第12話 〈ガン=ダンス〉
それから一週間が経った。
俺は普通に学校生活を続けている。
変わったことを言えばたまにエリザの連絡先を聞かれたり、不良三人組に若干避けられたりすることだろうか。
エリザは俺が登校する時間に合わせて家を出て、どこかへと出かけている。
機関かどこかへ行っているのだのだろう。
そして家に戻って夕食を食べているとエリザが尋ねてきた。
「ねえ、やっぱり疑問なんだけど」
「なにがだ」
「本当に異能持ちじゃないの? 銃弾を避けるなんて未来でも見えてないと説明がつかないと思うんだけど」
「何度も言ってるが、俺は異能なんか持ってないし、不思議な力も使ってない。100%身体能力だけで戦ってるんだよ」
「だからそれが知りたいのよ。どうやってるわけ?」
「〈ガン=ダンス〉だよ。俺が使ってるのはただの武術だ」
「ガン=ダンス?」
〈ガン=ダンス〉。
アメリカのCQC、そして俺の祖父の家である村雨家に伝わる古武術をミックスして作られた技術だ。
この戦闘技術の特徴はなんといってもその銃弾の回避力、攻撃力の高さだ。
ガン=ダンスの習得者はまず膨大な量の射線からの弾道のデータをありとあらゆるパターンで身体に叩き込まれ、その上で敵の弾道からわずかにズレて外れる最適な動きをパターンとして叩き込まれる。
次に敵の発砲前の微妙な手の動き、身体の移動、視線などを瞬時に読み取り、動作のパターンを合わせられるように地獄のような訓練が行われる。
そうして比喩ではなく血の滲むような鍛錬を何年もひたすら続けることで、反射神経に動きを刻み込み、身体をミリ単位で調整、動かすことができるようになり、まさに超人的な回避運動を行える人間が完成する。
自分を「弾道から外れた位置」に持っていく動作こそがガン=ダンスの核だ。
この動きは相手の動きに合わせているため、相手からすれば「自分の弾は外れるのに俺の弾は当たる」という状況になる。
ガン=ダンスの銃撃は何年にも渡って磨かれた精密な射撃力と、相手の隙を突く方法を組みわせることで凄まじい攻撃力を誇る。
ガン=ダンスの戦闘スタイルは基本的に銃撃と古武術の組み合わせだが、銃撃戦、打撃戦、剣術に精通した戦闘スタイルだ。
《ガン=ダンス》という技術を習得した人間は最低でも、対人相手において回避力は250%上昇、攻撃力は190%上昇する。
更には総合戦闘効率指数が一般的な軍人の300~400%上昇するという対人における最強の技術と言って差し支えない。
加えて熟練者や才能がある者はそれのさらに何倍もの強さを手に入れる事が可能になる。
いわば普通の人間が超人的な能力を獲得するための戦闘スタイルなのだ。
俺は幼少期からこのガン=ダンスの訓練を叩き込まれているため、あんな動きができる、ということを俺はエリザに説明した。
説明を聞いたエリザは絶句していた。
「…………」
「なんで黙ってるんだよ」
「だって、正気の沙汰じゃないじゃない」
「まあそうだな」
俺はエリザの言葉を肯定する。
「子どもの頃から血まみれの鍛錬するとか狂気の沙汰なんだよ。子供の頃からそうだったから、学校に通うまでは知らなかったけど」
「お前がどうして平和にこだわるのか分かった気がするわ……」
「分かってくれたようでなにより」
俺は肩をすくめる。
「それより、そっちも教えてくれよ。なんで日本に来たのか」
「えー……」
途端にエリザが嫌そうな表情になる。
普段ならここで引っ込むところだが、こっちには強力な手札があるのだ。
「俺もちゃんと自分のことを教えただろ」
「うぐっ、謀ったわね……」
「さてね、どうかな」
俺がもう一度わざとらしく肩をすくめると、エリザは渋々といった様子で話し始めた。
「……私が来たのは、お母様を探すためよ」
「母親を? 確か日本人だったけ」
「そうよ。生まれてから一度も会ったことはないけどね」
そうしてエリザは自分の過去を語り始めた。
「私が物心ついたときにはもうお母様はいなくて、お父様の城で暮らしていたわ。貴族として何不自由ない生活を送っていたけれど、その代わりに愛はまったくなかった……」
「愛がなかった?」
「そうよ。愛がないの。お父様は私のことを愛してない。その証拠に、頭を撫でたり、高く持ち上げてもらったり、手を繋いでもらったこともない。笑顔を向けてもらったことすらもね。何をしようがどんなことを成そうが、お父様は私に一瞥すらくれなかったわ。きっと私には興味がなかったのね」
「そうだったのか……」
「お父様の意図を汲んでお城の使用人も私と親しくしようとはしなかった。でも、それでも何人かは親しくするまではいかなくても、会話はしてくれたわ。けど、そのメイドすらある時から一切会話してくれなくなった……。だから私は城を飛び出してきたの」
「…………」
想像以上にひどいエリザの過去に、俺は言葉が出てこなかった。
「けど、お母様ならきっと私のことを見てくれるわ。だって私を産んでくれたお母様だもの」
だから日本にやってきたのか……。
俺がエリザが日本に来た理由に納得していると、エリザが突然質問してきた。
「ねえ知ってる? お母様ってすっごく優しいのよ! それに賢くて安心できて、とにかくすごいの!」
「そういうものなのか? 俺の育ての親は祖父だから、母親は知らないんだ」
俺がそう尋ねるとエリザは自慢げに胸を張って、解説してきた。
「ふふっ、これに関しては私のほうが知識があるみたいね。私はきちんと日本のアニメを見て学んだのよ。味方もいなくてずっと一人きりだったけど、あるとき日本のアニメが流れているのを見たの。そこに映ってる母親はすごく優しくて、きっと私を産んだお母様もそうに違いない、って思ったの」
エリザは笑顔で、まるでどんな絶望の中にも希望はあるんだ、という顔で語りだす。
「お母様は私を褒めてくれるし、頭も撫でてくれる。抱きついたらお日様みたいな匂いがして、すごく安心するの。「今までよく頑張ったね」って、一人ぼっちでも我慢してきたことを褒めてくれるの。そうに違いないの。だって、そうじゃないといけないんだから」
「……そうだな。きっとエリザの言ったとおりになるよ」
別に何の確証もなかったけど、楽しそうに話すエリザを見て俺はそうなればいいなと思った。
「でしょ。実はもうお母様がどこにいるかほとんど分かってるのよ」
「そうなのか?」
「ええ、お前の血を飲んで吸血鬼の魔法が使えるようになったから、私の血を使って探知してたのよ。飲んだのが少量だったから特定するのに一週間かかったけどね。明日になれば詳しい場所がわかるわ」
ここ最近、出かけていたのはそういうことだったのかと納得する。
「……明日、会えると良いな」
「会えるわよ」
エリザが笑顔でそう返してくる。
──けれど明日、あんなことが起きるなんて俺はまったく考えてなかった。
***
東京某所。暗い地下道で。
線路の高架の下にあるその半地下にある通路は駅までの近道となるため、昼間はよく人間が通っている場所だった。
しかし今はそこに遺物が混じっていた。
神父の服を着て、ハットを被った男が蛍光灯の下に立っていた。
男は神父服の下からでも分かるほど筋肉のついた体つきをしており、立ち姿は一部の隙もなかった。
その男は口元に微笑をたたえたまま何かをじっと待っていた。
「ボス」
「おやおや、怪我は大丈夫ですか? 手紙に失敗したと書いていましたが。どこか痛めているところは」
表れたのは先日エリザを襲ったヴァンパイアハンターだった。
申し訳無さそうにしているハンターに神父が真っ先に浴びせたのは心配の言葉だった。
落ち着いた優しい声色でハンターの体調を心配する。
「ああ、気絶させられたくらいでそれ以外は怪我はない」
「それはよかった。我らが《
ハンターの体調を確認した後、神父は本題を切り出した。
「それで一体何があったのです? 組合の中でも実力者の貴方がたかがヴァンパイアハーフくらいに手こずるとは考えられないのですが」
「それが……やけに強い人間に邪魔されたんです」
「一般人? 異界は張っていたのですか?」
「もちろん。人払いの結界も張っていました」
「なるほど。ある程度はこちらの事情に精通している人間ですか。ですが話を聞いたとしても、やはりただの人間が貴方を倒せるとは思えませんね」
「やけに強い人間でした。こっちの銃弾は当たらなくて……あれは只者ではありません」
「ふむ……貴方がそう言うならそうなのでしょうね」
神父は顎に手を当てて考える。
「よろしい……ならば私が出ることにしましょう」
「なっ、ボスが自らですか!?」
「Yes。イエス。いえす。あなたで太刀打ちできないならば、私が出るしか無いでしょう」
「それはそうですが……」
「それに今回の一件、逃すことは出来ません。『条約』の発行以降、吸血鬼を狩る我々に対する圧力は日々強まってきています。吸血鬼を手に入れるこの機会を逃せば、次の機会は巡ってこないかもしれません」
「……お役に立てなくて申し訳ありません」
「No。ノー、のー。貴方が謝る必要はありませんよ。どちらかといえばイレギュラーを想定できなかった私に非があるのです。ですからこの件は私に任せていただけませんか?」
「貴方が望むなら」
「ありがとうございます」
神父は恭しくお辞儀すると、ハットを上げる。
「──それでは吸血鬼狩りといきましょう」
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