第16話 伯爵令嬢は草が好き

 騎士団長室を訪ねてから数日、調査はこれといった進展もないようで私はなんとなく手持ち無沙汰でいた。


 メアリー様もお妃様になるためのレッスンやらなにやらでお忙しいらしく、なかなか会える時間がない。



 どうしようかなあ。

 ベリルの毒ワインの件はエリザが犯人だってわかってるのに、みんなに伝える術がなくてもどかしいよ。


 そんなことを考えながら、気分転換に散歩をしていると、渡り廊下から見える生垣の隙間に動く何かが目に入った。


 今なんか動いてたような……。

 あんなところに何があるんだろう。動物でもいるのかな?


 どうしても気になってそーっと生垣に近づいてみる。


 生垣の隙間から向こう側を覗こうともう一歩を踏み出したところで、ガサガサっという音と共に、向こうから何かが現れた。


「!!!」


 驚きのあまり、勢いよく後ろへ引いた拍子に尻餅をつきながら声にならない叫びを発してしまう。


 そんな私の目の前に現れたのは、上品なドレスを着た可愛い令嬢だった。


「あ、あの、申し訳ありません……! だ、だだ大丈夫ですか?」

 私の驚きように令嬢の方がびっくりしている。



 びっくりした、人だったのか……。

 落ち着きを取り戻した私は、見上げると彼女の手に沢山の草が握られていることに気づいた。


 え???

 草むしり??

 何で貴族の令嬢がこんなところで草むしりなんか?

 メイドには見えないけれど……。


 再び私の頭は軽くパニックを起こし、呆然とする頭で考える。


「あ、お手を……」

 目の前の令嬢は草を持っていない方の手を私に差し出してくれた。


 草を持ちつつもその優雅な様子に、私も冷静さを取り戻して答えた。


「ありがとうございます」


 立ち上がって、改めて令嬢と向き合うと、彼女は私の顔を見て『あっ』と小さく叫んだ。


 そして唐突に頭を下げて言う。

「あ、あの! 先日は、その、ありがとうございました……!」


 ん?

 突然のお礼と改まった様子にまた驚き、私は令嬢をまじまじと見つめた。


 えーと、先日?

 って、なんだっけ……?


 私のボケッとした反応に、令嬢はさらに言葉を続けた。


「あ、その、先日ここで助けていただいて……。お顔は大丈夫でしたでしょうか……?」

 そう言って、令嬢は申し訳なさそうな顔をしている。


 そこでようやく思い出した。

 ああ!!この前、気の強そうな令嬢たちに取り囲まれて罵倒されていた女の子だ!


「その後は大丈夫でしたか?」

 私は気になって聞いた。


「はい……。あ、あの時はお礼も言えずに、す、すみませんでした」

 令嬢は消え入りそうなか細い声で、再び申し訳なさそうに呟く。


「いえ! ご無事でよかったです」

 彼女が気にしないように、できるだけ明るい声で言い放った。


 彼女はホッとしたのか、やっと柔らかい笑顔を浮かべ私に向き直って言う。


「わ、私はジュノー伯爵家の次女でシエラ・ジュノーと申します。どうぞシエラと呼んでください。あ、あの、お名前を伺っても……?」


「レイラ・リンゼイと申します。私のことはどうぞレイラと」


 顔を見合わせて思わず笑い合った。


「あ、あの日はここでコレを探していたら、突然あのような状況になってしまいました。ご令嬢の皆様は、わ、私が殿下とお言葉を交わしたことが、お気に召さなかったご様子で……」


 そう言ってシエラは手に持った草を切ない表情で見つめる。


「え? 草……?」

「あ、こ、これは薬草なんです。とても珍しいもので……」


 なるほど、そういうことだったのか。


「あ、あ、あの、私、薬草について研究をしていて……」

 シエラは私の視線を気まずそうにかわしながら、俯き加減で言った。


「シエラは薬草に詳しいんですね、すごい!」


 こんなに大人しくて可愛らしい令嬢のシエラが薬草学に長けているなんて意外だけど、すごいなあ。


 すると、私の言葉にシエラはパッと顔を輝かせて、饒舌に語り始めた。


「はい! 私、薬草マニアでして、ありとあらゆる草を集めているんです! これは私のいる領地では採れない貴重な薬草で痛みや熱に効果があるのです。王国でこの効果を持つ薬草は一般に出回っているものの場合ミーホという種類になりますが、これはジントと言って数倍の効果と持続力がある特別な薬草で、」



 す、すごい……!


 内容はよくわからないけど、薬草の話をするシエラはこれまでの辿々しい喋り方と違って力強く自信に溢れ、神々しささえ感じる。


 圧倒されているかのような私の様子を見て、シエラはハッとした表情になった後、またすぐに俯き加減で言った。


「す、すみません、私ったらつい……! こ、こんな話されても困りますよね……、」


 彼女はそこで言葉を区切り、さらに落ち込んだ様子で続けた。


「その……薬草の話をすると、いつも、ま、周りの人からはおかしな人だって白い目で見られて……」


 あ、なんか誤解させちゃったのかも。


「そうなんだ……。でもわかるよ、夢中になっちゃう気持ち! それだけ熱中できることがあるってすごく素敵なことだよ」


 うんうん、私だって、どれだけこの世界の原作小説にハマったことか……!


 推しを愛でると同じことよね。薬草と人じゃ夢中になる対象は全然違うけれどさ。『好き』っていう気持ちは大切なものだよね。


「レイラさん……!」

 シエラはそう言ってその大きな瞳をウルウルさせながら、私の手を取った。


 私も力強くその手を握り返して、私たちは友情を深めたのだった。

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