一騒動
田中さんところは大騒動になったみたいだ。後から聞いた話だけど、警察は奥さんにまず連絡を取ろうとしたみたいなんだ。その前に家を確認したはずだけど留守だものね。でも連絡が取れないから、旦那さんに連絡を取ったみたい。
旦那さんはコータローの推測通り出張だったのだけど、それが九州の宮崎だったんだって。そんなところからすぐに帰れるはずもないから、自分の両親に子どもの引き取りを頼んだみたいなんだ。
旦那さんも大急ぎで宮崎から神戸に翌朝には戻って来たみたいだけど、その時点でも奥さんには連絡は取れなかったみたい。
「三泊ぐらいの出張やったらしいんや」
おいおい、どれだけ千草のところに託児させるつもりだったのかと呆れるしかないのだけど、奥さんが戻って来たのは翌日の午後になってから。どうも千草の家に来たみたいだけど、その日は千草も普通に仕事だし、コータローも病院の仕事で留守。
さすがに異変を感じた奥さんがスマホをようやく見たって言うけど、どんだけ見てなかったんだよ。預けた子どもに何かあったらどうするつもりだったんだよ。
「さすがに押し付けた自覚ぐらいはあったんやろ」
あ、そっか。スマホが生きてたら連絡されるからか。スマホには警察やら、旦那さんやら、親からのメッセージや留守電が鬼のように入ってるのにやっと気づいたぐらい。どうもマナーモード程度じゃなく電源ごと切ってたようだ。
慌てて家に帰るとそこに待ち受けていたのは旦那さん、旦那さんのご両親、奥さんのご両親がずらり。昨晩からの警察沙汰で怒り心頭なんてものじゃなかったろうな。あれっ、子どもは、
「奥さんの叔母さんが預かってたらしいで」
そこから何をしてたんだの大尋問会になった。そりゃ、子どもを他人の家に置き去りにするわ、その子どもを警察が保護するわ、それを引き取りに行くわだもの。そこからってもしかして、
「ああそうやったらしい」
追い詰められた奥さんはなんとかその場を凌ごうと責任転嫁をしようとしたのか。そんなもの出来るものかと思うのだけど、やっぱり千草のとこか。うちが預かると約束したはずだとヒステリックに主張したみたいだ。
だけどうちでのやり取りは音声付きで録画されてるから撃沈。と言うかさ、うちが仮に預かっていたとしても、あんな時刻からどこに出かけていたのかの追撃は必至だ。どこの世界に、あんな時刻から小さな子どもをほったらかしにして翌日まで出かけるかって話だ。
それでも愚にも付かない言い訳を繰り返していたらしい。曰く、子育ては大変、旦那が構ってくれない、わたしだって女だ、たまに遊びに出かけて何が悪いぐらいかな。でもそんなもので誤魔化せるわけもなく、半ば強引にスマホを取り上げられてチェックされてしまい、
「ゴッソリ出て来たそうや」
生々しいやり取りどころか、画像、さらにそのものずばりの動画とか。
「千草、聞いてもエエか。女ってあんなもの記録したがる生き物なんか」
いやいや、普通の感覚なら女だってやらないよ。コータローとは夫婦だけど記録してないでしょ。でも、そういうのを記録したがる女はいるぐらい知ってる。いや、男だっているだろ。
「オレは自分のを録画して見たいとは思わへんけど」
あれって千草も知らない世界だけど、広い意味のアブに踏み込んでる気がする。不倫ってさ、それが良くない行為だって知ってやるものじゃない。でもそれでもやるものでしょ、
「それって早弁みたいなもんか」
う~ん、似てるところもあるけど少し違うかな。どっちかと言うと万引きの方が近いかも。万引きも違うな。とにかく本当はやるべきじゃないけど、やったらやったで熱中してしまう行為じゃないかな。
「やんちゃ自慢みたいなもんか」
それはある気はする。あれって背徳の行為だから他人に知られてはいけない秘密になるはずだけど、その秘密を共有するのに喜びが込み上がるとか。
「わからんな。う~んと、う~んと、昔の彼女の写真とか手紙を隠し持つ感じか?」
ああ、それ近いかも。そんなのがエスカレートしたものぐらいじゃないかな。
「引っ越してもたけど、離婚になったやろな」
たぶんね。あそこまで行っても愛情が残っていれば再構築もあるそうだけど、
「そこまで割り切るのは難しいで」
田中さんところがどうなったか知らないけど、不倫騒動でちょっと毛色の違う話を聞いた事はある。実話かどうかはわからないけど、そんな状況から再構築というより仮面夫婦であることを選んだケースみたいなんだ。いわゆる子どものためってやつで良いと思う。
「ああそれ、オレも読んだことあるわ」
不倫したのは奥さんの方だけど、本当に心を入れ替えて、良き妻、良き母になったらしいのよ。そして歳月が流れ子どもが成人して就職して独り暮らしを始めたのよね。
「そしたら旦那さんが二人の思い出の場所に連れ出したんやろ」
たしかプロポーズをしたところじゃなかったかな。奥さんにしたら仮面夫婦の約束だったとは言え、また心が通じ合ってる実感があったのよね。だから、二人の思い出の場所で本当の意味での再出発を期待した気がする。
「そこであったのは・・・あれも複雑すぎたわ」
千草もそう思った。話の流れから苦難を乗り越えてのハッピーエンドを期待してたもの。でも旦那さんは最後まで許せなかったのよね。だから思い出の場所で二人の関係に終止符を打ったんだ。
「旦那からしたら、やっと終わってくれたぐらいやろうけど、最後の最後のとこで迷いぐらいはあったんと思うけど、どうやってんやろ」
それは思った。未練がゼロならわざわざ、そんなところに奥さんを連れ出す必要は無いもの。子どもが家から出て自立したらポイで済むじゃない。だから最後のところで迷いはあったと思う。
「やっぱり最後の最後のところで悪夢がフラッシュバックしたんやろか」
それは結果からそうだけど、これは男のコータローから見てどうなの。
「う~ん。男のワガママ言われたら難しいんやが・・・」
不倫って言うまでもないけどやってるのよね。自分の奥さんがやってる時の痴態は良く知ってるから、それを他の男に見せていると言うのは軽くないのはわからないでもない。
「あれは結婚前に付き合っていた他の男に見せたんとは全然ちゃうと思うねん」
そ、そうなる。コータローだって千草と結婚する前に他の女とやってる。千草でさえ、たった一回とは言えそうだ。だけど、それは割り切って考えるのが恋愛のルールだし、そういうものだと誰もが思ってるぐらいかな。夫婦になってから他の相手とやる行為は不倫だけど、不倫となれば異次元の行為になるのか。
「そこもちょっとちゃうん気がするねん。夫婦になってからするのは不倫やけど、恋人の時やったら浮気やん。千草は恋人の浮気を笑って許せるか?」
そういう事か。自分の男のモノが他の女にも使われたら許されないよ。そっかそっか、男女がカップルになれば、それはその二人しかやらないって契約みたいになるよね。夫婦は法的な関係だから離婚になるけど、恋人関係だって破局になる。
思うのだけど、一人だけを愛するってそんなに難しいのかな。いや難しいからああやって不倫騒ぎは起こるし、恋人関係だって浮気騒動で別れた話はいくらでも聞くものね。そんなことを言えば千草の実母もそうだった。千草にもそんな忌まわしい血が流れてる・・・
「そりゃ実子やから血ぐらいは流れとるやろ」
やだよ、やだよ、千草だってああなるって言うの。
「オレの知る限り遺伝性の不倫はあらへんはずや」
あのね、医学的に分析してどうするのよ。
「やっぱり二人の相性やろ。今のところは、どこをどうみてもバッチリや」
それはそう思う。でもね、それは必要条件であって十分条件も必要と思うのよ。
「それやったらそろそろオレの夢を・・・」
却下だ却下。いくらコータローの夢でも裸エプロンなんかになるものか。
「メイドやったらエエんか?」
論外に却下だ。ああいうものは似合う女とそうでない女がいるぐらいわかるだろ。千草のメイド姿なんか似合うはずがないぐらいわからんのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます