第2話 タイムスリップしたのは、私だけ
(……過去に戻った……)
シャーペンを走らせながら、心のなかで呟く。
私が目を覚ましてから数時間が経った。
その際に、これが夢かどうかを確かめるために色々と試して見てみた。
トイレで頬を抓ってみたり、話せる友達……はいないから、北蔵くんとちょっと話してみたり、授業を真面目に聞いてみたり。
色んな事を試した結果、過去に戻ったことが確定した。
それも、北蔵くんと『30歳になったら結婚しよう』と約束した、数ヶ月前に。
「今日はちょっと復習するね〜」
女性の数学教師がほんわかに説明する中、頬杖をついた私は無言でシャーペンを走らせる。
丸を書いてみたり、線を書いてみたり。意味もなくとにかく。
正直なことを言えば、このタイムスリップは嬉しい。
過去に戻れて、この上なく嬉しい。
前世……と表現していいのかもわからないけれど、死ぬ前の私の人生は散々なものだった。
親に言われるがままに結婚相手を選ばれ、大学も親の言われる所に行かされ、会社も旦那の下で働かされ。
なにをやろうとも、親が監視下にいるからなにもできず、家に帰っても家事は私だけがやって、旦那は家に帰ってこない日がほとんどだから1人でご飯を食べて。
子どもを作りたいって言っても『めんどくさい』の一言で終わらされ、結婚したのに孤独。
小さい頃から1人で過ごすことが多かった私は、高校時代、一度だけ親に逆らおうとした。
親の支配に置かれる人生から、抜けようとした。
それが、
私が30歳まで粘ったら北蔵くんが迎えに来てくれると信じて。
連絡を通して助けを求められるような仲になることを願って言った言葉……だったのに、北蔵くんからの連絡は30歳になるまで来なかった。
それもそのはずだ。
だって、私と北蔵くんは”約束を交わすまで話したことがなかっ”たのだから。
突然言われても困惑するだけだろうし、警戒心を抱くのも必然。
私のやり方が間抜けすぎた。私のやり方が間違っていたと、何度も後悔して、後悔して……過去に戻った。
もう二度と、私は親の言われるがままに動かない。
もう二度と、親の支配下に置かれない。
そのためにはまず、北蔵くんとの距離を縮めなければならない。
「北蔵くん」
トントンっと机を叩いてやれば、「ん?」と首を傾げてくる。
そして教材の問題を指差し、”冷淡な声”で告げる。
「ちょっとここのやり方教えてくれない?」
「あーいいよ」
了承を耳に入れた私は、頬杖を解除して教材を机と机の真ん中に置いた。
北蔵くんと話してみて、分かったことが少しだけある。
多分、過去に戻ったのは”私だけ”だということ。
北蔵くんの言葉遣いやら態度やらは、未来から過去に戻ったそれとはまた別のもの。
どこか冷静で、どこか悠然としている。
私も人のことは言えないけれど、それでも北蔵くんはあまりにも授業に集中しすぎている。
高校生2回目の人がこんなに真面目に授業を聞くと思う?少なくとも私は微塵も聞いてない!
「――んでそうなるわけ」
「ありがと。助かった」
説明を終えた北蔵くんに小さく頭を下げた私は、グルグルと円を書いていたノートに視線を戻す。
正直、北蔵くんに聞かなくてもこの問題は自分で解ける。
親の支配下に置かれてたが故に、それなりの学力を見つけられたから。
けれど、距離を近づけるのに一番てっとり早いのは、こうして隣の席の時に話しかけることで――って、
「ん……?」
今の今まで普通に過ごしてたけど、なんで私と北蔵くんの席が隣なの?
私達が高校時代一度も話さなかった理由としては、3年間同じクラスだったくせに隣の席になるどころか、共同作業することがなかったから。
お互いがお互いに誰かと話したがらない――私は親に誰かと話すことを制限されていた――から、言葉を掛け合うことがなかった。
……なのに、なぜか北蔵くんは隣の席にいる。
そこから導き出せる答えはたった1つ。
(過去が変わってる……)
誰かが……いや、神が私と北蔵くんをくっつけたがってる。
私に情をくれる……というわけでもなさそうだし、ただの気まぐれ?
そんな疑問を渦巻かせながらも、横目に北蔵くんを見た。
お腹にあったはずの果物ナイフも消え、真っ白な制服を着飾る北蔵くんは、正直に言えば陰キャを具現化したものだと思う。
黒髪の間から見える目元にはクマが伸び、綺麗な肌な割には根暗。
身長は175センチと身体計測の時に見たのだけれど、日常は猫背だから私と同じぐらい。
そんな男子に、なぜ私があんな提案を持ちかけたのか。
理由としては、まぁ……申し訳ないけど、気まぐれ……。
『陰キャのこの人ならいかがわしいこともしないでしょ!』
『見るからに童貞だしずっと覚えてそう!』
みたいな、今思えば申し訳無さ過ぎる理由だ。
……けど、正直なところ、私を守ってくれたあの姿が頭から離れない。
私が旦那がいることを打ち明けた時のあの顔を見ても分かったけれど、北蔵くんはずっと一途に私のことを思ってくれていた。
見るからに芋女で、陰キャの私のことを。
それが、堪らなく嬉しく思ってしまう自分がいる。
誰かに守ってもらうことなんてなかった人生で、初めて私を守ってくれた男性が、北蔵くん。
私からすれば、白馬に乗った王子様なのだ。
「ねね、こっちの問題も教えて?」
「ん」
そんな人を、手放すわけがない。
初めて心が動いた人なのに、この人と疎遠になりたくない。
だから私は、『約束』ではなく、『アタック』しようと思う。
高校を卒業しても連絡を貰えるように。私の悩みを打ち明けられるような人かどうかを確かめるために。
もう二度と、間違った過ちを犯さないように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます