第12話 葵の撤回
「だから…ねぇ、麗華。……私の失恋が癒えるまで、また慰めてよ」
視線が交差したまま沈黙があった。
「・・・・・・いいよ、私で良ければ」
迷うことなんてなかったから、沈黙を破ろうとまだ熱い頬を手の甲で冷やしながら答えた。
耐えかねて葵の視線から逃げようとしたら、それより前に葵は一瞬顔を崩すように笑って、テレビ画面に目を戻した。私もそろそろと画面に目を戻して、見るともなく移り変わる画面を見ていた。
葵の失恋が癒えるまで、慰めてとお願いされた。
それはどのくらいの期間だろうか、明日か明後日にはもう忘れているだろうか?
少しの間だけでも、葵が必要としてくれるならうれしい。
私の恋は告白する前から終わってしまったのだから、ただ大切な従姉妹だということを伝えられるくらいは分かってもらえるように、葵の期待にこたえたい。
そんなことを考えていた。
それから、葵がこちらを向いていないことをいいことに、さっきまで首元にあった葵の感触を思い出していた。
温かかくて、優しくて私のじゃない香りは、まんま葵だった。いつかの放課後から忘れられないでいた。あの時は、すぐ離れてしまって抱きしめ返すこともできなかったけど、今日はできたなんて考えてた。
「何か飲み物入れようか?」
「えっ?うん」
頭の中でいろいろ思い出したりしていたせいで、葵がこちらを見て聞いてくれたのに一瞬理解が遅れる。反射で「うん」と答えてしまってから何のことか気づいた。
「ミルクティーでいいの?」
もう立ち上がってキッチンに向かいながら振り返る葵に聞かれる。
「別に、葵が飲むならでいいよ」なんて今さら言えない。
「うん、私も手伝う」
遅れて私もキッチンにいる葵の側に行く。
「別に座ってていいよ、ティーバッグで入れるだけだし」
「いいの、私が見たいから」
葵がケトルに水を入れて、カチリとスイッチを入れた。
2人でお湯が沸くのを待っている。
クスッと葵が笑った。
「ねぇ、なんで笑うの?食器洗ってる時も……」
「麗華が興味津々だから」
「だって私やったことない……」
「……一回も?」
「一回もないけど?お屋敷にいたらやる機会なんてないし」
「まあ、そうか。……待って、調理実習はどうしてたの?」
「……誰かがやってくれてたから。勘違いしないで、やらせたわけじゃないよ」
「分かってるよ、麗華がそんなこと人にやらせるタイプじゃないことくらい」
ムキになって否定したいわけじゃない。勘違いされたくないだけだ、葵には。
いつまでも成長してないなんてことがまたバレてしまった。自分で言ってしまったようなものだけど。何かするたびにぼろが出てる。成長して落ち着いた人に見られるようになんて思ってた時もあったな。もうそれは諦めた方がいいのかな。今葵にとって私はどんなイメージの人間なんだろう。
「分かってるよ」と言った葵の言葉。どのくらい私のこと分かってるの?ってめんどくさい質問がしたくなった。しないけれど。
葵が紅茶のティーバッグを棚から取り出す。
ミルクも別のカップに入れて電子レンジに入れている。
話をしながら、葵は手を動かして準備を進めていく。
私はただただそれを眺めていた。
ケトルのお湯が沸いて、ティーバックの入ったカップはもうスタンバイされている。
葵がお湯を注いで、少し前に鳴った電子レンジから私はミルクを取り出すくらいには手伝った。
「麗華、そのミルク注いで。お砂糖は好きなように入れていいからね」
子どもに言うみたいに、葵が私に優しい視線で言った。葵は自分のカップに角砂糖を一つ入れると、角砂糖の入った小瓶を私の方に寄こした。
「はい」
自分のカップに角砂糖2つ入れて、2つのカップに均等にミルクを注いだ。
その間に葵は片付けをささっとしてて、残りの私の注いだミルクのカップもティーバッグもかきまぜたスプーンも回収されていった。
効率的で手際がいいんだ。
お盆にのせて葵が運んでくれる。
「葵を振るなんて…どうかしてる」
それはただ呟いただけだった。
「……ありがとう」
一瞬の苦笑いを見せて、葵がそう言った。
聞こえてないつもりだった。葵に言ったわけではなかった。
私は先にソファーに座って、続いて葵も座った。
2人並んでカップに口を付ける。飲み物を飲んで落ち着くと、葵を慰めるって私はどうしたらいいんだろう。疑問が出てくる。
「麗華……」
「葵……」
同時に重なった声に、顔を見わせる。
「葵からどうぞ」
葵に先に話すよう譲る。
「麗華、やっぱりさっきの話は無しにしよう」
葵はカップを見つめたままそう言った。
「さっきの話って?私が葵を慰めるって話?」
「そう」
「どうして?」
「どうしても」
わけがわからない、なんで撤回するの?
スッと私の心が静かになった。
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