズするのは少なくないもの。


 その中に小型バイクまでダウンサイズするのも知ってる。小型までダウンサイズするパターンの一つにセカンドバイクに小型を買ったケースは多いみたい。ココロはツーリングには大型、近所を走る時は小型の使い分けだ。


 ここでなんだけど千草は小型しか知らないから最後の実感がわからないけど、大型って乗り出しに相当な気合がいるそうなんだ。それに比べたら小型はウソのようにラクとか。だからついつい小型にばっかり乗るようになってしまうとか。


 このついついだけど、近所だけでなくツーリングにも使うようになり、小型だってそれなりには走ってくれるから、それこそどうしても高速とか自動車専用道を走る必要があるロングツーリングの時に大型を引っ張り出す感じかな。


 そういう使い分けをするための二台持ちだったはずだけど、普段が小型に傾いてるじゃない。大型の走りこそ満足するものの、大型の乗り出しとか、取り回しにウンザリさせられるぐらいの感じみたい。


 誰しもそうなるわけじゃないだろうけど、そうなってしまう気持ちはなんとなくぐらいはわかる。結果として大型にはますます乗らなくなり、ついには売り払い、小型ばっかりになってしてしまうとか。さすがに売り払うまでは多くないみたいだけどね。


 もう一つのパターンは純粋な歳による体力の衰えだ。ただしこの場合はダウンサイズもステップを踏むはず。リッターから、六五〇CCとか五〇〇CCクラス、さらに四〇〇CCから二五〇CCみたいな感じじゃないかな。


 サイズだけでなくスポーツタイプからネイキッド、オフローダー、アメリカンにチェンジもあるはず。要は飛ばすバイクからゆったり走るバイクへの切り替えだ。その終着駅に小型もあるぐらい。


 でもコータローはそうじゃない。カグヤの話からするとHAYABUSAの次がモンキーだよ。言うまでもないけど二台持ちじゃない。ケチのコータローが二台持ちなんかするはずがないだろうが。


 歳だってまだまだ若い。だってだよ、コータローを爺扱いにしたら、カウンターで同い年の千草がBBAになってしまう。老け込んだ挙句に小型になる理由がないじゃないか。もしあるとしたら、千草に合わせるためだとか。


 もしそうならそこまで千草に合わせてくれてるのは嬉しいけど、一方でコータローにひたすら我慢を強いてるだけじゃないの。遠坂峠だってHAYABUSAで走り抜けたかったはずなのに、千草に合わせてノロノロ走らされ、挙句の果てにカグヤのNinjaにぶち抜かれてるもの。


 ヤバイ、ヤバイ、ヤバ過ぎる。こんな危険な女は速やかに排除したいけど、どうやったら良いんだ。あからさまに嫌な顔してコータローに訴えるとかか。それはそれで千草のプライドが許さないのよね。


 はっきり嫌な女であるとか、地雷女であるとの確証をつかめたらそれもありだけど、まだ正体がわかんないよ。コータローが遠ざけてくれないかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る