第9話「お仕事の依頼」

「――あなた、字が書けるのですか?」


 俺たちに話しかけてくる人がいた。誰だろうと思ったら、ここの宿屋で受付にいた人だ。女性のようで、俺と同じような人間っぽい見た目をしている。着物のような服を着ていた。


「あ、ま、まぁ、そうですが……」

「そうでしたか、それならばあなたにお願いしたいことがあるのです。宿屋の看板を書いていただけないでしょうか。もちろんお礼は支払いますので」


 宿屋の人がそう言った。な、なるほど、看板か、文字を教えてもらえれば、書けないことはないかなと思った。


「な、なるほど……できないことはないと思いますが……」

「この大きな木の板に、店の名前を書いてほしいのです。どんな色でもかまいません。お願いできますか……?」


 宿屋の人が持っている木の板は、それなりの大きさがあった。あれに書くためにはちょっと大きめの筆を用意した方がいいな……そんなことを俺は考えていた。


 ……ん? でも俺は筆を持っていない。どうしようと思ったそのとき、


(一応ボクの力をキミにも分けておいたよ。キミの強い記憶から具現化する力。でもそんなに力は強くなくて、1日に1回が限度かな。まぁ、強く念じたら出てくると思うから、使ってみてー)


 と、アルト様の声を思い出した。そうだ、具現化する力を使えばどうにかなるかもしれない。大きめの筆を頭の中で思い描けばいいのかな、具体的な具現化の方法が分からないので、適当にやってみるしかないか。


「……分かりました、すみませんが、こちらの文字を教えてもらっていいですか? 俺、天界から来た者で、こちらの文字がよく分からないので」

「助かります。書いてほしい文字はこちらです」


 宿屋の人が紙を渡してきた。そこに書かれてあった文字は、ハングル文字に近いような、丸と直線が組み合わさったような文字だった。


「なるほど……たぶん大丈夫だと思います」

「ありがとうございます。お礼は500ゴールドでいかがでしょうか」

「はい、大丈夫です。じゃあ明日までに書いておきます」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 そう言って宿屋の人は宿の中に入って行った。


「ゆ、ユウ、なんだかよく分からないけど、初めてのお仕事だね!」

「あ、ああ、まさか字が書けることがこっちの世界でも生きるとは……」

「あはは、いいじゃねぇか、お礼ももらえるんだからよ。そうだな、ユウはそうやって字を書く手伝いならどの町でもできるんじゃねぇか?」


 イグニアが俺の肩をポンポンと叩いた。たしかに、こちらの世界でも書道をやっていたことが生かせるかもしれない。俺は少し気分がよくなった。


「そういえば、アルト様は強く念じたらいいとか言っていたけど……こうかな」


 俺は両手を前に出し、手のひらを上に向けて、少し大きめの筆を頭の中でイメージしながら念じてみた。すると一瞬の光とともに、俺の手に筆が現れた。


「お、おおー! それがアルト様が言ってた、具現化する力……!?」

「あ、ああ、そうみたいだな……自分でもびっくりだ」


 俺は筆を手に持って、穂先を確認する。柔らかい。穂が大きくなっているのでこれで看板にも書くことができるだろう。

 でも、そうだ墨はどうする……と思った。たしか具現化する力は1日1回だったような。そこまで考えて、俺は墨汁を持っていたことを思い出した。


「そうか、墨汁はあるから、これで書けばいいのか」

「あ、ボクジュウを使うんだねー、これ不思議だよね、ウルフと出会ったときにぶちまけたはずなのに、中に液体がまた入ってるなんて」


 たしかに、スズリが言うことももっともだ。あのときぶちまけて空になったはずだが、手元にある墨汁の容器にはまた墨汁が入っている。どういうことだろうか。もしかしたらこの墨汁は特殊なのかもしれない。そのことも先で誰かに訊いてみるか。


「なんかよくわかんねぇが、そいつがあれば字が書けるってのか?」

「ああ、大丈夫だと思う。でも今日はもう遅いから明日にしようか」

「そうだねー、なんかお腹もすいてきたし! 美味しいもの食べようかー!」


 スズリがお腹をさすりながら言った。俺も今日は運動をしたのでお腹がすいた。俺とスズリとイグニアは、宿屋の食堂へと急いで向かった。

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