プロローグ2
「全くこんなに辺境にあるとは、死神も物好きなやつよ」
ここは死神の住まう屋敷。世界最高、死神とも恐れられる暗殺者がまさか田舎町のスラムに屋敷を建てているとは驚いているところだ。稼いでいるのだったらこんな場所ではなく、王都の一角に建てて、カモフラージュと騎士の買収などをしておけばいいものの。
しかし、世界最高の暗殺者であろうとも高々平民の力を借りねばならんとは世も末だ。……いいや、死神の成功と一緒に証拠を消して逮捕まで漕ぎつければ、儂の地位がさらに素晴らしいものになるのではないか? ふふ、我ながら妙案だ。
儂は意気揚々と扉を開けて屋敷に入っていった。
「死神! 依頼だ! この儂――ウィリアム・アハトが貴様に依頼を持ってきてやったのだ。早く姿を表さんか!」
屋敷に誰も迎えがいないとはどういうことだ! この儂が直々にここまできてやったのにもてなしの一つもないとはやはり平民。儂ら貴族の優雅さが微塵たりともありはしない。それになんだ。この飾られている品々は! 綺麗に並べられているが、平民如きがこんな調度品を持つなんてあり得てはならないのだ! それにしても儂が声を上げてたのに誰も来ないとは……儂をここまで待たせるとは万死に値するぞ!
キィ……
隠し扉が音を立てて現れた。自ら来いと言わんばかりに開かれた扉を見て、死神は確実に自らを舐めていると確信した。儂は貴族のもてなし方を知らない愚か者に対して腹が立ってきたので、もう頼らずに通報をしてしまおうとした瞬間――
「妙な真似をするな」
首筋にキラッと光を放ちと冷たい感触のするものが添えられていた。儂は視線だけを器用に動かすとそこには悪魔の面をした小柄な男がナイフを向けていた。
「何者だ!?」
死神というものは噂もあやふやで、その正確な姿というのははっきりとしていない部分がある。一貫している部分で言えば、男で面をしているというところだけ。身長もバラバラだし、面の種類もこれというのが決まっているわけではない。だから今こうしてナイフを突きつけている人物が死神本人か儂には判別できん!
「死神……なのか?」
「そうだ。さあ、依頼を聞こうか」
本来の儂であればこの高圧的な態度に反論や文句が出てくるはずであった……しかし、高圧的な態度に裏に隠されている濃密な殺気。そのせいで迂闊なことを言えなくなってしまう。なんとか絞り出した質問もなんてことないように返されると、いつの間にか首からナイフがなくなっていて、近くのソファにすでに腰をかけていた死神がナイフで遊んでいた。
「それで……依頼は?」
殺気がなければ貴族としての威厳の保てる態度をこちらでも取れるというのに……! しかし、この調子で死神が調子付かれでもしたら、何を請求されるのかもわからん。主導権をなんとか取らねば……!
「とある貴族令嬢の暗殺を依頼したいのだ」
「貴族……令嬢か?」
面のせいであまり表情がわからんが、今頃とびきり間抜けな顔をしているのだろうな。死神に依頼をするのがただの貴族令嬢であるということに。
「まあいい。依頼報酬は?」
「前金として金貨50枚、暗殺後に金貨を100枚くれてやろう」
「だいぶ奮発するんだな」
それほどまでだ。それほどまでに儂はあやつに対して憎悪の念を募らせている。この儂を侮辱しおったあの忌々しい女に対してだ!
「わかった。受けてやろう」
「おお、では頼むぞ! これが対象だ」
あの死神ならあやつを殺せるだろう。今からその結果を聞くのが楽しみだ。死神の屋敷から出た儂は非常に軽やかな足取りで帰っていった。
* * * * *
「ルミエル・ミンフェル……か」
私は面を外さずに対象についてまとめられた紙を見ていた。これにも余程の金を使っていたのだろう。絵がすごく綺麗で、すごく特徴が捉えられている。
「今年で15になるまだ成人していないミンフェル男爵の一人娘……狙う理由がわからない。失礼だが、これといって狙われるほどの人物には思えない」
絵には色までついて金髪に特に強調して描かれている青い瞳の少女。男爵令嬢とは思えないほどの可憐さと美麗さを兼ね添えているな。まあいい。私に狙われてしまったのが運の尽きだ。気乗りがあまりする相手ではないが、依頼なら殺すしかないな。
これが、とても長い付き合いの始まりになるとはこの時の俺は全く検討していなかった。
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