影と狼 〜妖を斬る男と斬られぬ少女〜

風の吹くまま気の向くまま

第1話 狼耳の少女


朝霧がけぶる中、俺はその村に足を踏み入れていた。


辺鄙へんぴな山間の村だ。

藁葺きの屋根が続き、踏み固められた土の道には早朝の冷気がまとわりついている。


だが……静かすぎる。


朝の活気が感じられない村には、独特の死んだような気配があった。


俺は黒を基調とした旅装束を身にまとい、腰には3尺を超える野太刀を一本下げている。

野太刀を“下げている”だって? お侍さん、変わり者だねぇ、なんて声掛けにはもう慣れた。

おいおい、それのどこが悪い?

大体、野太刀は背負うものだ、なんて誰が決めたんだ?

背負うより腰に下げていた方が、いざという時によっぽど頼りになるってものだ。

それはともかく、俺は肩から風呂敷包みを提げ、草鞋を鳴らしながら歩を進めた。


ここへ来たのは偶然ではない。

昨夜、近くの宿場町で『あやかしが出た』という話を聞いたからだ。



―――妖(あやかし)。



人とは異なる存在。

人とは相いれない存在。


中には座敷童のように人に無害、あるいは友好的なものもいるにはいる……らしい。

なぜ“らしい”か? 

そりゃあ、13でこの稼業を始めてこの10年。

今まで1,000を超える妖を斬っては来たけれど、俺自身、ついぞ“友好的な”妖には出会った事なんぞ無かったからだ。

ほぼ全ての妖は、俺達人の世界のことわりとは異なる領域に棲んでいる。

奴らの考えは人間には理解しがたい。

そして多くの場合、人間の生き血をすすり、骨を噛み砕く事にしか興味を示さない。

 

光ではなく影。

善ではなく悪。


だからこそ、妖退治は金になる。


だが、それ以上に……

こういう話の裏には、大抵、ろくでもない“何か”が隠れている。


村の中心に近づいていくと、甲高い女達の泣き声と男達の怒鳴り声が潮騒の様に響いてきた。


粗末な掘立小屋に囲まれた広場に、大勢の村人たちが集まっていた。

彼等の輪の中心には、血に塗れた子供達の亡骸が六つ、転がっていた。

どれも等しく引き裂かれ、引きずり出されたはらわたの残骸が、血の海の中に散らばっている。

むせ返るような血の臭いと凄惨な――そして俺にはもうすっかり見慣れてしまった――情景。


そしてその傍らに立ち尽くす一人の少女……? いや、妖だ。


何日も風呂――妖に湯浴ゆあみをする習慣があるのかは知らないが――はおろか、水浴びすらしていないのだろう。

肩口まで垂らされたぼさぼさの黒髪は、ふけと汚れで煮締めたようになっていた。

遠目ではあるものの、顔の造りは人と大差ないように見えた。

しかしその黒髪の隙間からは狼のような耳が2本突き出している。

貧相な体に粗末なぼろきれを巻き付けたそいつの腰のあたりからは、太い尻尾が生えているのも見えた。


こいつが人ならざる存在である事は明らかだ。


見た目の年の頃は、十を少し過ぎた位であろうか?

まあ、妖の見た目ほど、そいつの実年齢、そして本性を推し量るうえで当てにならないものはないのだが。


「この人食いの化け物め!」

「誰か、早くこいつを退治しろ!」


警戒しているのだろう。

怒号を上げてはいるものの、少女の妖に近付こうとする村人は誰一人見当たらない。

一方の少女の妖の方はというと、涙でぐちゃぐちゃになった顔を恐怖で引きつらせているように見えた。

怨嗟の声を一身に浴びながらも、しかし大きな耳と尻尾をせわしなく動かしながら、彼女もまた、必死に叫んでいた。


「違う! あ、あたしじゃない! 鬼だよ! 鬼の妖がこの子達を……!」


彼女の言葉を遮るように、村人の一人が鍬を振り上げたまま大声で罵り返した。


「嘘をつくなっ! 妖の分際で!」


村人達は激昂しているように見えたけれど、どうやら状況は膠着しているようだ。


ガキを殺すのは好かないんだが……


軽くため息をつきながら、少女の妖に近付くため、俺は人垣をかき分けようとして……

ある事に気が付いた。


俺はもう一度ため息をついてから、その事を確かめるため村人達を押しのけ、少女に近付いた。

彼女の怯えた瞳が俺に向けられた。

少女に声を掛けようとした矢先……


「おいおい、ちょっと待て!」


俺は背後から左肩を掴まれた。


「あんた、何者だ?」


振り返った俺は言葉を返した。


「見ての通り、旅の素浪人さ。妖が出たって聞いたんでな」


俺の左肩を掴んでいた男の顔に、安堵の表情が浮かぶのが見えた。


「そうかい、もしかして妖を退治しに来てくれたのか?」

「報酬次第だな」


俺の返事を耳にした村人達が、一斉に一方向に視線を向けた。

彼等の視線の先、人垣の後ろに隠れるように立っていた老人が、ゆっくりとこちらに近付いてきた。


「これはこれはお侍様。こんな辺鄙な村までわざわざ足をお運び下さいまして、誠にありがとうごぜぇます。わしはこの村で村長を務めてお……」


いかにも人の良さそうな笑みを浮かべるこの好々爺然とした老人が、しかし年貢米の集配役を任されている立場を利用して、私腹を肥やしている事を俺は知っている。

こういう手合いは前置きが長くなる。


「状況は?」


話の腰を折られた形になった村長は、少しの間目を白黒させた後、話し始めた。


「実は昨日、森に遊びに行った村の子供達が6人、夜中になっても帰ってきませんでした。妖に攫われたのでは? という話になりまして、手近の宿場町に知らせを届け、勇ましいお侍様がお越し下さったら、子供達をお助け頂こうと考えておりましたところ、今朝になってこの惨状に気が付いた次第で……」


なるほど。

昨夜の内に子供達をさらった妖は、夜中子供達を散々いたぶってから、今朝になってここへ放り込んできたって事なのだろう。

周囲の惨状から類推するに、子供達は今朝、村人達が起き出す直前、まだ息のある状態で、ここで引き裂かれて絶命したに違いない。


「それでお侍様。お礼はいかほど差し上げれば宜しいのでしょうか? なにぶん、貧しい村でして……」

「その前に」


俺は村長の言葉を遮った。


「この子らを殺した妖をまず見つけねばなるまい」

「はっ?」


村長が豆鉄砲でも食らったようにきょとんとした表情になった。


「妖でしたらそこに……」


村長が指さす先、怯えた表情のあの少女の妖の体がびくっと震えた。


「ち、違う! あたしじゃない!」

「妖め、この期に及んで言い逃れ出来るはずないだろ!」

「お侍様、すぱっと斬り捨ててやってくだせぇ!」


村人達の声に少しうんざりしながら、俺は少女に声を掛けた。


「おい、お前」


少女が再びぴくっと体を震わせた。


「さっき、鬼の話をしていたな?」

「そ、そうだよ! 鬼が……」

「鬼がやったのを実際に見ていたのか?」


少女がうなずいた。


「う、うん。あいつがここに子供達を連れてきて……笑いながら引き裂いて……でもあたし怖くて……隠れて見ているしか……それであいつが森に帰った後……生きている子がいたら助けてあげようと……」

「嘘を吐くな!」


激昂している村人達に俺は問い掛けた。


「こいつの話が嘘だって証拠は?」

「そんなの一目瞭然でさぁ。俺達は、こいつが子供達の亡骸をいじくり回しているのをこの目で……」

「だからそれは……助けられそうな子がいたらって……」

「黙れ! 化け物!」


やれやれ。

俺もとんだお人よしだな。

余計な事をせず、このままこの少女あやかしを斬り捨てれば、それで“見かけ上は”壱件落着。

村人達は刹那の平安を得て、俺はささやかな報酬にありつけたはずだったのに……



―――だが“鬼”が絡んでくるなら話は別だ。



俺はため息をついてから少女に問い掛けた。


「お前、その鬼をここへ連れてこられるか?」


俺の言葉を聞いた村人達が一斉にざわめいた。


「お、お侍様?」

「一体、どうなさるおつもりで?」

「ま、まさかこの妖の言葉を信じなさるので?」


俺は彼等の言葉を無視してもう一度少女に問い掛けた。


「鬼をここへ連れてこられるか?」


少女は少しの間、目を白黒させた後、言葉を返してきた。


「つ、連れて来るのは……」

「出来ないのか?」

「あいつ、血の匂いが染みついているから、居場所だったらここからでも分かるんだけど……だからあんたをあいつの場所まで案内するなら……」


俺は首を横に振った。


「駄目だ。ここへ連れてこい」

「で、でも……」

「でもじゃねぇ。村にうまい酒が隠されているとかなんとかうまい事言って連れてこい。後は俺が何とかする」


少女が探るような視線を向けてきた。


「あ、あんた、強いの?」

「ああ。お前のその嗅覚が有れば、こいつが……」


俺は腰に下げた野太刀を少し持ち上げて見せた。


「過去、どれだけお前の同類達の血を吸ってきたか位、分かるだろ?」


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